銀河フェニックス物語【出会い編】 第十六話 永世中立星の誕生祭(1)~(9) まとめ読み版 ①
・第一話のスタート版
「それではこれでよろしくお願いします」
クロノス社のフレッド・バーガーは契約ボードを差し出した。
ガーディア社のガロン技師長が電子サインを記入する。
契約完了。
その様子をみながらティリーは感慨にひたっていた。思えばこの仕事は長かった。
わたしの初めての出張だった。
新型船の高重力実験の契約を交わそうと、ここラールシータを訪れたのが一年前。
ちょうどその時、独裁を続けてきた王室に対し革命とも呼べる大規模デモが勃発し、契約どころでは無くなってしまったのだ。
この星の統治は、民主的に選挙で選ばれた国民議会へと移った。
政治的安定が戻ると同時に経済活動も再開した。
ガーディア社とあらためて契約を結ぶ運びとなり、わたしは再びこの星を訪れたのだった。
今回の契約は順調に進んだ。
昨年、デモ隊と警備隊の武力衝突に巻き込まれた際、偶然、ガーディア社のガロン技師長の命を助けたことが幸いした。
契約ボードをアタッシュケースにしまいながらフレッド先輩がわたしに声をかけた。
「じゃあティリーくん。僕は一足先に帰るけど、ガロンさんに迷惑かけないようにね」
「はい、ご心配なく」
契約の成立と共に先輩は本社へ戻る。
けれど、わたしは休暇をとって引き続きラールシータに滞在することにしたのだ。
明日から新生ラールシータの一周年を記念した誕生祭が始まる。
去年、銃弾の中を逃げ回るという非日常的な経験をしたわたしは、ソラ系へ戻ってからもラールシータのニュースが気になった。
わたしには他人事に思えなかった。
*
高重力を制御し、円形に都市が広がるラールシータ。
重力制御装置がある中心部の一ノ丸から遠ざかるにつれて住所の数字が大きくなる。
「ここです、どうぞ」
ガロンさんは四十五ノ丸にある二階建ての広い自宅に家族と一緒に暮らしていた。
ここが休暇の間のわたしの宿泊先。
ホテルの予約が取れなくて困っていたわたしにガロンさんが自宅に泊まるよう勧めてくれたのだ。
「うちに部屋が余っています。ティリーさんは命の恩人だから、父も母もお礼がしたいと言っているんですよ。ゆっくりしていってください」
実際にガロンさんを助けたのはレイターだけれど、ガロンさんの好意に甘えることにした。
スーツケースを持って玄関を入ると、中から出てきた若い男性とぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
「・・・・・・」
わたしと目があったのにその人は何も言わないで立ち去った。
感じが悪い。
ガロンさんが頭を下げた。
「ティリーさん。弟のマイヤです。すみません、ちょっとわけがあって・・・」
マイヤさん?
わたしは思わず振り返った。
一年前に会った時とはまるで別人だ。
彼は当時学生自警団のリーダーで混乱する空港の中でわたしとフレッド先輩を助けてくれたのだ。
ガロンさんがわたしに聞いた。
「ティリーさん、今晩時間ありますか?」
「ええ。あいてますけど」
「うちの会社で社長秘書をしていた、アドゥール覚えているでしょう」
「はい、もちろん」
アドゥールさんは去年、そう、つぶれた契約の時に、ガロン技師長と一緒にわたしたちの担当だった。
その後、会社を辞めて国民議会の発足に携わったという話は聞いていた。
「実は彼女、結婚したんですよ。それで、今晩、内輪でお祝いの会を開くことになっていましてね。一緒に行きませんか?」
「まあ、いいんですか。で、お相手の人は?」
ガロンさんはもったいぶるかのように一呼吸おいてから答えた。
「実は・・・国民議会の初代大統領なんですよ」
「ええっ!?」
驚くわたしに更に追い討ちをかけるような発言が続いた。
「今日はお忍びで教皇も顔を見せることになっているんです。これは内緒ですよ」
ガロンさんは人差し指を口の前に立てながら言った。
教皇や大統領なんてニュースの中の人たちだ。
信じられない展開に興奮しながら、わたしが一番気になったのは他愛もないことだった。
「あのぉ、どんな服を着ていけばいいんでしょう?」
*
パーティ会場は十二ノ丸の川べりにあるおしゃれなレストランだった。
既に立食パーティが始まっていた。
入り口でソフトドリンクを選びガロンさんと一緒に中へ入る。
薄いピンクのワンピースに、仕事のスーツの上着を羽織った。何とかフォーマルっぽく見える、と思う。
会場の中央で新郎新婦が出席者と談笑しているのが見えた。真っ白なウエディングドレスのアドゥールさん。
元々綺麗な人だけれど今日は美しさが際立っている。華やかで、人を惹きつけるオーラがある。
隣に立つ白いタキシードを着た新郎の大統領を見た時、わたしはどこかで会ったことがあるような気がした。ニュースで見たからだろうか。
その時、背後からわたしを呼ぶ声がした。
「よお、ティリーさん」
聞き慣れた声だった。
ええええっ? この声って、まさか。
振り向くと厄病神が立っていた。
「レイター、あなたどうしてここにいるの?」
「どうしてって、呼ばれたから」
上着は着ているものの、いつもどおりだらしなくネクタイをゆるめている。
確かに前回の出張は、厄病神の船でこの星へ来たけれど・・・
新郎新婦があいさつに近づいてきた。大統領がレイターに声をかけた。
「レイター。よく来てくれたな」
「うまくやったもんじゃねぇか、オルダイ」
「お前のおかげだ」
肩を叩きあうレイターと大統領の会話は明らかに親しい仲だった。
そしてわたしは大統領を近くで見れば見るほど、どこかで会ったことがあるという気持ちを強くした。左頬の傷に見覚えがある。
「お嬢さん。その節はいろいろとご心配をおかけしてすみませんでした」
わたしに向けられたその声で記憶がよみがった。
服も雰囲気も、まるで違うけれど。
この人、レイターが喧嘩した反王室グループのリーダーだ。
「お、おめでとうございます」
と言うのがやっとのわたしにアドゥールさんが声をかけた。
「ティリーさん。お仕事ではご迷惑をおかけしてごめんなさいね。でも、あの契約も成立したと聞きました。きょうは楽しんでいって下さいね」
その時だった。
「教皇が参りました」
ガロンさんの声で、会場は一瞬のうちに静まり返った。
新郎新婦が顔を見合わせて驚いている。
ドアから現れたのは街のあちこちで見かける肖像画とそっくりの白い髭の教皇本人だった。
出席者が一斉に頭を下げ敬礼する。
「ラールの御心のままに」
わたしもあわててお辞儀をした。
「教皇、こ、こんなところまでご足労を・・」
新郎の大統領も予想外のことに声が震えている。
サプライズは大成功だ。
ガロンさんは子どものようにうれしそうな笑顔をみせていた。
「そなた達二人とは長き付き合い。お祝いの言葉ぐらい言わせておくれ。おめでとう。そして、これからもよろしくな」
教皇は大統領夫妻の手の上に自らの手を重ねた。
ラール王室は政変によって内政での力は無くなったものの、国民議会とうまくバランスをとりながら共存していた。
それを象徴するような感動的な瞬間だった。
「よお」
レイターが教皇に向けて軽く手をあげた。隣にいたわたしはびっくりしてレイターの服の端をひっぱった。
やめて、恥ずかしい。
「この星、滅ばなかったから賭けは俺の勝ちだぜ」
教皇に対して何を言い出すのだろう。
賭けって何? わたしは穴があったら入りたい気持ちになった。
「そちには感謝している。礼の言葉が遅れてすまなかった」
緊張と恥ずかしさのあまり二人が何を話しているのかまったく理解できない。
とその時、レイターがいきなりテーブルの上に置かれていた林檎を掴んだ。
お願い、これ以上変なことしないで! と思った瞬間、
ビシッツ。
林檎に短い弓矢がささっていた。
その矢はまっすぐに国王を向いている。
レイターが振り向きざまに手に持っていたフォークを投げつけた。
窓から外へ逃げようとしている男のタキシードの端をフォークがつらぬき壁につきささる。
男が転び数人の警護隊が一気に取り押さえた。
「教皇、ご怪我は」
「大丈夫だ」
教皇は近衛兵に囲まれたまま、王室専用車に乗り込み帰っていった。
*
パトカーのサイレンが鳴り響き、パーティ会場は華やかな雰囲気から一転、慌ただしく重苦しい空気に包まれた。
レイターのせいだ。厄病神の発動だ。教皇の命が狙われた。
ガロンさんが取り乱しながら警護隊に説明している。
「どうしてだ、教皇の出席はどこにも漏れていないはずなのに・・・」
パーティーに出席したいという教皇の意向を聞いた秘書室とガロンさんが極秘に企画したという。
レイターが大統領に話しかける。
「結婚式の催しものとしちゃあ、ウイリアム・テルの配役を失敗したな」
全く何を言ってるんだか。
「またお前に助けられたな」
「で、テルちゃんは何者よ?」
矢のささった林檎を指の上でくるくる回しながらレイターがたずねる。
「おそらく左派だ」
「ふぅ~ん」
「サハって何ですか?」
思わず聞いたわたしに、大統領が説明をしてくれた。
「今、この星は三派に別れているんです。私たちと同じように王室と国民議会の共存を考えている中道派が国民の九割を越えていますが、このほかに、『王室絶対』という右派と、『王室廃止』をとなえる左派がいてこの左派が、最近テロ的な活動をみせているんです」
「ウイリアム・テロってか」
レイターのばか。
会場では警察の現場検証が始まり、パーティーはお開きとなった。
*
事情聴取を受けてすっかり意気消沈しているガロンさんとわたしをレイターが家まで車で送ってくれたのは良かったのだけれど・・・。
どうしてレイターがガロンさんの家に泊まることになるの?
フェニックス号でいいじゃない?
玄関に入ったところでレイターがガロンさんに声をかけた。
「悪いねえガロンさん。ティリーさんと同じ部屋でいいから」
ば、ばかなこと言わないで。
「ガロンさん!! 部屋が無ければ、わたしホテル探しますから」
「照れなくてもいいぜ、いつも同じ屋根の下で寝てるじゃん」
パシッ。
気がつくと、わたしはレイターのしまりの無い顔をはたいていた。
「変な冗談は止めてちょうだい。仕事であなたの船に乗っているだけですから。セクハラです」
「ぶつこたねぇだろ」
レイターが頬をさすっている。
ガロンさんが苦笑しながら言った。
「大丈夫ですよ。部屋はありますから」
気がつくと、弟のマイヤさんがわたしたちをじっと見ていた。
わたしは声をかけた。
「マイヤさん。わたしクロノス社のティリー・マイルドです。覚えていらっしゃらないかも知れないけど、去年混乱する空港であなたに助けてもらったんです。あの時はありがとうございました」
頭を下げた。
「覚えています。ご無事で何よりでした」
それだけ言うとマイヤさんは階段を上って自分の部屋に入ってしまった。
「マイヤがしゃべった」
ガロンさんが驚いている。
「あれがあんたの弟?」
「ああ」
レイターの問いにガロンさんがうなずいた。
「ティリーさんとお知り合いなわけ?」
「去年、空港で助けてもらったのよ」
「ふ~ん」
レイターは不機嫌そうな顔をしている。
「俺なんか礼を言われたためしがねぇのに」
ガロンさんが驚くことを言った。
「あいつの声を聞いたのは一年ぶりなんです」
「え?」
意味が分からない。
その時、年配の男女が奥から出てきた。
「マイヤの声が聞こえたぞ」
ガロンさんのご両親だ。
ガロンさんが興奮しながら二人に伝える。
「マイヤが今、ティリーさんと話したんだよ」
わたしはあわてて挨拶した。
「お、お世話になります。ティリー・マイルドです」
二人はそろってわたしに頭を下げた。
「ティリーさん、あの混乱の中、ガロンを助けていただきありがとうございます」
「実際にガロンさんを助けたのはレイターで、わたしは去年、空港でマイヤさんに助けていただいたんです。お礼を言うのはこちらの方です」
ガロンさんの母親は近づいてわたしの手を握った。
「ティリーさん、お願いです。弟のマイヤと話をしてやってください。あなたしか頼れる人はいません。どうか、どうかお願いします。ラールの御心のままに」
切羽詰まった声に気後れする。
状況が飲み込めないでいるわたしにガロンさんが説明した。
「去年、デモ隊と近衛兵がぶつかった時の怪我がもとで、マイヤの彼女が亡くなったんです。いい子だったんですけど」
ガロンさんが思い出したように言葉を切った。
「・・・それ以来あいつ、ふさぎこんでしまって、私たち家族とも誰とも口をきこうとしないんですよ。あなたなら弟を救えるかも知れない。お願いします」
ガロンさんの家族全員がわたしに頭を下げた。突然そんなことを言われても困ってしまう。
どうしよう。
レイターに助けを求めて目くばせする。
「俺以外の男のためってのは気にいらねぇが、恩返しはできる時にしとくもんだ」
*
翌朝、一階のダイニングでわたしとレイター、ガロンさんの三人で遅い朝食を食べていた。
ガロンさんがわたしに予定をたずねた。
「きょうはどうしますか? 会社が休みですからどこでも案内しますよ」
誕生祭の間は、ほとんどの企業が連休なのだという。
「中心部のイベント会場へ行ってみようかと」
わたしは希望を伝えた。
誕生祭は一ノ丸から三ノ丸がメイン会場だ。
階段から足音がして、マイヤさんが二階から降りてきた。
無言でパンをトースターに入れてダイニングテーブルの端に座った。
ガロンさんがレイターを紹介する。
「マイヤ、こちらがレイター・フェニックスさん」
マイヤさんがチラリとレイターを見た。
レイターが立ち上がって近寄る。
「俺のティリーさんがお世話になったそうで」
「その言い方やめてって言ったでしょ!!」
「俺の警護対象者であるティリーさんがお世話になったそうで」
「・・・・・・」
マイヤさんはレイターを無視してパンを食べ始めた。
「おい、あいさつぐらいしろよ」
レイターはムっとしている。
気まずい雰囲気をなごませようとガロンさんが口を開いた。
「こいつ、勉強もできましてね。ラール大学を首席で卒業したんですよ」
「すごいですね」
感心している私を見て、
「そんなにすごいことかよ」
とレイターがバカにしたような声で言った。
「尊敬しちゃうわ」
「ふ~ん。俺の回りにも首席で学校出たって奴、二人いるけどどっちも大したこと無いぜ」
「誰よ?」
「アーサーとフレッドだ」
「あなたにすごさがわかんないだけよ」
レイターが納得できないという顔で椅子に腰かけた。
ガロンさんが話を続けた。
「ただ、本人がこんな調子でしょ」
マイヤさんはわたしたちが見えていないかのように食事をしている。
「結局、就職はしないで、大学院に残り情報工学の研究をしているんですよ」
「じゃあ、将来は学者さんですか?」
横からマイヤさんの声がした。
「先のことはまだ決めていません」
本人が答えるとは思っていなかった。驚いて振り向いた。
レイターがドンっと机を叩く。
「気にいらねぇ。あんた、なんでティリーさんとだけ話をすんだよ?」
マイヤさんは何も答えない。完全無視だ。
イライラしたレイターが貧乏ゆすりを始めた。
ガロンさんがわたしに提案した。
「そうだ、ティリーさん。きょう、僕じゃなくてマイヤと一緒に誕生祭へ出掛けるというのはどうですか?」
マイヤさんと? 不安だ。大丈夫だろうか。
ガロンさんが期待のこもった目でわたしを見ていた。
とりあえず本人に聞いてみる。
「マイヤさんはどうですか?」
マイヤさんが答えた。
「僕でよければご案内します」
「ちょっと待て、俺が車を出してやる!!」
レイターがあわてて立ち上がった。
そんなレイターの様子を見たら楽しくなってきた。
「わたしはマイヤさんに案内してもらいたいの」
「あんたは俺の警護対象者だ」
「きょうは仕事じゃありません」
「そうだよここは二人で、な、な」
ガロンさんが必死にレイターをなだめている。
「それに、レイター、君はきょうアルバイトが入っているじゃないか」
レイターがマイヤさんをにらみつけた。
「・・・俺のティリーさんに変な真似をしたらただじゃおかねぇからな」
* *
誰とも一切口をきかない、と言ったガロンさんの言葉がまるで嘘のようだ。
「ここが国民議会、その隣が大統領官邸です」
高層の神殿がそびえたつ街の中心部、一ノ丸をマイヤさんが丁寧に案内してくれる。
建物が新しい。
すぐ横が公園になっていた。
「もともとここは王室の所有地だったんです。今は平和公園として国民に開放されています」
誕生祭だからか、人出も多い。
神殿へ続く道の途中に政変の犠牲者を追悼する記念碑が建てられていた。碑の横に献花用の白い花が用意されている。
マイヤさんは花を手にしてその前にひざまずいた。
わたしも献花台に花を手向けた。
マイヤさんは花を見つめたまま石像のように、しばらくそこから動かなかった。
彼女を失うってどんなに辛いのだろう。
想像する。近しい人の死。
おととし、母方の祖母が病気で亡くなった。
初孫だったわたしをかわいがってくれて、わたしもおばあちゃんが好きだった。
もう会えないんだと、悲しかった。
一生懸命に想像力を働かせる。けれど、マイヤさんの深い悲しみと痛みにはたどり着けない気がする。
マイヤさんが口を開いた。
「僕の彼女のカトリーヌはこの広場で近衛兵に撃たれたんです。あの日、教皇が勅令を発したあの日、僕は空港の警備にあたっていて彼女を守ることができなかった」
身体が震えた。
あの日というのは『あの日』のことだ。
一年前、混乱する空港でマイヤさんに助けてもらった『あの日』。
彼がわたしを守っている間に、彼の愛する彼女は凶弾に倒れていたのだ。
彼女のための時間をわたしが奪ってしまっていたということ?
マイヤさんはわたしを責めているわけではない。
けれど、胸が詰まって苦しい。罪悪感に襲われる。
「彼女と僕はラールシータの未来を信じていました。だけど彼女のいない僕の前に未来はない」
マイヤさんが表情のない顔で記念碑を見上げた。悲しみすらどこかへ置いてきてしまったようだ。
声をかけた方がいいのだろうか。
マイヤさんはわたしとだけ話しをする。何かをわたしに求めている。
でも、わたしが発するどんな言葉も表面を滑り落ち、おそらくマイヤさんには届かない。
*
わたしたちは、公園の中を二の丸へ向かってゆっくりと歩いた。
ただ、並んで歩く。それしかできない。
わたしたち二人の周りだけ空気が薄いような気がする。
特設会場のステージからマーチングバンドの演奏が響いてきた。
誕生祭のメイン会場だ。
音楽に吸い寄せられるように人が集まっていく。
「行ってみましょうよ」
わたしはマイヤさんを誘った。
呼吸のための空気穴を開けないと、わたしの方が倒れてしまいそうだ。
*
特設ステージで行われていたのはチャリティオークションだった。
有名人の服やアクセサリーが次々と競り落とされていく。
と、その時、黒塗りのリムジンがわたしたちの目の前の車寄せに止まった。
人々が一斉に携帯カメラを向ける。
ゲストの有名人が到着したようだ。
「特別ゲスト、アドゥール大統領夫人の到着です」
アドゥールさん?
司会者のアナウンスと同時にボディーガードが素早く車のドアを開ける。
アドゥールさんが姿を現した。
深いブルーのスーツに身を包んだ彼女は美しかった。
アドゥールさんが手を振るとカメラのシャッター音と拍手が一気に沸き起こる。
国民議会が支持されていることの証だ。
アドゥールさんを見ていたわたしは思わず息を飲んだ。
彼女の隣にいるボディーガードに目が釘付けになった。
まさか、人違いよね?
金髪をオールバックにして固め、ネクタイをきちっとしめている。
警護官らしい警護官。
あんな姿は見たことがない。
でも・・・間違いない。レイターだ。
普段とはまるで別人だ。
背筋がピンと伸び、動きには無駄が無い。
わたしのボディーガードをしてる時とは身のこなしも緊張感も全然違う。
周囲を警戒しながらアドゥールさんを誘導する。
連邦軍エリート集団の皇宮警備にレイターはいたという。
これまでイメージできなかったけれど、このレイターなら納得する。
『よそいきレイター』だ。
朝、ガロンさんがレイターとアルバイトの話をしていたことを思いだした。
アドゥールさんの警護のバイトだったんだ。
レイターとアドゥールさんがわたしたちの前を通る。
わたしとマイヤさんは偶然ここへ来た。
わたしたちがここにいることをレイターは知らないし、こんなに大勢の人がいてはわたしに気付かないだろう、と思った瞬間、レイターがわたしの目を見てウインクした。
わたしに気が付いている。
心臓がドキンと音をたてた。
その時、人混みが揺れた。
大きな男が叫びながら規制のためのロープを飛び越え突進した。
「国民議会反対!」
レイターがすっと動いた。
次の瞬間、大男が宙を舞っていた。
何が起きたの?
地面に仰向けに転がった大男の後ろ手にはすでに手錠がかかっていた。まるでイリュージョンだ。
数人の警察官が男を押さえ込む。
アドゥール大統領夫人の横に立つレイターは、まるで何事もなかったかのようにステージへと案内した。
わたしは息一つ切れていないレイターの後ろ姿から目を離すことができなかった。
かっこいい。
レイターから一番かけ離れているはずの言葉が頭をよぎった。
「なるほど、彼はすごいですね」
マイヤさんのつぶやく声が聞こえた。
確かにすごいのだ。
彼のボディーガードとしての腕について文句のつけようが無いことをわたしは身をもって知っている。
けれど、素直に褒める気にはなれない。
「彼はハイスクール中退の飛ばし屋なんです。それに比べてマイヤさんのほうが断然すごいです!!」
*
この星の苦い記憶が呼び起こされる。
レイターはわたしの目の前で狙撃犯を撃ち殺した。
彼のおかげでわたしの命は助かった。
頭ではわかっている。
でも、わたしの故郷アンタレスでは銃は所持するだけで重罪なのだ。
レイターはわたしの目の前でほとんど銃を見せない。
でも、おそらく今も持っているのだろう。胸が苦しい。
*
家へ戻ると、マイヤさんはまた無表情になって自室に閉じこもってしまった。
兄のガロンさんが心配そうな顔でわたしに近づいてくる。
「どうでしたか、マイヤは? 話はできましたか?」
「ええ、おしゃべりしましたよ。きょうは、案内してもらって助かりました。中心部は、随分変わっていたので」
わたしは笑顔を作って答えた。
ガロンさんがほっと表情を緩める。
うそではない。けれど、精神的には苦しい一日だった。
ガロンさんがわたしの顔をうかがうようにして言った。
「明日、マイヤの誕生日なんです。家族でバースデーパーティーを開きたいと思いまして、その準備の間、マイヤを外に連れ出して欲しいんですが、お願いできませんか?」
ガロンさんは必死だ。
もう少しでわたしはソラ系へと帰る。
その前に弟と話せるようになりたい、という気持ちが伝わってくる。
正直なところ気が重い。
誕生祭をのんびり楽しもうと会社の休暇を取ったのに・・・。
でも、逃げるわけにはいかない。
わたしはマイヤさんに助けられたのだ、彼女の代わりに。
「わかりました。明日、マイヤさんにどこか案内してもらいますね」
ガロンさんがほっとした笑顔を見せた。
*
部屋に戻るとため息をついた。
自分がマイヤさんにどう接していいのかわからない。
彼女の代わりにわたしが生きていることを、恨んでいるのか喜んでいるのかもわからない。
エアカーの音が聞こえた。
レイターが帰ってきた。
昼間見た『よそいきレイター』が頭に浮かんだ。
少しだけ気持ちがはずむ。
部屋から顔を出す。
「よぉ」
玄関から入ってきたレイターは、もういつものレイターだった。
なんだ、オールバックじゃないんだ。
髪の毛はぼさぼさ、いつも通りのだらしない格好だ。
レイターは冷蔵庫から勝手に缶ビールを取り出すと二階のバルコニーで鼻歌を歌いながら飲みはじめた。
わたしもつられるように外へ出た。
夜風が少し冷たい。
「随分ご機嫌ね」
「そりゃ、いい女の横に一日いるだけで金がもらえるんだからな」
「いい女って、アドゥールさんは人妻よ」
「人妻でもいい女なら俺のようないい男にぴったりだろ。ガキでいい女ってのは聞いたことねぇけどな」
いつものレイターのたわごと。本気で腹を立てるほどのことじゃない。
それなのに、昼間のレイターとアドゥールさんが頭に浮かんだ。いい女といい男。わたしはいらだった。
「わたしのお守りはたくさんだって言いたいんでしょ」
「何、怒ってんだよ? あんただってマイヤと楽しそうにしてたじゃねぇか」
「そうよ、あなたといるよりよっぽど楽しいわ」
わたしはレイターに背を向けた。
わたしはマイヤさんと一緒にいて楽しいどころか、ずっと気が張っていた。
何を話してもマイヤさんを傷つけてしまいそうな不安、ガロンさんの期待に応えたいという責任感でわたしは一日中緊張していた。
明日のことを考えるだけで気が重かった。
バルコニーから見える街の夜景がぼんやりと涙で滲んで見えた。
そんなわたしの頭をレイターが軽くなでた。
子ども扱いされていると思ったけれど、嫌悪感は無かった。
「マイヤのこと、無理すんなよ」
手のぬくもりが心に染みた。
身体のこわばりがほどけていくようだった。
涙をぬぐうと振り向いてレイターの顔を見た。
一人で抱えていたプレッシャーがやわらいでいく。
「去年、わたしが空港でマイヤさんに助けられた日のこと、レイターも覚えているでしょう?」
「あん? あんたとフレッドが勝手にフェニックス号から出て行った日のことかよ」
「あの日、マイヤさんがわたしを助けている間に、一ノ丸の武力衝突で彼女は撃たれたんですって」
わたしはうつむいた。
涙がまたこぼれそうだ。
レイターはゆっくりと言った。
「彼女が死んだことと、あんたがマイヤに助けられたことの間には何の関係もねぇ。あんたがおとなしくフェニックス号にいても、彼女は撃たれた」
わたしも頭ではわかっている。
「あんたが気に病むことは何もねぇ」
誰かに言って欲しい言葉だった。
レイターは続けた。
「ただ、マイヤん中ではつながってる。あいつん中では世界のすべてが彼女とつながってる。ああすりゃよかった、こうすりゃよかった、すべてに因果関係があるように見えてるんだろうな。自分が笑うことすら、彼女に悪いと思ってんだろ」
「わたしはどうすればいいの?」
「あいつを救ってやろうと無理しねぇことだ。あんたは神さまじゃねえんだから」
冷たい言葉に感じた。
わたしは顔を上げてレイターの目を見つめた。
「神様なら、マイヤを救えるの? 神様はマイヤとカトリーヌさんを引き離した張本人よ」
「神さまってのはマイヤだけを不幸にしたわけじゃねぇんだぜ」
そう言ってレイターは空を見上げた。
丸い大きな衛星が光っている。
「俺の故郷の言い伝えにもある。恋人を亡くした男が神さまに救いを求めた。神は言うのさ、愛する人を亡くしたことのない家を探せ、そうしたら彼女を返してやるって」
「それで?」
「男は必死に探したがそんな家はどこにも無かった。貧乏人だろうと金持ちだろうと死は平等に訪れる」
わたしは吸い寄せられるようにレイターの青い瞳を見つめた。
「俺とあんただって例外じゃねぇ。どんなに愛し合っていても死による別れは避けられねぇ」
心臓の鼓動が高鳴った。
月明かりのせいだ。
「わ、わたしたちは、関係無いでしょ」
わたしは目をそらすと、動揺した気持ちを打ち消すように強い口調で言った。
「おあいにく様でした。わたしはマイヤさんのような頭がよくて紳士な人が好きなんです。明日のデートも楽しみになりました。おやすみなさい」
「そりゃどうも」
部屋へ戻るティリーの後ろ姿を見ながら、レイターは残っていたビールを一気に飲み干した。
* *
翌日、レイターはアルバイトの出勤前に大統領執務室に呼ばれた。
大きな執務机にオルダイ大統領が座っている。レイターが不服そうな声で聞いた。
「どういうことだよ。バイト、もう首ってか?」
オルダイが頷いた。
「そうだ」
「俺がいい男だから新妻が心配なんだろ」
「バカか。お前に仕事が入った」
レイターが眉をひそめた。
「俺に仕事?」
隣の部屋から長い黒髪の男が執務室に入ってきた。
アーサー・トライムス少佐。
連邦軍特命諜報部を率いる将軍家の御曹司。
レイターは露骨に嫌な顔をした。
「げっ。なんであんたがここにいるんだよ。闇の武器ブローカー追ってたんじゃなかったのかよ?」 まとめ読み版②へ続く
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