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読書感想  『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?』  和田靜香 「政治を考える本当の意味」

    複数のメディアで評判を聞いて、読みたくなった。

 それは、著者の立場が、自分と比較的近くて、そういう人が政治家に話を聞いていく、という構造が、政治を分かりやすくしてくれるのではないか、という期待があったからだ。

 つまりは、どこかで「答え」という情報のために読もうとしていたのだけど、実際に読んだら、社会に生きている一人の人間と、政治家という一人の人間が、格闘するように対話することで、まだ見えない答えを「考える過程」が描かれている、密度の濃い作品だった。

『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?国会議員に聞いてみた』 和田靜香  取材協力 小川淳也 

 著者は、1985年。20歳の時に仕事を始める。それからフリーランスのライターとして生きてきた。バブルを迎え、バブルがはじけ、日本がとても長い下降を続けてきた、その30年以上、ライターを続けてきた。というだけで、それはとても凄いことだと思ってしまった。専門は音楽と相撲。

 1990年代〜2000年代初め、まだ日本の社会にはお金を払って文化を楽しむ余裕があった。でも、私が40代も半ばにさしかかる20008年頃になると、仕事は極端に減った。CDは売れなくなり、雑誌は次々廃刊に。とはいえ私の場合、何より自分自身の勉強不足のせいだと思っている。新しい流れに、ついていけなくなった。

 2008年にはリーマンショックがあったから、本当は、社会の動きにダイレクトに影響を受けているはずだ。

 それからは生活のためにライター業と並んで、様々なバイトをしてきた。コンビニ、パン屋、スーパー、レストラン、おにぎり屋さん。飲食系ばっかりになるのは、私の「食べるものが好きそう」な見た目もあるかもしれない。ちなみに、時給はいつもその時々の最低賃金だ。

 それでも、ライターはずっと続けている。もちろん続けざるを得ない、ということもあるかもしれないが、書き続けている。それなのに、またコロナ禍という災難に襲われる。

 私自身を言えば、2020年3月末まではこれまで通りにバイトをしていたものの、長めに休んだ後に解雇になった。若い人が無防備にワイワイ通る商店街に面したおにぎり屋さんのバイトで、シフトを入れるのが怖くてためらっていたら、「もう来ないですね」と事情も聞いてもらえないまま終わった。 

 政治については素人という自己評価から、小川淳也という政治家との会話が始まっている。最初は「ノープラン」という状況から、ほんの数ヶ月で、教えてもらっているような状態から、対話になり、さらには深い対話をするようになったように見える。

 それは、30年以上、ライターとして磨いてきた、聞く力理解力や、そして伝える力が元々あったからこその、急速な成長だと思えた。

 何より、失礼ながら、「売れているライター」でなかったから、この30年の厳しい社会状況を、かなりダイレクトに受け続けてきて、そこを生き抜いてきた人間の思いの強さもあってこそ、だと思う。

政治と生活

第1章  生きづらいのは自分のせい?
第2章  耳タコの人口問題が生活苦の根源
第3章 「なんか高い」では済まされない税金の話
第4章  歳をとると就職できない理由
第5章  見て見ぬふりをしてきた環境、エネルギー、原発問題
第6章  自分を考える=政治を考える

 目次には、こうした項目が並んでいる。元々、私が無知なせいもあるのだけど、知らなくて新鮮なことも多く、政治が変わると、本当に生活が変わるかもしれないと思えることも少なくなかった。

 だから、自分の興味がありそうな章から読んでも、十分に意味はあるはずだけど、できたら、最初から読んで、途中で飛ばしながらでも、最後までたどり着いた方がいいと思えるのは、そうした過程を踏んだ上で、労働に関する、二人の対話の場面に遭遇した方が、理解と共感が深くなるような気がするからだ。

対話というもの

 労働についての対話の後、著者の和田氏には割り切れないものが残った。だから、その気持ちを込めて手紙にして、小川淳也氏に送った。それは、コロナ禍で、さらに大変な状況にいる、著者の身の回りの人たちのことだった。(この部分の他の人たちの具体的な描写は、できたら、著書を手にとって読んでいただきたいと思っています)。

 そして私がコンビニでバイトをしていたとき、楽しみは自分で揚げたアメリカンドッグを買って帰ってモグモグすることでした。自分の仕事終わり間際に、揚げる。それで、揚げたておいしい!なんて、100円のお楽しみだったんです。
 みんな圧倒的に足りない人生を、生きています。この世に何か意味のあるものを残せるわけでもなく、そんなことを考えたこともなく、考えることもできない。何かしたいことも見つけられず、そもそも何がしたいと選択はできないんです。あっという間にその仕事はAIに代わられてしまうかもしれない。それでも、今、この日本社会に参加していることは間違いなく、有権者でもあります。彼ら彼女らが全員、選挙に行くようになると、日本は大きく変わるんではないか?と考えます。
 ぜひ、そういう人たちへの言葉をいただけたら、と思います。

 この言葉に対して、政治家・小川淳也氏は、対面の状態で、おそらくは政治家としてと同時に、人としての言葉を返している。

 和田さんの言う、頼りない人生に、意味があるか分からないけど、その人生……それ以上に尊いものはなくて、その人生を守りたい。普通の人生、普通の暮らし、そこが最も尊く愛しく、その暮らしこそが大切にされる世の中であるべきで……。その人生は決してみじめなんかじゃないでしょう。

 そこからさらに貴重な対話が続いていく。こういう関係性を、政治家と、社会に生きる人が築ければ、本当に世界が変わっていくかもしれない、とも思えた。これは、著者も小川氏の、どちらも凄いと思う。

 他にも、政治家にとっての「幸福」について話をしたりしているが、それは、やはり、この過酷とも思える30年の社会状況を生き抜いてきた上で、「耳」「声」と「言葉」を持つ人間が、政治家と対話を続けた、という意味が、思った以上に大きいと感じた。

お勧めしたい人

 先を考えると不安がふくらむ人。政治には関心が持てない人。選挙に行く気もしない人。生きている意味を感じられない人。

 毎日が大変だと、本を読む時間も余裕もないかもしれませんが、それでも、もし、今のこと。これからのこと。この社会のことを少しでも分りたいと思ったとき、さらには政治を考える本当の意味を知ろうとする場合に、最初の一冊として、お勧めできる作品だと思います。


(こちら↓は、電子書籍版です)





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