見出し画像

読書感想  『言い訳 関東芸人はなぜM―1で勝てないのか』 ナイツ・塙宣之 「考え抜いた言葉」

 この本が出版されたのは、2年前のことになるけれど、もっと昔のようにも感じる。そして、現役の芸人が、自分のことだけでなく、人の笑いについて語るなんて、それも「チャンピオン」でもないのに書くなんて、みたいな非難がされたことも聞いた記憶がある。

 ただ、今になってみれば、この時の漫才師・塙宣之だから書けた作品だろうし、「チャンピオン」に届かないとしても、明らかに「一流の現役のプロ」が書いた「漫才論」もしくは「エンターテイメント論」さらには「才能論」として、古典の一つになる本ではないか、と今になって改めて思った。

 それに、何より、素直にとても面白い本だと思う。

「言い訳 関東芸人はなぜM―1で勝てないのか」 ナイツ 塙宣之

 2018年の「M―1」は、おそらく「笑い」の世界に関して、もしくは、もう少し範囲を広げれば、「芸能人」のありようまでが変わるきっかけとして、大げさにいえば、「歴史的」な意味合いが出てくるのかもしれない。

 元々、その2018年「M―1」を振り返れば、この塙の一票も、「霜降り明星」という新しいチャンピオンを生んで、それが「第七世代」というものにつながるのだから、今も古くなっていない出来事だと思う。

 発想力で言えばジャルジャル、うまさで言えば和牛のほうが格段に上です。でも、霜降り明星には、上手い下手だけでは語れない、芸人としての強さがありました。
 強さ………。
 非常に曖昧な表現で恐縮なのですが、芸人を見ていると、そうとしか表現のしようのない何かを感じることがあります。                 
 なぜ、僕がそこにこだわるかというと、僕にないものだからです。欲しくて仕方なかったけど、最近、わかりました。未来永劫、僕には手に入れることができない。でも、だから、より敏感に感じ取ってしまうのかもしれません。 

 この文章の中には、「エンターテイメント論」も「才能論」も含まれているのだけど、それは、「現場」にい続けて、その上で「考え抜いた」人だけが発せられるような「言葉」だとも思う。

「M―1」の意味合い

 素人の視聴者にしてみれば、「M―1」の生みの親を、何となく「島田紳助と松本人志」だと思っている部分がある。

 深夜に、「松本紳助」(のちに松紳)という番組があって、その中で、“芸人の面白さというのは才能としか思えない。面白いやつは最初から面白い。面白くないやつは、長くやっても面白くならない。だから、10年やってダメなら、諦めさせて別の道を歩んだほうがいいのではないか”。

 確か、そんなことを島田紳助が主張をし、松本人志と二人で話す中で、“才能がない芸人たちを諦めさせる大会”として生まれたのが「M―1」だと、視聴者は認識している部分がある。優勝する人間を称賛するよりも、そこで成果が出ない芸人を辞めさせるための「大会」だと、個人的には思っている。

 それが、本格的に、「新しいスターを生む大会」になったのは、いったん終わって、再び始まり「結成15年」と「ルール」が変わった時点で、決定されたのかもしれないが、どちらにしても、この「M―1」は、「吉本主催」であることは変わりなく、そうであれば、「関西」が有利であるのは、仕方がないのではないか、とも思っていた。

 それは、「芥川賞・直木賞」が「文藝春秋」という会社の私的なタイトルであるにもかかわらず、まるで“文学界全体”の賞のように思われているのと似ているのかもしれない。

関東と関西

 ただ、現役のプロであるナイツ・塙は、そうしたことは、おそらく当然の前提として、そこから、どうして「関東の芸人」が勝てないのか?を考え抜こうとしている。

 まずは「関西」の土地柄を、こう見立てている。

 ブラジルでは子どもから大人まで、路地や公園でサッカーボールを蹴って遊んでいます。同じように、大阪では老若男女関係なく、そこかしこで日常会話を楽しんでいる。それがそのまま漫才になっているのです。 

 もちろん、関西の人たちが、みんなが「つっこんだり」「ボケたり」しているわけではないだろう。そういう風潮が嫌いな関西の人もいるのも間違いない。それでも、やはり、アベレージとして、会話そのもののスキルが、関西の方が上ではないか、という実感は、それほど交友関係が少なくても、大阪の人間と接した時には感じることでもある。

 だから、その中で、優れた「笑いのプロ」が出てくるのは当然かもしれない。そして、話し言葉の違いは、舞台で言葉を使う人にとっては、日常会話以上に、もっと大きいものかもしれない。

 関東に住む僕からすると、「なんでやねん」は魔法の言葉です。表面上は攻撃しているようで、その実、相手を慈しんでいるようでもあります。

 ところで、兄の芸人「はなわ」が「佐賀」をネタとして扱っているのだけど、ナイツ塙宣之は千葉県我孫子の生まれで、10歳まで住んでいたというのだから、本人の主観としては「関東の人間」ということになるのだろう。

 そして、関東芸人にも例外はいる。

 M―1の歴史の中で、関西弁以外で一六〇キロを投げたのは唯一、アンタッチャブルでしょうね。
 アンタッチャブルは、化け物のようなコンビでした。(中略)言葉の勢いというか、圧力がすごいんです。その上、とにかく楽しそうにやっていました。

 そうした「モンスター感」は、テレビ画面を通じて、視聴者にも伝わってくるものだけど、その「アンタッチャブル」の持っているものが、塙の表現する「強さ」なのだろう。それは生まれ持った「才能」と、ほぼ同じ意味なのだと思う。

才能がない(と思っている)人間の戦い方

 この本には、自分たちには「強さ」がない、そして、それはどれだけ渇望しても手に入らない、という塙の思いが、ずっと流れ続けているようにも思える。

 ただ、その「強さ」があると評されている漫才師たちに、そのことを聞いても、元々持っている人間には、説明はできないはずだから、塙のように「強さがない」と思っているプロフェッショナルだけが、解説できることなのかもしれない、と思う。

 そして、その「才能」がないと思う人間が、どうすればいいのか?といったことは、地味でシンプルであることも明確にしている。

 先輩方は、なかなか芽が出ない若手に必ずと言っていいほどこうアドバイスします。とにかく一本でも多くのネタを書きなさい、と。その通りでした。 
 深いところからお客さんの感情を揺さぶり続けるために漫才師ができること。それは優れたネタを考え続けることしかないと思います。 

 ナイツ塙も、視聴者からみたら「才能があって、運もある」としか思えないのだけど、それでも、同じ漫才師として、身近で接しないと分からない「圧倒的な才能」というものはあるはずで、それが「強さ」表現されているものなのだろう。

 同時に、この「ネタを考え続けること」「才能がないと思っている人間の戦い方」であるはずで、その言葉は、意外と遠くにまで届いていることも最近、知った。

 ラジオ番組のホストである俳優・吉岡里帆が、自らには才能が足りないと思っていて、だから、塙の、こうした見立てや戦い方が、かなり心に染みている、といった話をしている。(ナイツ塙 ゲスト回)。

未来の予言

 この本は2018年の「M―1」のことまでが書かれていて、まだ「否定しないツッコミ」の「ぺこぱ」(2019年「Mー1」決勝初出場)は表に出てきていない。ただ、そこまでの漫才について、考え抜いていることで、後から見たら、「ぺこぱ」登場の予言のようにさえ感じる文章まである。

 南海キャンディーズについての言葉。

 山ちゃんは終始、しずちゃんをなだめているだけです。もっと言えば、あやしています。音楽で言えば、子守唄のようでした。
 ツッコミというのは、相手を貶めることではありません。どんな方法でもいいから、笑に転化させればいいのです。それは優しい言葉でもいいし、動きでもいい。スリムクラブのように「間」でもいいのです。

 これを読むと、「ぺこぱ」の登場と評価は必然のように思えてくるし、もしかしたら、次の「予言」になるかもしれないことも、記されている。

 ピン芸人でコント師のバカリズムさんが、おもしろいことを言っていました。
「ピン芸人が『キングオブコント』に出られないのが納得いかない」 

「M―1」との和解

 漫才師として、ナイツは、3回、「Mー1」の決勝に出場している。優勝には届かなかったし、この本を読むと、大げさに言えば、「傷つき体験」にすら思えてくる。

 だけど、審査員として、決勝で「霜降り明星」に一票を入れた2018年には、思わぬ形での「和解」が訪れることまで、描かれている。

 番組冒頭、審査員として一言ずつあいさつをする機会がありました。隣の立川志らく師匠が「(立川)談志が今降りてきてます」とおっしゃったので、僕も負けずに「内海桂子師匠がちょっと今降りてきてるんで」とボケました。アドリブです。
 そうしたら、司会の今田耕司さんが「まだお元気ですから!」とすかさずツッコんでくれ、会場がどっと湧きました。
 M―1の決勝の舞台で、初めてウケました。僕の初ゴールです。
「四度目」の出場にして、初めてM―1と友だちになれた気がします。
お陰で胸のモヤモヤが一気に晴れました。長いこと、忘れたくても忘れられなかった負の記憶が一転、楽しいものに思えてきたほどです。
 でも、忘れなくて本当によかった。今回、審査員をして、初めてそう思えました。

 今でも、古くなっていない本だと思う。
 笑いや芸能が好きな方だけでなく、才能や素質などについて、悩んでいる方にも、ぜひ、オススメしたい作品です。


(参考資料)




(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでいただければ、うれしいです)。


#推薦図書    #読書感想文   #言い訳   

#関東芸人はなぜM ―1で勝てないのか #ナイツ   #ナイツ塙宣之

#Mー1   #塙宣之   #強さ   #漫才師   #漫才

#才能   #ネタ作り   #毎日投稿



この記事が参加している募集

記事を読んでいただき、ありがとうございました。もし、面白かったり、役に立ったのであれば、サポートをお願いできたら、有り難く思います。より良い文章を書こうとする試みを、続けるための力になります。