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読書感想 『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』  「現代ニッポンの現実」

 介護離職もして、介護に専念した時期も長かったけれど、介護もなんとか終わったし、結婚はしているけど、子どももいないから、貧乏だけど、今のところは、外出も自粛しながら、なんとか暮らしていける。

 それでも、もし病気になったり、もしくは、不安定な仕事だから、急になくなったりすれば、おそらくは生きていくのも難しくなるレベルの貧乏だとは思う。
 ただ、ずっと組織に所属しないで生きてきたせいもあって、たぶん、その先の見えにくさに、かなり慣れてきているから、不安を麻痺させているだけだとは思うけれど、少し冷静に考えると、自分の現状も怖くなる。

 ただ、比べることではないのだけど、それよりも、もっと厳しくて、息が詰まるほどの時間の中で生きている人の絶望のようなものが、この本を読んでいると伝わってくる。

『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』 小林美希

 著者は、いわゆる「就職氷河期世代」で、その上で、ジャーナリストとして、その世代のことを取材するのをテーマとして追い続けている人で、そのことだけで、とても真似ができない仕事を積み上げているのだと思う。

 さらに、この作品の視点の優れたところは、「平均年収443万円」周辺についても、取材を進めたところだと思う。

 就職氷河期世代を中心に広がった非正規雇用で働く側からすれば、平均年収443万円は、夢のまた夢だ。「中間層」が崩壊するなか、正社員以外からの「年収400万円もあったら、安心して暮らしていける」との声は多い。しかし、現実はちょっと違うようだ。

 そして、現代の平均年収は、ただの金額だけではなく、社会情勢の変化によって、それこそ、高度経済成長のように右肩上がりの時とは、まったく違う生活であることが、具体的に描かれていく。

 それは、著者の取材力のたまものなのは間違いないが、勝手ながら、読んでいて、こちらまで息苦しくなるような感覚にもなりながら、読み進めた。

平均年収の生活

 たとえば、私のように、平均年収よりはるかに少ない人間から、数字だけ見ると、うらやましくなるような人でも、理不尽な社会の中を、先が見えないまま必死で生きているのが、伝わってくる。

毎月10万円の赤字、何もできない「中流以下」を生きる
  ――神奈川県・須藤慎太郎(48歳)・会社員・年収520万円 

異業界から保育業界に転職して3年間、保育園を運営する会社の本部で働いていました。それ以前は年収が800万円あった時もあるんです。けれど、保育会社に転職したら年収は520万円に減りました。手取りだと400万円。

昇給についてのルールがないんです。えー、そんなのあるかって信じられなかったですよ。わりと大きな会社なのに。社長と社長の取り巻きの役員連中だけ高額報酬をもらっていて、ほとんど仕事をしていない。 

保育園の現場を見たら、質が低すぎてびっくりすると思いますよ。残念な経営陣が残念な保育環境を作っているんですから。保育士が可哀想ですよ。うちの会社は賃金が低いし、入手もギリギリ。残業しても残業代は出ないのですから。

 本人の小遣いは、月1万5千円で生活している。

1万5000円ですから、何もしちゃダメなんです。何かしたら使わないといけない。じっとしていないと。 

娘の学費がこれからどのくらいかかるのか、まったくイメージがつかないです。もう、大学なんて行かなくていい。早く社会人になって。そう思っています。娘はアイドルかトリマーになりたいと言うので、金の稼げる獣医になれって言っています。

こういう状態で、もし自分に病気が見つかるといけないので、健康診断は受けません。老後のことなんて考えられないですよ。自分には老後が来ないと信じています。

 他にも、おそらくは、もっと時間が経てば、歴史の証言ともなるような5人の語りが続く。中には、世帯年収1000万円でありながらも、非正規という立場なので、とても強い不安の中で生きている人もいる。

 それらは、どれも個人でどうにかできる問題ではないのは、わかる。

平均年収以下の生活

 他人事ではないけれど、さらに、収入が少ない状況では、本当に絶望の中を生きているように思える。だけど、それも、本人の努力を超えた理不尽な環境の要素が大きい。

月収9万円シングルマザー、永遠のような絶望を経験した先の「夢」
   東海地方・池田真紀(41歳)・秘書・年収120万円 

 突然、仕事先で、「事件」に巻き込まれることもある。サービス残業を要求され、それに対しての要望を伝えたときだ。

 私は、従業員を守ることが利用する子どもの安心につながるのだから、労働基準法に則って法律を守って欲しいと言ったんです。社長にも、管理職にも。そうすると、「何を言ってるんだ!皆やっている。できないならシフトに入れないよ」と、えらいことになって。
 労働組合にも相談したのですが埒が明かず、結局、辞めることに。ハローワークで、しかも、就職氷河期世代支援で紹介された会社ですよ。

 こうした時に、保身を考えて、そうした要望を言わなかったり、言えなかったりして、同じ職場に勤め続けたとしても、おそらくは、また永遠のような絶望が続き、心身が消耗することになったように思える。この話だけでなく、職場自体が、ブラックであるところが多すぎないだろうか。

女性だから、非正規雇用だから、人として扱わずに使い捨てられる、そんな時代が早く終わってほしい。義務教育では、国民の三大義務として「勤労の義務」は教わりますが、自分を守るための労働者の「権利」は教えてもらえません。私は自分の失敗や教訓を生かし、我が子たちに政治の話も労働者の権利についても日常的に話すようにしています。

 そのさきの「夢」として、池田さんは、こうしたこと↓も語っている。この過酷とも言える状況で、そうしたことを思えること自体がすごいとは思うが、逆に「夢」がないと、気持ちが持たないのかもしれない、とも感じる。

 公的な「学童」は感染予防でひたすら座学をさせるばかりで、子どもが行きたがらなかった。楽しそうな人気のある民間学童は人が集まりすぎてパンク寸前だし、費用が月数万円もかかる。どこにも居場所がない。だから私はその誰かにとって居心地がいい、安心できる居場所を作りたいと思ったのです。
 子ども食堂が話題になっていますが、これまでの活動で大勢「参加者」がきても一人ひとりに目を向けられない現実を目の当たりにしてきました。私は目の前の一人を大切にできる場作りを目指していきたいと思います。

 他にも、事情の異なる4人の話が続くのだけど、絶望を感じ続けるような、大変な生活なのは共通している。

 ……自分が言う資格はないかもしれないが、どうして、こんなにひどい世の中なのだろう。

この30年の日本社会

「就職氷河期世代」の著者が、働き始め、同世代の不安の大きさについて、気になり始めたのが2000年代初頭だったというが、ここまで紹介されてきた人たちの、現在の苦しさは、すでに、そこから始まっていたようだ。

 同世代が抱える不安はどこからくるのか。その疑問が強い違和感に変わったのは、経済記者として上場企業の決算説明会に出て、社長や財務担当役員たちが強調していた言葉を聞いたときだ。
「当社は非正社員を増やすことで正社員比率を下げ、人件費を抑えて利益を出していきます」
 ちょっと、おかしくないか。私は眉をひそめながら決算説明を聞いていた。

 具体的には、特に、ケアをする分野で、矛盾が大きくなっていった、と思える。

 2001年に発足した小泉政権で診療報酬がマイナス改定となって、看護師が置かれる労働環境は厳しいものになった。2000年は介護保険がスタートし、民間事業者が参入して活況を呈し異業種参入が進んだが、利益を出すために介護職の労働条件は悪くなる一方で、常に人手不足の状態だ。保育も2000年に認可保育園への営利企業の参入が認められ、安倍政権下で異業種参入が加速した。しかし、介護と同様に人件費分の多くが事業拡大や経営者だけの利益に使われる問題が多発し、保育の質も低下。保育崩壊の一途を辿っている。スキルを活かす専門職として働いても、悲惨な職場が増えていった。 

待機児童問題が国のテーマとなって急ピッチで保育園が作られたが、保育園を増やすために、保育園に入る収入の4分の1もの金額を保育園以外でも使えるような規制緩和が行われた。職員配置基準も以前は常勤の保育士で満たしていたものが短時間パートの組み合わせでもよくなるなどの規制緩和が行われ、質は劣化している。

第2次安倍政権は、雇用を壊し続けた。労働現場を軽視し、企業にとって都合の良い施策ばかりを断行した。規制緩和で雇用の質は劣化した。 

 この30年、特に、この10年の生活の厳しさは、「雇用の質の劣化」によるものだし、そうしたことは「政策」といった大きな課題になっているものだと、著者は指摘していて、それは、本当に納得がいくし、だからこそ、個人ではどうしようもできないような、少し絶望的な気持ちにもなるものの、では、どうすればいいのか?

 それに対しては、少ないけれど、ごく1部の行政で行われている施策も紹介され、そして、今後の根本的な改革の必要性も提案されているが、この30年、大人として暮らしてきた自分にも、こんなにひどい社会にしてきてしまった責任はあることも改めて思う。

 何もできなかったし、偽善的だとは思うけれど、それでも、無力感に引きずり込まれないように、これからでも、少しでも何とかしようとしなければ、本当に、さらに悲惨な社会になっていくのは間違いない。

 そんな怖さを再確認できた。

おすすめしたい人

 現在の社会に、違和感を憶える人。

 これからのことを考えたい人。

 毎日が、あまりにも辛いと、本を読む気もしないでしょうし、この本を読んで、さらに辛い思いに襲われるかもしれませんが、それでも、今の現実を知りたいと思う人。

 読むのにしんどさもあると思いますが、少しでも興味を持った方には、ぜひ、読んでほしい一冊なのは間違いありません。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。



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