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読書感想 『「利他」とは何か』 「世界を存続させるための出発点」

 少し前まで「偽善」という言葉と「利他」はセットのように見えていたし、日常とは違う場所で、どこかエリをただして聞く言葉のように思えていた。

 それが、完全に変わったのは、コロナ禍からだった。
 今はデルタ株の感染拡大によって、様相は変わってきたものの、初期の情報では、特に若い世代は感染しても無症状、もしくは軽症のことが多いと言われていた。

 しかも、マスクは自分自身が感染しないため、には効果が薄く誰かに感染させないためにしていることになるらしい。そう考えると、自身の近くに高齢者がいない場合は、同調圧力があるとしても、若い世代がマスクをしている姿は、「利他」が具体化している形に見えるようになっていた。

 そうした時期に「利他」をテーマにした本が出たので、個人的には、とても興味があった。

「利他」とは何か  伊藤亜紗/中島岳志/若松英輔/國分功一郎/磯崎憲一郎

 5人の著者が「利他」のことについて、考え、伝えようとしている。それは、すでに確固たる答えがあって、それを書く、という印象ではなく、まだよく分からないところも含めて、進もうとする「過程」の内容だと思った。

  科学技術も、社会の営みも、本来は利他的なものであったはずです。にもかかわらず、私たちがこれほどまでに問題を抱えるようになったのはなぜなのか。そのためにはただ「利他主義が重要だ」と喧伝するだけでは不十分であるように思います。利他ということが持つ可能性だけでなく、負の側面や危うさも含めて考えなおすことが重要になってくるでしょう。

 これは、「はじめに」で、編者であり著者の一人でもある美学者の伊藤亜紗が書いた文章なのだけど、この本が、これだけコンパクトに過不足なくテーマが書かれていながら、読んだ後も、この大きなテーマの「確かな出発点」になっていることに微妙に驚くが、それは、大雑把な理解かもしれないけれど、美学者。政治学者。批評家。哲学者。小説家。それぞれ立場が違っても、ここに登場している人たちが「誠実」という共通点があるからではないか、と思った。

「利他」と「ケア」

 最初に、美学者・伊藤亜紗の文章があり、「利他」について、これまでの歴史、現状、それを踏まえての課題が、端的に語られていて、とても分かりやすい。
 だから、納得感も強い。

 本当であれば、書籍の中で、文章の流れをたどる方が、気持ちや理解の定着感が強いのは間違いないのだけど、このnoteを読んでいただいている全員が、本書を手にとっていただけるのは難しいので、まずは、ここだけは、今、個人的には、少しでも広く、分かってほしいという部分は引用したくなる。

 特定の目的に向けて他者をコントロールすること。私は、これが利他の最大の敵なのではないかと思っています。 

 これは、著者にとってはまだ仮説に過ぎないのだろうけれど、これを言葉として形にしてもらったことで、「他者をコントロールすること」という、今の資本主義を生きていると、「重要」だと思われているようなことが、違う視点から見ると「敵」にもなり得ることに気づくだけでも、これからが、随分と違ってくるように思う。

 他者の潜在的な可能性に耳を傾ける、という意味で、利他の本質は他者をケアすることなのではないか、と私は感じています。
 ただし、この場合のケアとは、必ずしも「介助」や「介護」のような特殊な行為である必要はありません。むしろ、「こちらには見えていない部分がこの人にはあるんだ」という距離と敬意を持って他者を気づかうこと、という意味でのケアです。耳を傾け、そして拾うことです。           
 ケアが他者への気づかいであるかぎり、そこには必ず、意外性があります。

 私自身の個人的な経験に過ぎないが、家族の介護をしていた年月があり、そこで思った「介護の本質」の一つは、「ずっと気にし続けること」ではないか、だった。

 だから、「介護」が特殊な行為とは思わないが、「介護」の場合は、「主体」が「介護を必要とする家族」にあるので、「いったん自分の主体性を失う」といった過程を通っていたことを、ふと思い出させるような指摘でもある。

 さらに考えを進めてみるならば、よき利他には必ず「自分が変わること」が含まれている、ということになるでしょう。相手と関わる前と関わった後で自分がまったく変わっていなければ、その利他は一方的である可能性が高い。「他者の発見」は「自分の変化」の裏返しにほかなりません。 

 これも、本当だと思う。ただ、「自分の変化」は時として、苦痛を伴うことでもあるので、そこを進んでいる途中でためらっている人にとっては、背中を押してくれる言葉だとも思う。

「利他」の出発点

 そして、最初の伊藤亜紗の文章で、これでわかったと思えた「利他」が、それからの4人の著者によって、さらに広がったり、もう一度、ほぐされて、あいまいに見えてきたりする。それは、おそらくは豊さ、というものなのだろうと思う。

 例えば、政治学者・中島岳志の言葉。

 利他はどこからやってくるのかという問いに対して、利他は私たちのなかにあるものではない、利他を所有することはできない、常に不確かな未来によって規定されるものである

 また、批評家・若松英輔が語る柳宗悦の志。

 柳宗悦にとって、人間の争いを食い止めるものが美でした。美は人を沈黙させ、融和に導く。さまざまなことについて対話し、その彼方に何かを見出していくというよりも、沈黙を経た彼方での対話ということを、彼は考えていたのでしょう。

 さらには、哲学者・國分功一郎の語る「中動態」や、小説家・磯崎憲一郎が思考する「小説を書いていくときに働く、自分以外の力」といった多面的な内容が展開されていて、それによって、さまざまなことを考えていくことができる。

本書はあくまで出発点であり、思考の「種」にすぎません。    (伊藤亜紗)

 確かにその通りでもあるのだけど、まず、この本を読むことで、視点が変わる可能性も高い。

お勧めしたい人

 今を生きる人であれば、できたら、年齢や職業を問わず、どなたでも読んでほしいと思っています。
 
 特に「利他」という言葉に拒絶反応が起きるような人でも、引用部分に少しでも興味を持っていただけたとしたら、実は必要な書籍ではないだろうか、と個人的には思いました。



(他にもいろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでいただければ、うれしいです)。



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