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読書感想 『女の子の謎を解く』  三宅香帆  「視界が明るくなる批評」

 どこかの本で引用されていて、とても気になったので、読みたくなった気持ちは覚えているのだけど、具体的に、何を知りたかったのは忘れてしまっていた。

 そんな失礼な状況で、しかも申し訳ないのだけど、著者のことを知らないままだった。プロフィールでは1994年生まれだから、まだ20代のはずで、なんの事前情報もなく読み始めたのだけど、途中から、自分の視界が明るくなっているような気がしたのは、その書き方がとても明晰で、世界の見え方が少し変わったからだと思った。

『女の子の謎を解く』 三宅香帆 

 文章が冷たすぎず、かといって湿り気が多すぎない。
 対象から遠すぎず、近づきすぎない。
 不思議な感触のある文章だと思った。

 や、ヒロインについて批評する言葉が増えてもいいはずでは!? 令和じゃん!?
 私も先人たちの書きものを読んできた。でも、やっぱりまだ量が足りない。私はそう感じる。批評なんて、まずはたくさん語られないことには、本当のことに辿り着くまでに時間がかかってしまうものだから、まずは量を増やすのが肝心なのだ。
 まずは自分で、ヒロインについて語る言葉について語る言葉を書いてみた。それがこの本である。

 これが「まえがき」で、やや熱を感じるのだけど、その一方で「あとがき」には、こうした表現もある。

 ひとつ注釈をつけておくと、最初「うーん、今の時代に『女性』というまとめ方をやっちゃっていいんだろうか」と悩みました。
 男性女性、とジェンダーでなにかを分けること自体、いろんな意味でナンセンスなような気がするし、厩戸王子のような、トランスジェンダーと解釈することもできるキャラクターも出てくるし、ヒロイン、とか、女の子、とか、そういう言葉の括り方がそもそも古いかなあと思うこともあり。
 でも原稿を書くなかで気づいたのですが、やっぱり自分が書きたいのは、もっと語られてほしい、まだ語られ足りない、ヒロインたちの姿、だったので。

 古いかもしれませんが、それでも自分はヒロインという言葉を使っていこう、とどこかのタイミングで決めたような気がします。
 ジャンルは関係なく、とにかくそこにあるヒロインたちの輝きについて、そしてそれらがうつしだす解かれていない謎について、私は書きたかったのでした。 

「まえがき」の微妙な熱量と、「あとがき」の適度な冷静さに象徴されるような感覚が、この作品の明晰さを生んでいるのかもしれない。

いろいろな謎

 謎の設定が、とても魅力的だと思った。
 それらが、具体的な映像作品や、漫画や小説を通して、解き明かされていく。

⚫︎ 人のケアにまつわるキャラって、主人公になっているの?
⚫︎なんで姉妹キャラクターは姉が落ち着いていて妹が元気なことが多いの?
⚫︎ 今もシンデレラストーリーって物語で描かれているの?

⚫︎ なぜ、ジブリには女の子が主人公の物語が多いの?
⚫︎ なぜ少女漫画ではしばしば男女逆転の物語が登場するの?
⚫︎ なぜ、「平成の少女漫画」のヒーローは弱いの?

⚫︎ 最近よく見る女性ふたりの主人公が活躍する物語って、何?
⚫︎ なんで最近、母娘について書く作家が増えているんでしょう?

 それぞれの章立てが、疑問形で提示されるが、私のような、昭和生まれの男性にとっては、「謎」自体が見えていないことに気づきつつも、さらには、そこに挙げられた作品自体を知らなくても、時代の変化も含めて、理解に近づけるような記述も続く。

 その分析は、どれも明快だから、こちらが少し頭が良くなったような錯覚さえ覚えるほどだった。

なぜ2010年代になって大人数のアイドルが流行ったの?

 それほど関心がないとしても、特に2010年代になって大人数のアイドルを目にすることが多くなり、そして、当初は、「AKB48」が人気の中心だったのに、だんだん「坂道グループ」と言われるアイドル集団に人の注目が移って行ったのは、知識としては知っていたのだけど、この批評的な作品によって、初めて、その謎が明らかになった気もした。

 最初は「AKB48」についての分析から始まる。

 モーニング娘。や松田聖子や山口百恵といったアイドルたちとは違う、AKB48の大きな特徴といえば「大勢の女の子を集めて、競争させる」というフォーマットだ。想像以上に、AKB48のメンバーは「市場のニーズを汲んで自分で自分をプロデュースすること」を求められる。 

 雑に時代論を言ってしまえば、当時は冒頭に述べたようなネオリベ政策の影響で、格差も仕方ない、順位が下の人間は非正規雇用も仕方ないのだと言われ始めた時代だった。そのことに私たちは、知らないうちに、傷ついていたのではないだろうか。市場でないがしろにされることに傷ついていたからこそ、私たちは市場に傷つき、だけどそれでも夢を見る少女たちに、自分を投影し、惹かれていたのではないか。

 その次に「乃木坂46」への流行の移行についても記述される。

 AKB48グループはそのフォーマットそのものが「争うべき市場」だったのに対して、乃木坂46のメンバーは、どこか乃木坂という場を「争って傷つかなければいけない市場からの逃げ場」として見ている。 

 外の世界では孤独を感じていた美少女たちが、はじめて見つけた居場所。それが乃木坂46という物語だった。
 このグループが2010年代の中盤で流行したのは、これが時代に合った物語だったからだと考えられる。

 さらに、「欅坂46」の突発的な登場と注目についても、触れる。

 いかにも日本的な、同調圧力に対してどうやって個人を守るのか?という物語にも読める。(中略)一方で、新自由主義という「個で自由に競争せよ」と言われ続ける社会が浸透してきたからこそ、欅坂46の歌詞は当時こんなにも若者に刺さったのではないだろうか。

 美少女がお互いを慰め合うのなんてテレビの中のファンタジーであって、本当はもっともっと切実に、個で生きるのは、集団から離れるのは、しんどい。――― そのしんどさを、欅坂46は、平手友梨奈さんという「個」をスターとしながら、彼女が集団の中で苦悩する姿とともに歌った。

 欅坂46が流行した2016年から2019年は、ちょうど社会情勢で言えば、トランプ政権・安倍政権の時代とそのままかぶる。2018年には『万引き家族』がカンヌ最高賞を受賞、2019年には『パラサイト』が公開されていたが、どちらも社会のなかで取り残された「個」の存在を描いていた。社会における「社会」と「個」のバランスが崩れてゆく、そんな時代の産物が、欅坂46だったのではないだろうか。

 そして、コロナ禍の2020年代には「日向坂46」の存在について、語られる。

 曲を聴いてもらえたら分かるのだが、彼女たちの曲に、思想性はとくにない。

 欅坂46の歌詞とは対照的だ。しかしその明るさこそが、むしろ今の時代に求められているものなのか、と考えられる。

 もう誰も、市場で誰かが傷ついたり、出し抜いたりするのを見たくない。そんなの、現実でお腹いっぱいだ。せめてアイドルくらいは、楽しくやさしく明るくあってくれ。そう私たちは欲望する。

 時代の見方は、単純化しすぎるのかもしれないが、著者は、そのことにも自覚的でありつつ、アイドルの在り方との必然性も論じていて、とても説得力を感じたし、この視覚が明るくなる感覚は、このことだけではなく、他の「謎」を解き明かす過程でも共通していた。

 そして、ここ20年の様々な事象に対しての心理的な距離感が近く、それだけに、さらに未来まで思考が届きやすくなっていて、それは、まだ20代である有利さを、とても適切に活用していると思えた。

 おかげで、悲観的になりやすい現実の中で、少し暗い霧晴れたような気持ちになれた。

おすすめしたい人

 2020年代の現在、魅力的で、しかも考えさせてくれるような作品のことを知りたい人。

 現実の未来のなさに、絶望しそうな人にも、即効性はないかもしれませんが、気持ちが少し明るくなるように思いました。

 さらに、自分が年齢が高くなり、もう現代の様々な作品については理解できなくなってきた、と感じている方にも、おすすめしたいと思っています。


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