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【展覧会感想】 「あなたの中のわたし」 2024.9.14〜10.7 横浜市民ギャラリー ------「志の持続」

 横浜の関内駅。横浜スタジアムもある横浜の中でも有名な場所に、横浜市民ギャラリーはあった。

 そのころ、介護が始まって、個人的にはとてもつらい時期だったのだけど、横浜市民ギャラリーでの展覧会だけではなく、トークショーにも観客として参加して、そこで、いろいろな刺激があって、その時間だけ、気持ちが少し楽になって、救われたような気持ちになったことを覚えている。

 だから、すごく一方的だけど、勝手に感謝する思いがある。


横浜市民ギャラリー

 その後、どんな事情があるのかよくわからないけれど、横浜市民ギャラリーは、移転していた。それも、関内駅のそばというアクセスしやすい場所から、桜木町から坂道を登って歩いていく、ちょっと行きにくい立地になった。

 そこは紅葉坂、という横浜に関係する人間だったら名前を聞いたことがあるところから、左に曲がって、さらに登っていく。左にケアプラザ。やや険しい坂道を登ると、右側に小高い山の上に、かなり立派な神社があるのが見えてくる。

 そういう場所があるだけで、なんだかそこが非日常的な気配になる。ただ、その神社は、坂道からさらに階段があるので、それだけで、ちょっと気持ちが遠くなるし、登る気持ちにはなれない。

 そこを通り過ぎて、少し歩くと、左側に少し変わった建物があって、そこに横浜市民ギャラリーがある。

 最初に行った時は、こんなところにあったのか、といった微妙な驚きがあったし、関内の駅前にあったときも、私が行くときには、人がすごく少なかったし、アートに対して行政がそれほど力を入れているかに対して疑問になることも多いから、桜木町も都会ではあったのだけど、駅から坂道を登って10分ほど歩く場所になったときは、失礼かもしれないけれど「左遷」という言葉が頭に浮かんだ。

 だけど、その移転のあとにも何度か足を運んだ。

 それは、知らない作家を紹介する企画だったのだけど、興味深かったし、その後、数回しか見に行っていないのだけど、行くと必ず面白いという記憶がある。

新・今日の作家展

 「今日の作家展」と名付けられていた企画があって、それは、恥ずかしながら自分は知らない作家を紹介されることが多いのだけど、でも、見るたびに考えさせられ、新鮮な刺激を受けて、来てよかった、という印象が強い。

 それが、いつの間にか「新・今日の作家展」と名前を変えたのは、どうやら、横浜市民ギャラリーが関内の駅前から、桜木町の駅から徒歩10分の場所に移転した頃なのかも、などと思ったが、その歴史は想像以上に長かった。

 横浜市民ギャラリー開設の1964年から40年にわたって開催した「今日の作家展」の新しい幕開けとなる「新・今日の作家展」第一弾では、既成の価値観や認識からものごとを解放し、ものともの、ものと空間、ものと身体の限りない連関をあらわす5名の作家の作品を紹介しました。

(『横浜市民ギャラリー』サイトより)

 1964年は、最初の東京オリンピックの年だから、その頃から、現代美術を紹介し続ける市民ギャラリーは、かなり先駆的だと思えるが、それを40年も続けてきたというのは、その企画を自分が知ったのは、30年以上経ってからだから、そこまでの無知に対しての恥ずかしさはあるものの、すごいことだと思う。

 それは、志が持続していなければ不可能だからだ。

 ただ、そのわりには自分がいつも注意深く気をつけているわけではないので、毎年、必ず見に行っているわけではなく、気がついたときに、行けるのなら行ける、というくらいになってしまうのは、やはり、季節によっては、あの桜木町からの坂道を登る記憶があって、ちょっと気持ちの負担になってしまうからだと思う。

 それでも、今回も、用事が終わったあとに、もしかしたら行けるかも、という機会を持てた。

あなたの中のわたし

 今回の「新・今日の作家展」は2人の作家が取り上げられルノア事前の情報で知っていた。

 1人は、布施琳太郎。

 美術に関するメディアなどで、時々見かけるようになり、グループ展では作品も見たのだけど、もう少しまとめて違う作品も見たいと思っていた。

 1994年生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業、2019年東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修了。スマートフォン発売以降の都市における「孤独」や「二人であること」の回復に向けて、自ら手がけた詩やテクストを起点に映像作品やウェブサイト、展覧会のキュレーション、書籍の出版、イベント企画などを行っている。主な活動に個展「新しい死体」(PARCO MUSEUM TOKYO、2022年)、廃印刷工場でのキュレーション展「惑星ザムザ」(小高製本工業跡地/東京、2022年)、ひとりずつしかアクセスできないウェブページを会場としたオンライン展覧会「隔離式濃厚接触室」(2020年)など。

(『横浜市民ギャラリー』サイトより)

 この展覧会のサイトでの布施琳太郎のプロフィールだが、この中の廃印刷工場でのキュレーション「惑星ザムザ」は、まだコロナ禍が今より怖い頃だったので知っていても行けなかったかもしれないが、でも、行きたい展示だった。

 そして、もう1人は、スクリプカリウ落合安奈。

 今回のチラシなどのメインビジュアルの写真を撮影した作家、というくらいの情報しかなかった。

 行く直前まで、ちょっと迷っていた。

 それでも、用事が済んで、なんとなく疲れて、電車に乗りながら、持っていったお菓子などを食べ、コーヒーを飲んだら、少し回復し、だから桜木町の駅で降りて、荷物も重かったけれど、駅のロッカーは現金が使えないこともあって、荷物を2つに分けて、少し楽になったと思いながら歩いて向かった。

 途中の坂道は、やっぱり辛くて、荷物のバランスが良くなっても、結局は総重量が変わらないことを思い知らされるように足が重かった。

 右側に立派な神社が目に入ると、見るたびに少し驚き、それからギャラリーまでは、すぐだった。

 ギャラリーがあるのは知っているけれど、すぐそばに来るまで美術などの気配が全くしないので、ここに到着するたびに、なんだかホッとする。

布施琳太郎

 ギャラリーに入り、ロッカーに荷物を預け、受付に向かう。

 入場が無料なのは、とてもありがたい。

 そこで、今回のパンフレットを渡されるが、12ページもあるキチンとした作りだった。ここに作者のコメントなども載っていて、これは、現代美術では、その意味も重要になってくるので、鑑賞後に読んでも意味があると思う。

 小さい金属製の懐中電灯も渡される。

 それは、1階の展示室の布施琳太郎の作品は、壁に小説が書かれていて、それは展示室が暗いために、それを読むために使ってください、と言われる。

 展示室には、何かの声や音が響いているが、基本的には、壁に紙のようなものに文字が印刷されていて、それも、1枚に何百字くらいの文字が書かれていて、それを読み終わると、次の紙の文章にうつるために、歩くことになる。

 その途中に立体もあったし、動画もあり、テクノロジーが自然に使われているとも感じるのだけど、その展示のメインが、紙に書かれた小説、というとてもオーソドックスな方法を選択している。

 確かに、大昔からある方法だけど、人の心に届く、イメージを広げさせることに関しては、効果的な方法だと改めて思った。

 それも、この場所でしか読めなくて、その内容も、このギャラリーのある横浜に関係していて、その開発にまつわる史実や、さらには、今では欠かせなくなったスマホやアプリが関係するストーリーだから、ポケモンの開発者の思惑なども書かれていて、それは、現実を思い起こさせることによって、よりイメージが広がっていく。

 その最後の方には、比較的大きい画面での映像作品が流れる。

 実写や、CGが混じり合って、だけど、それが自然に感じるのは、作者にとっては、どちらも必要に応じて普通に使っているからだろう。

 孤独とか、孤立とか、信頼とか、そんなようなことが、扱われているのだろうけど、その作品の感触は冷静というか、少し距離がある感じがする。

 気持ちが静かになった。

 映像もずっと見ていたかったのだけど、午後5時過ぎに入館したので、午後6時に閉館と言われて、だから、このままだと次の展示が見られないので、部屋を出て、懐中電灯を返し、階段を降りて地下一階の次の展示室へ向かう。

スクリプカリウ落合安奈

 展示室には、写真が並んでいた。

 すごくきれいで、だけど、華やかではなく抑えられた印象で、気持ちに届きやすい作品だと思った。

 渡されたパンフレットを後になって詳しく読んで、スクリプカリウ落合安奈は、日本とルーマニアの2つの母国を持つ作家で、今回の展示は、母親であり写真家である落合由利子の作品も含めての展示だと知った。

 1992年埼玉県生まれ。2016年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業(首席・学部総代)。2019年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程グローバルアートプラクティス専攻修了。現在東京藝術大学大学院博士後期課程在籍。2022~2024年公益財団法人ポーラ美術振興財団令和4年度在外研修(ルーマニア)。

(『横浜市民ギャラリー』サイトより)

 そういえば、作品を見ているときは気がつきにくかったのだけど、作家が生まれた頃の写真があったのだから、本人ではないとわかるべきだったのだけど、全体で印象が似ていたせいか、気がつかなかった。

 2022年、パンデミックが少しだけ落ち着き、でも、同時に隣国のウクライナでは戦争が続いていたとき、約1年間、ルーマニアに滞在して撮影された写真は、スライドになり、少しゆったりした展示室で、その説明のような、タイトルのような文字が写って、そのあとに写真が何枚か映る。

 その繰り返しで季節も移っていくのだけど、閉館時間が迫っていたので、内心、ちょっと焦りながらも、約7分だと分かったので、全部見ることができた。

 まったく違う国で、知らない習慣での生活なのに、そこに流れる長い時間のようなものまで、そのわずかな時間しか見ていない観客にも伝わってきたような気がした。

 写真が、何しろ澄んでいて美しく、これみよがしでない品の良さのようなものがあって、決して気持ちが盛り上がる、という方向ではないのだけど、大げさかもしれないが、心に少し力が与えられたような気がした。

 見てよかった。そして、こうした優れた作家を知ることができてよかった、と思った。

送迎バス

 午後6時にギャラリーのすぐ前から、送迎バスが出ます、と何度も言われていた。

 地下一階の展示を身終えて、1階に戻ってきて、布施琳太郎の展示室にもう一度だけ入ったのは、さっき、全部見られなかった映像作品があるからだったのだけど、その部屋に入ったら、自分がさっき見ていた場面だった。

 もう間に合わない。

 あと3分くらい。

 ロッカーから荷物を出していたら、受付のスタッフから、よかったらアンケートにお答えください、と声をかけられる。

 送迎バスの時間、と思ったのだけど、こうした公共の施設では実際に訪れた人間の意見のようなものや、その集まった数が、このギャラリーの存続に関係してくるはずと思ったので、急いで、肯定的な答えを書き込み、回収ボックスにいれた。焦って、ちょっと手元がくるって、その細いすき間に入れるのに、ちょっと手間取る。

 自分は知らなかったけれど、すごい作家を紹介してくれる企画をやってもらったお礼を、ここで言うのが適切かどうかわからないけれど、スタッフの方々に一応、伝えて、外に停まっているバンに乗り込んだ。

 歩いて10分の距離だったけれど、やや急な坂道をクルマで駅に向かうのは、やっぱり楽だった。

 降りるときに、桜木町から、ギャラリーまではこのバスは稼働しているのでしょうか?と聞いたら、あっさりと、ありますよ。と答えてくれた。家に帰って、ホームページを確認したら、その時刻表まであったのに気がつかなかった。

 いい展覧会だったと思う。


 


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