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銀河フェニックス物語【出会い編】第一話 永世中立星の叛乱①  (1)~(10)まとめ読み版

「『厄病神』の宇宙船・・・」
 はぁああ。わたしは肩を落としてため息をついた。

 新入社員のわたしだって知っている。その船で出かけると契約が成立しないという噂を。今回、初めての出張なのに。

 一緒に営業部に配属された同期のベルがわたしの肩をたたいてはげましてくれた。
「船は『厄病神』だけど、トップセールスマンのフレッド先輩と一緒なんでしょ。ティリーがうらやましいよ」

 フレッド・バーガー先輩は、営業部一の腕利きで、成約率は百パーセントと言われている。その手腕を間近に見られるのは勉強になるのだけれど。

「『成約率百パーセント』が勝つか、『厄病神』が勝つか見ものだね」
 ベルは呑気なことを言っている。厄病神に勝ってもらっては困るのだ。


 わたしは業界トップの宇宙船メーカー『クロノス社』で働くアンタレス人、ティリー・マイルド。

n35逆中心長袖

 高倍率を勝ち抜いて就職が決まり、地方のアンタレス星系から銀河連邦中心部のソラ系へと出てきた。

「よろしくお願いします」
 一緒に出張へ向かうフレッド先輩に挨拶をする。

 トップ営業マンの先輩は、まるでビジネス誌のモデルのようだ。
 栗毛色の髪の毛は乱れ一つない。ストライプの入った三つ揃いのスーツは見るからにお値段もお高そう。

n75フレッドカラー

「みだしなみは大切だよ、ティリー君。“服は心を映す鏡”だからね」
「はい」
 と返事をして心配になった。わたしが着ているのは学生時代に買った何の特徴も無いスーツだ。


 二人で社内の駐機場へ向かうと『厄病神』の船が停まっていた。銀色のボディに「フェニックス号」と書かれた星系外航行用の中型船。
 それにしても、この船うちの社の宇宙船じゃない。普通はクロノス製の船で出かけるのに。

 『厄病神』がフリーランスの操縦士、兼ボディガードでクロノスの社員ではないとは聞いているけれど。

「先輩、この船どこのメーカーのものなんですか?」
 わたしの問いにフレッド先輩は眉をひそめた。
「僕も知らないんだよ。拾ったらしいんだが、クロノスと競合する会社の船ではないからいいということになっているんだ」
 宇宙船を拾う? 意味がわからない。


 船の入り口に立つと、ドアが開いた。と、そこに背の高い『厄病神』が立っていた。

「おいフレッド、辺境まで三日で行きてぇなら先に言えよ。あんた何年この仕事やってんだよ」
 随分言葉遣いの悪い人だ。詰問調でフレッド先輩に迫ってきた。
「き、君の船なら大丈夫と思ったからさ」
「ふむ。ま、そうだな。なんと言っても俺は『銀河一の操縦士』だからな」

n1@5にやり逆

 ぼさぼさの金髪。シャツは第二ボタンまではだけて、ネクタイはゆるゆるだ。”服は心を映す鏡”というフレッド先輩の言葉を借りると、『厄病神』からはだらしなさがにじみ出ている。

 彼とわたしの目があった。
「およ、学生さん? ハイスクールの制服が似合ってるねぇ」
 そう言いながら『厄病神』はわたしの手を握った。

「違います。失礼じゃないですか!」
 思いっきり手を振り払ってしまった。『厄病神』はにやりと笑い、
「冗談だよ。ティリー・マイルドさん。俺はレイター・フェニックス。ようこそフェニックス号へ」
 と、わたしを船に招き入れた。

 第一印象からして最悪。
 さすが『厄病神』だ。

 わたしは十六歳。
 アンタレスでは十六歳で成人する。でも、ソラ系の十六歳はほとんどがハイスクールの学生だ。
 この間もお客様からアルバイトの学生と間違えられた。”服は心を映す鏡”と言う言葉がわが身に降りかかってきた。

 もうちょっと大人っぽいスーツにすればよかった。少し後悔した。 

* *    

「失礼じゃないですか!」と怒るところが子どもだよな。
 ティリーの後ろ姿を見ながらレイターは目を細めた。十六歳だもんな。
 それにしてもアンタレス人特有の赤い瞳を大きく見開いて怒る姿は何とも言えずかわいい。
 淡い黄緑色の髪の毛を少しだけ後ろで束ねて、リボン型のバレッタで止めた髪型も似合っている。
 服は地味だがセンスは悪くねぇお嬢さんだ。

* *

 この船、随分と変わっているわ。
 ティリーは操縦席の前で足を止めた。

n11ティリー@2白襟 やや口驚き逆

 リビング、ダイニングそれにキッチンが操縦席とつながって一つの空間にある。

 わたしは新人とは言え宇宙船メーカーの営業担当だ。船のことに多少は知識がある。
 普通、操縦席は居住空間と分離する。これじゃあ、操縦席が付いた家みたいじゃない。

  船の中ほどに船室が並んでいた。
 わたしに割り当てられた個室にはスーツケースが運び込まれていた。ホテルのシングルの部屋といった感じ。バス、トイレがついている。仕事机と棚があり、備え付けのベッドは自動で壁に収納できる。

 荷物を整理して一息入れようと丸い窓のブラインドを開けたら、外に大きく土星が見えた。びっくりした。うそ、もう宇宙空間にいる。
 いつの間に重力圏抜けたの。出発するというアナウンスもなかった。

 フェニックス号のリビングに顔を出すとフレッド先輩とレイターさんがソファーに座っていた。
「お袋さん、コーヒー頼む」

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 お袋さん、というのがこの船のメインコンピューターらしい。

 レイターさんが頼むと、いい香りがして三人分のコーヒーが出てきた。ちゃんとカップが温めてある。ひとくち口にして驚いた。美味しい。

「困ったことがあったら、何でもお袋さんに頼みなよ」
 レイターさんがわたしに言った。
「お袋さん・・・」
 口にしてみたけど普段言い慣れていない言葉で呼びにくい。

「マザーと呼んでください」
 女性の声がした。どこにスピーカーがあるのだろう。船全体から聞こえた気がした。

 コーヒーを飲みながらレイターさんがフレッド先輩に詰め寄った。
「とにかく、特別手当を申請しろ」
 わたしたちの出張先である辺境の惑星ラールシータまで通常航行だと一週間かかる。そこを三日で飛ぶので手当てを弾むように本社へ申請しろ、という話だった。
「わかったから、君はとにかく僕たちを目的地へ時間通りに連れて行ってくれ」

横顔前目のむ

 フレッド先輩も苛立っていた。 

 この初出張が慌ただしいのは身をもって感じている。
 昨日、突然、部長に出張を命じられた。惑星ラールシータの取引先との間でトラブルが発生したのだ。


 レイターさんがわたしに話しかけてきた。
「お嬢さん、ラールシータってどんな星か知ってる?」
 出張が決まり、急いで資料を読み込んだ。

「高重力の巨大惑星です。十Gという高重力を利用した製品の生産や、実験、検査が主な産業です」
「よく、お勉強してるねぇ。で、何しに行くんだい?」
 わたしのことを子ども扱いしている。
 腹は立つけれど、ここはこらえて説明する。仕事は理解しておいてもらった方がいい。

「ラールシータにガーディア社という宇宙船の高重力耐久検査をする会社があるので、そこに、来期の予約をお願いに行くんです」
「ふ〜ん。そんなの通信で頼めばいいじゃん」
「通信では断られたんです」
「なんで?」
「それがわからないから、直接行くんです」 

 ガーディア社は宇宙船がどれだけ高重力に耐えられるかという負荷検査をしてランクを認定する会社。
 長年にわたってうちのクロノス社の検査を請け負ってきた。
 それが突然来期から受けられないという連絡が入ったのだ。

「あなたも操縦士なら負荷検査の5S-L認証のことは知ってるでしょ」

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「もちろんさ。この船は5S-Lだし」
「え? 5S-Lって高級船か軍艦の様な特別目的船しか取れないはずよ」
 
 5S-Lは取得するのが大変なのだ。
 高重力のラールシータでなければ検査ができないことから、付加価値がついて、5S-L認証付きと言えば高級船に必須の安全ブランドになっている。

「けけけけ。この船は高級船なのさ」
 愉快そうにレイターさんは笑った。そうは見えない。わたしをからかっているんじゃないだろうか。

 『厄病神』と言うと暗いイメージがあるのだけど、レイターさんは陽気でおしゃべり、というか要は軽いお調子者だった。
「レイターさんは…」
「レイターでいいよ。ティリーさん」
「じゃあわたしもティリーでいいです」
「あんた一応女子だろ?」
 一応と言うのがひっかかるけど頷く。
「ええ」
「俺はさあ、世界中の女性を尊敬してんのよ。ガキも含めて。だから敬称さ」
 わたしのことを子ども扱いするのには腹が立つ。

「俺、何て呼ばれてるか知ってる?」
 もちろん、という言葉を飲み込んだ。『厄病神』って面と向かって言うのは憚られた。
「教えてやるよ。『銀河一の操縦士』さ」

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 そう言って笑った。無邪気な子供のような笑顔だった。

 レイターにフェニックス号を案内してもらう。
 船の中心部の部屋の前で足を止めた。

「ここは開かずの間だから入っちゃだめだぜ」
「開かずの間? 何があるんですか?」
「お化けが出る」
「は? わたしを子ども扱いしないでください。入るなと言われれば入りません。この部屋は何ですか?」
 つい口調が厳しくなる。

「お袋さんの部屋なんだ」
「ホストコンピュータールームがこんなところにあるんですか?」
 変わった船だ。
「うんにゃ、エンジンルーム。お袋さんはエンジンと合体してるんだ」
「意味が分からないんですけど」
「俺にもよくわかんねぇんだ」
 大丈夫だろうか。この厄病神の船は。

 後部には格納庫とトレーニングルームがあった。小型船やエアカーが並んでいる。
「随分広いですね」
 船の大きさに比べ不釣り合いな広さだ。
「俺は銀河一の操縦士だっつったろ」
 小型船がきれいに磨かれていた。宇宙船が好きというのは本当なのだろう。

 その横のトレーニングルームはコンパクトだけれど機器が充実していた。スポーツジムのようだ。
「すごい設備ですね」
「ボクちゃん肉体労働だから」
 そう言ってレイターは軽々とバーベルを持ち上げた。

 宇宙飛行中は運動不足になりがちだ。
「ここ借りてもいいんですか?」
「一回一万リル」
「ええええっ、高い」
 思わずつぶやいたわたしを見て、レイターはにやりと笑った。
「うそだよん。お袋さんに頼めばいつでも使えるぜ」
 だまされるわたしが悪いのか。厄病神との会話はいちいち腹が立つ。

「夕飯は七時だぜ」
 この船はご飯の時間が決まっていた。

 少し早めに自分の部屋から出る。
 キッチンからいい匂いが漂ってきた。レイターが厨房に立っていた。

 通常、船で出る食事に期待はしていない。機内食はクイックレシピを温めたものがほとんどだから、まずくもないけどおいしいという程でもない。

 ボワウゥ。

 音とともにコンロから火柱が上がった。
「か、火事?」     

 慌てて駆けつけると、レイターが鍋を振っていた。

n35料理@2エプロン

「どうしたんでい、あわてて。そんなに食べたいのかい? ガキは食い意地がはってんなあ」
「違います。今、炎が・・・」
 船内で火がでたら危ない。

「ほれ、味見してみ」
 炒め物が乗った小皿が目の前に差し出された。緑野菜を口にする。パリっとした歯応え。口の中で甘味が広がる。
「おいしい!」

n37@白襟やや驚く逆カラー

 アンタレスの実家には火のコンロがあった。母が作る料理を思い出す。
 レイターはクイックレシピじゃなくてちゃんと調理をしていた。

「さ、飯にしようぜ」
 フレッド先輩は自室で食べると言う。
 わたしはダイニングテーブルでレイターと向かい合った。
 炒め物もスープも、作り立てだ。こんなちゃんとした食事は久しぶりだ。

 サラダの野菜がみずみずしい。
 と思ったら、冷蔵庫の隣に小型の野菜工場が設置されていた。長距離船でなら見たことあるけれど、中型船には普通乗せない。
「宇宙にいると新鮮なもの食べたくなるじゃん」

 どのメニューもおいしかった。レイターの腕がいいのは間違いない。

「もう少しいただいてもいいですか」
 つい、おかわりしてしまう。
「よしよし、ガキはたくさん食わねぇと大きくならねぇからな」
「ガキじゃありません」
 この会話、いつまで続ける気だろうか。

* *

  厄病神の船だから期待していなかったのだけれど、この船、居心地が良い。
 ベッドに入るとほんのりと温かい。顔を洗おうとすると水の温度が心地よい。
 マザーは一体どういう制御をしているのか。痒い所に手が届くサービスが提供されている。

 レイターに聞いてみた。
「これ、どこのメーカーの船なんですか?」
「さあ、拾ったからよくわかんねぇんだ」
 フレッド先輩に聞いた答えと同じだ。
「拾ったってどういう意味ですか?」
「文字通り、拾ったんだよ。銀河警察にも届けたけど落とし主が現れなかったから、俺の船になったんだ」
 説明を聞いても意味がわからない。

 マザーのデータベースは最新刊から何から何まで無料で読み放題だった。わたしの地元アンタレスの本も好きなだけ読める。本好きのわたしには夢のような環境だ。

 本だけでなく音楽も動画も網羅されていた。これは高額な法人契約しかありえない。
「勝手に使っていいぜ。どうせファミリー割引だ」
 とレイターは言う。

 折角だからラールシータのガイドブックを読んでおこう。
 珍しい星だ。銀河連邦にもアリオロン同盟にも加盟せず、政治的に永世中立星を宣言している。

 国民はラール信教という一神教を信仰し、政教分離していない。
 教皇のラール八世が統治している独裁の星。
 経済活動は銀河連邦と普通に取引をしているけれど、自分の常識が通用しない星というのは不安だ。 

 ラールシータまでの三日間、暇を持て余すことの無い船だった。
 レイターは特別手当を要求していたけれど、この船が飛ばしているようには見えない。
 しかも、ほとんどマザーの自動操縦だ。ぼったくりじゃないかと疑った。


 惑星ラールシータに近づいた。
 操縦席前のフロントウィンドウから赤茶けた巨大惑星が目視で確認できる。

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 恒星になっていても不思議じゃない大きさだ。
 小さな衛星を一つ持っている。小さなと言ってもソラ系の地球ぐらいの大きさがある。

 ところどころに巨大な白い円、半球が見えた。ドーム状の重力フィールド。そこが人の住める都市だ。
 白いガスでできたドームの中は重力制御装置で一Gにコントロールされている。その外は十Gで人間は生きていけない。

 重力制御装置が文字通りこの星の生命線となっていた。   


「さあて、重力管制に入るから、シートベルトよろしく」
 操縦席からレイターがわたしたちに声をかけた。すぐ後ろの後部座席にフレッド先輩と並んで座りシートベルトを付けた。
 ラールシータの高重力圏に突入する。

 ガイドブックには高重力圏の出入りには衝撃がかかるため注意するよう書かれていた。緊張する。 

 真っ白なガスの中へフェニックス号が入っていく。
 フロントウィンドウが白一色となった後、すぐに霧が晴れるように、円形に広がる町並みが目に入った。

「一Gに入ったよん」
 軽い調子でレイターが言った。重力制御装置の管理圏内に入ったということだ。衝撃に備えて緊張していたのに、拍子抜けする。

 ほっとしたわたしは隣のフレッド先輩に話しかけた。
「もっと衝撃があるのかと思ってました」

下からあおり白襟後ろ目微笑

 レイターが振り向いてにやりと笑った。
「誰が操縦してると思ってんだい。俺は銀河一の操縦士だぜ」

 円形の都市に建つ建物はほとんどが低層だ。円の中心に一棟だけ高層の建造物がそびえ立っている。

「あれが『神殿』だ」
 レイターが中心の塔を指で指した。
 『神殿』には教皇ラール八世が住んでいて重力制御装置が設置されている、とガイドブックに書いてあった。

 空港は中心部から少し離れたところにあった。 
 予定通りの夕方五時、時間通りにラールシータ空港に到着した。

 先方のガーディア社との約束は明日の午前中だ。

 フレッド先輩は都心のホテルを予約していたけれど、新人のわたしはこのままフェニックス号に泊まることにした。はっきり言ってこの船、安いビジネスホテルよりサービスがいい。
 先輩がホテルへ向かうのに合わせて、打ち合わせがてら街で夕食を食べようと言うことになった。

 出がけにレイターが手にしているものに目が釘付けになった。
 銃だ。生まれて初めて見た。
「どうしたんでぃ?」
 わたしが動揺しているのがレイターに伝わったようだ。わたしは聞いた。
「それ、本物なの?」
「あん?」
 レイターはにやりと笑った。

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「お子さまは、おもちゃで遊びたかったかい?」
「違います」
 レイターは手慣れた様子で銃を上着の内ポケットにしまった。

 わたしの故郷「アンタレス」は銃の所持が禁止されている。
 だから、これまで本物の銃なんて見たことがない。
 レイターはわたしたちのボディガードだ。銃の免許も持っているだろうし、違法でも何でもないのだろうけれど。

 こんなに身近なところに銃があるなんて落ち着かない。

 三日ぶりに船の外へ出た。
 白いガスでできた空がぼんやりと赤く染まっている。

 すぐ目に入ったのが、空港の壁に飾られた巨大な肖像画だった。白髪に白い髭、仙人の様な風貌。
 怖いような優しいような、表情はよく読み取れない。

ラール八世肖像画

「このじいさん誰だか知ってる?」
 肖像画を指さしながらレイターがわたしに聞いた。わたしを試している。
「知ってます。現教皇のラール八世でしょ。重力制御装置を管理している王様かつ神様」
「ご名答。生きてる神様だよ。ご利益あるぞ」

 とにかくこの星は生命線の重力制御装置を管理するラール王室が絶大な力を持っている。
 そのトップが肖像画のラール八世だ。 


 街の中心にある『神殿』は空港からもよく見えた。観光地の展望台のようだ。
 この星は他のビルが低いからものすごく巨大に見える。

 神殿のある場所が一ノ丸。
 そこを中心にコンパスで円を描くように街が広がっている。
 取引先であるガーディア社の本社は次の円の二ノ丸にある。
 中心に近いほどラールシータにとって重要な場所で、空港は三十五ノ丸にあった。

 わたしたち三人は空港に直結している三十五ノ丸エアポート駅から、街の中心部へ向かう上り線のライナーに乗った。一ノ丸神殿駅行きだ。

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 三十五ノ丸駅の次は三十四ノ丸駅と中心部へ向かうにしたがって駅の名前の数字が小さくなっていく。

 フレッド先輩は随分お値段の張るホテルを予約したようだ。
 宿泊先のホテルがある八ノ丸は接待で使うような高級なお店が並んでいた。

 そんな中、見慣れた看板を見つけた。
『ベリー&ベリー』はソラ系のうちの近くにもあるチェーン店のレストラン。銀河連邦資本のお店だ。
 でも入り口の雰囲気が少し違う。
 理由はすぐにわかった。巨大なラール八世の肖像画がガラスのドアの向こうに飾ってあった。

 その隣にもチェーン店っぼい作りのお店があった。
 看板を見て驚いた。見知らぬ文字の隣に『アリオロン料理の店 ログイオン』と銀河連邦共通語で書いてあった。

 アリオロン同盟はわたしたちが所属する銀河連邦と宇宙三世紀に渡って戦争中だ。
 だからわたしはアリオロン人に会ったこともないし、アリオロン料理を食べたこともない。

 戦争と言っても、戦闘が起きているのは前線の星だけでわたしには実感がない。学校では「見えない戦争」と習った。

「へぇ、懐かしいな。敵国に入ってみるか」

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 レイターったら敵国とか言わないで欲しい。
 お店の名前のログイオンと言うのがアリオロンの帝都だと言うことぐらいはわたしでも知っている。
 興味はある。レイターの後に続いて店内に入る。

 お店の雰囲気は『ベリー&ベリー』と似ていた。
 この店もレジのところにラール八世の肖像画が飾ってあった。

 メニューはアリオロン語のほかに銀河共通語でも書かれていた。
 チェーン店なのだろう、お値段もお手頃な感じ。
 ただ、見たことのない料理名からはどんなものか想像がつかなかった。

「やっぱ名物のチャダムは食べた方がいいぞ」
 戸惑っていると、レイターがメニューを説明してくれた。これは辛い料理とか、この野菜はトマトに似てるとか。

 この人が食にこだわりがあるのは知っているけれど、普通は手に入らない食材までよく知っているのに感心する。
「ま、ソラ系の食いもんとそんなに変わんねぇんだよな」

 学校で習ったことを思い出す。

 銀河連邦の中心である地球人とアリオロン人は異なる銀河で生まれたのに、偶然にも同じ人種なのだ。
 だったら仲良くすればいいのに、と異なる種族であるアンタレス人のわたしは思うのだけど「似ているからこそ争うのだ」、と社会科の先生は教えてくれた。 


 「ラールの御心のままに」
 と言いながら、食事を運んできたのはわたしと同じくらいの年齢の少女だった。アルバイトだろうか。

「お嬢さん、かわいいね」

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 レイターが声をかけた。恥ずかしいからやめて欲しい。
 女性を尊敬してるって言うけれど、どう見てもただ女好きなだけじゃないの。
「そのリップ流行りの色だろ。よく似合ってるぜ」
「ありがとうございます」
 少女は恥ずかしそうに笑った。

 言われて気がついた。彼女のパール入りリップは新色だ。随分細かいところに気のつく人だ。
 
 レイターおすすめのアリオロン料理チャダムを口にする。おいしいけれど、これはどう食べてもトマトシチューだった。

 食事をしながらフレッド先輩と明日の仕事の確認をする。
「明日はドーム市外の高重力検査場で交渉するからね。ティリー君は僕の仕事をよく見ていてくれたまえ」

n75フレッドカラー

「はい」
「とにかく、来期の高重力検査の予約を取らなくちゃいけない」
「はい」

 検査場は重力フィールドの外にある。わたしは気になった。
「ドーム市外って重力はどうなっているんですか?  重力制御装置の圏外で十Gですよね」
「大丈夫だよ、この星は重力フィールドのほかに細かく個別制御できる技術を持っているんだ」
「すごいですね」
 さすが高重力産業の星だ。

 フレッド先輩とわたしが仕事の話をする横でレイターはウエイトレスの少女と楽しそうだ。
「お勧めの料理はどれかなぁ?」
「こちらはどうでしょうか」
 レイターは「これ、うまいね」「おかわり欲しいね」と次から次へと注文し平らげていた。
 
 そして女性の扱いがやたらと上手い。
「美人が運んでくるとおいしさが倍増するね」
「いえいえ、当店の料理がおいしいんですよ」
 と少女は満更でもない顔で給仕を続けた。
 この人、わたしのことは子ども扱いするのに。

 食事はそれなりにおいしかった。というのも、このところフェニックス号で、美味しいものを食べ過ぎて感覚が麻痺している。
 チェーン店レストランはやっぱりチェーン店の味がした。

 一通り食べ終わるとレイターは会計伝票を見ながら言った。
「さて、税込み一万5704リルです。一人いくら払えばいいでしょう?」
 大半はレイターが食べた分だ。わたしはすぐに答えた。

「一人、五千234リルで、あまりが二リルです」
「さっすがアンタレスの人は計算が速いね」
 わたしたちアンタレス人は数字に強い。十桁の四則演算の暗算ぐらいは小学校へ上がる前にできるようになる。

「でも、残念。違うんだな」
 違う? ということは
「均等割りじゃなくて、食べた量で比例配分するということ?」
「ブッブー。そんなことしたら俺が損するじゃねぇかよ」
 レイターは口をとがらせて否定したけど、損はしないと思う。

「ここはフレッドが全額払うので、俺たちはただです」
「き、君何を言い出すんだ」
 フレッド先輩が焦った声を出した。

「会社の経費で落とせよ」
 レイターはさらりと許せないことを口にした。
「そんなことをしたら横領になるでしょ。普通に割り勘で払います」

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 わたしたちアンタレス人は順法意識が高いと言われている。不正は許せない。

「大丈夫だよティリーさん。先輩はお優しいからおごってくれるさ。俺の分もね」
 フレッド先輩とレイターがごちゃごちゃ話し始めた。
 どうやら以前、レイターがフレッド先輩のボディーガードをしていた時に助けたことがあって、その借りを返せと言っている。

「借りたもんは命のあるうちに返すのが礼儀っつうもんだろ」
「おかしいじゃないですか。レイターはそれが仕事だったんでしょ、借りとかいう話じゃないわ」

 わたしは異議を唱えたけれど
「わかった、僕が奢るよ」
 と、結局フレッド先輩が支払った。厄病神は吝嗇家だ。 

 フレッド先輩と別れてレイターと空港へ戻るとフェニックス号の入り口に若い男性の人影があった。

 レイターと同じくらい背が高い。
 モデルの様に立ち姿が格好よくて目が吸いつけられる。長い黒髪を後ろで束ねていた。

スーツ後ろ目微笑

 整った美しい顔立ちの男性だ。どこかで会ったことがある様な気がする。

 その人を見た瞬間にレイターの機嫌が悪くなった。
「あんた何しに来たんだよ」
「父上から、届け物を預かってきた」
 低い落ち着いた声の人だった。

「ちっ、家賃の取り立てかよ。俺の部屋で話を聞くぜ。ったくよぉ。せっかくいい気分でデートしてきたのに。なぁティリーさん」
 わたしはあわてて否定した。
「デートじゃありません。仕事です」

 * *

 レイターの部屋は全く変わっていないな。アーサーは部屋に入るなり、ため息をついた。
 どうしたらこんなに汚せるのか。自分には全く理解ができない。

 とりあえず、ソファーの上にある雑誌やらディスクやらをどけて座る場所を発掘する。
 レイターは昔と変わらずベッドに腰かけた。ベッドの上も散らかっている。

「あんたがわざわざこの船に来るとは、大変なことが起こってるって感じだな。アーサー・トライムス少佐殿」

ひまわりたらし逆大

 わざと敬称を付けておちゃらけている。
「今、この星の回線はすべて盗聴されている。直接会って話すのが一番安全だ」
「何か変だと思ってたぜ。三日で辺境まで飛べとは。あんたの差し金かよ」

 レイターが気づいていたのなら話は速い。本題から話そう。
「永世中立が崩れる可能性がある」
「へ~ぇ。永世中立星じゃなくなっちゃうんだ。教科書、書き変えだ」
 軽い返事だが、ことの大きさは理解したな。

「アリオロンの工作員がラール王室と接触している。銀河連邦としてはラールシータがアリオロン同盟に加盟されては困ると考えている」
「で、連邦軍の特命諜報部がおでましってわけかい」
 私はうなづいた。
「アリオロン軍からは工作員の彼が来ている」
 私はレイターに携帯通信機に入っている写真を見せた。

「げげ、ライロットのじいさんじゃねぇか」
 写真にかろうじて写っている男、ライロット・エルカービレ中佐。

n80ライロット正面@4スーツにやり

 とにかく腕の立つ男だ。レイターが反応したのには訳がある。
「俺を囮にして『暗殺協定』を発動させようってことかよ」
「そうだ」

 連邦軍の特命諜報部に所属するレイターとアリオロン軍の工作員であるライロットの間には『暗殺協定』が結ばれている。
 二人にはお互いの殺害命令が出ており、どちらがどちらを殺害しても罪に問われない。

「笑えるな。さっきアリオロン料理を食ったばかりだぜ」
 笑える話ではないがレイターは笑っていた。腹をくくったのだろう。
 ライロットが動けば、敵の監視がたやすくなる。

「わかっていると思うが、暗殺協定は民間人を巻き込まない約束になっている。人通りの少ないところでは気をつけることだ」
「へいへい」
「ここ数年、この星ラールシータは政情不安だ」
「独裁がうまくいってた珍しい星だったのにな」
「学生を中心に国民議会の開催を求めてラール王室に対するデモが起きている」
「へぇ、神さまに楯突いてんだ」
「そこにアリオロンがつけ入っている」   

 永世中立を宣言する高重力の惑星ラールシータ。

 軍艦の超高重力検査はこの星でしかできない。我が銀河連邦軍も敵であるアリオロン軍も中立であるこの星に検査を委ねてきた。
 そこには軍の機密が守られるという信頼関係があった。だが、その均衡が破られた。

 私は説明を続けた。
「きのう、軍の視察でガーディア社の高重力検査場へ出かけた。そうしたところ、新型戦艦の情報が流出した形跡があった。それをお前に調査してもらいたい」
「あんたがそのまま調べてくりゃよかったじゃねぇかよ」

「検査場内は個別重力制御で入場区域が限られている。逸脱すると十G状態に襲われるんだ。お前は明日、ガーディア社の検査場へ行くんだろ。その時に、アリオロン軍の検査場を調べてきてほしい」

「おいおい、俺だって十Gでつぶされるのはごめんだぜ」

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「徹夜でこれを作った」
 私は首から下げる偽造IDカードをレイターに渡した。
「個別重力制御に近いものができたから、これを使えばガーディア社内のどこでも入れるはずだ」
「はず?」
 レイターの眉がピクリと反応した。

「理論上の間違いはない」
「理論上、ってラールシータは重力制御の情報を公開してねぇじゃんかよ。あんたがいくら天才だっつっても、テストしてから渡せよ」
「お前にテストしてもらいたいんだ。失敗した場合は十Gの感想を聞かせて欲しい」
「は?」
「冗談だ」

n32アーサー正面笑顔@2スーツ

「ほんっと嫌な性格してやがる」

「もう一つ言っておくことがある」
 私は家に届いた請求書を取り出してレイターに突きつけた。
「お前の個人的な請求書を家に送るなと言っただろう。私が気づかなければ父上が誤って支払うところだった」
「ちっ、これがお届け物かよ」
 あいつは口をとがらして舌打ちをした。父上が支払うことを見越していたな。
「しょうがねぇじゃん。住民登録の住所にしか請求書送れねぇって言われたんだから」
 普段フェニックス号で暮らし、定住先のないレイターの住民登録は我が家になっている。
「そう言われたら連絡を必ず入れろ。私でも父上でもいいから」
「めんどくせぇなぁ、あんたほんとケチだよな」
 どっちがだ、という言葉を私は飲み込んだ。

* *

 ティリーがリビングで資料を整理しているとガガガと言う音とともにコーヒーのいい香りがしてきた。
 マザーがコーヒー豆を挽いていた。机の上を見るとカップが三つ用意されている。

 その時、リビングの隣にあるレイターの部屋のドアが開き、中から二人が出てきた。
「コーヒー、一杯五百リルでどうだい」
 レイターがまたせこいことを言っている。お客の男性はレイターのくだらない話を慣れた様子で聞き流していた。

 レイターが男性にわたしを紹介した。
「こちら、ティリー・マイルドさん。ハイスクールの卒業旅行中」
「違います。クロノス社の営業担当です」

n37@白襟む逆カラー

 初対面の人に変な紹介しないで欲しい。

「初めまして、私はアーサー・トライムスです」
 男性は静かに笑顔を見せた。

 その名前に聞き覚えがある。
 品があって、レイターと友だちという雰囲気ではない。
「どういうお知り合いなんですか?」
「下宿屋の大家の息子」
 レイターの答えをアーサーさんは否定しなかった。
 気になる。この人に会ったことがある。どこでだっただろう。

 レイターがアーサーさんを指差して言った。
「こいつはさ、プロの殺し屋なんだ」     

「えっ?」
「レイター!」
 わたしが驚いて声を上げるのと、アーサーさんがレイターをたしなめる声が重なった。

 一瞬、殺し屋と言う言葉を信じてドキッとした。どこかその言葉に通じる雰囲気を持った人だった。

「だって、職業軍人なんだぜ、連邦軍の」
 連邦軍と言う言葉を聞いて気がついた。わたしがなぜこの男性となぜ会ったことがあると思ったのか。
「も、もしや、将軍家の殿下?」

 レイターがにやりと笑った。
「ティリーさん、よくご存じだねぇ」

 よくご存じも何も、ニュースを見ていれば連邦軍の総帥である将軍家の動静は普通に報道されている。
 だから、会ったことがあるような気がしていたんだ。

 アーサーさんは世襲である将軍家の跡取り、すなわち次期将軍で、高知能のインタレス人を母に持つ天才軍師。
 ニュースだけじゃない。女性誌でも特集されるプリンス。そんな有名人が目の前にいることが信じられない。思わず姿勢を正してしまう。

「こいつんちは広くて船も停められるから便利なんだ」
 将軍家の居宅は月の御屋敷と呼ばれる大豪邸だ。
 下宿屋と言っていたけど、将軍家って不動産事業も手掛けているのだろうか。

 アーサーさんが優しくわたしに声をかける。
「緊張なさらないでください。レイターとは古い付き合いなので」
 わたしが持つ軍人のイメージとはかなり違う。

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 でも、不思議だ。この星は永世中立星なのだ。どうして将軍家の人がいるのだろう。恐る恐る聞いてみる。
「お仕事ですか?」
「ええ、軍の新型艦が5S-Lの認証検査を受けているので、ガーディア社の視察に来ました」
 わたしの仕事とほとんど同じだ。遠い世界の人が急に身近に感じる。

 優雅な手つきでアーサーさんがカップを口にする。
「マザーの淹れるコーヒーは本当においしい」
「本当ですね」
 わたしも味わいながら相槌を打つ。

 アーサーさんはレイターと同い年ということだけど、立ち居振る舞い全てが洗練されていて、大人だった。

 それに引きかえ、レイターは何なの。
「やっぱ、コーヒー料金値上げして取るか。ティリーさんはお子さま料金でいいぜ」

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 一言一言に腹が立つ。
「止めてちょうだい。アーサーさんのような紳士を見習いなさいよ」
「俺が紳士じゃねぇみたいじゃん」
「紳士ってどういう人のことを言うかあなた知ってるの?」

* *

 二人のやりとりを聞きながら、アーサーは懐かしさを感じた。こんな場面を前にも見た。

 私はつい、からかいたくなった。
「こんなかわいいお嬢さんがレイターのガールフレンドとは驚きました」

 
 レイターとティリーさんがコーヒーを吹き出し、同時に反論した。
「アーサー、ちょっと待て」
「ち、違います」
 二人の過剰ともとれる反応が、お互いの関心の高さを示している。ということに気づいていない。
 もう一押ししてみるか。

「初めてティリーさんを見た時、レイターの彼女というイメージが浮かんだもので」
「アーサー!」
 椅子から弾かれる様にレイターが立ち上がった。
「どうかしたのか?」
「いんや何でもねぇ」
 首を横に振りながらレイターが腰かける。レイターは私のメッセージを受け取ったな。

 それにしてもあいつ。私のことを殺し屋呼ばわりするとは。
 それを言うならお前だろう、という言葉を飲み込む。レイターが連邦軍の特命諜報部員であることは秘匿事項。私が反論できないのを知って挑発してきた。
 相変わらず腹の立つ奴だ。  まとめ読み版②へ続く

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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」