眼球にくちづけを。 出会い

"あらすじ"
高校生に上がっても無気力な主人公真田に突如中野さんから投げかけられた一言から全てが始まる。
「打ち込ましたるよ。
 これ以上ないって程、熱中させてあげる。
 真田君に。」
という言葉。
「なにに?」
そう答えるのを待っていたかの如く満面の笑みで返される。
「私に。」

中野さんが真田にそんな事を言ったのは、ある事があったから。
次第に心を惹かれる真田。そんな中、ある日中野さんはいなくなる。
真田からある答えを聞いた後で。
ある事が理由で消えた中野さんに、納得のいかない真田。
彼女を追いかけるために5年を費やす。
泣ける、熱中ラブストーリー。


春は出会いの季節であり、別れの季節でもある。
新しい制服の袖に腕を通し、今日から新しい生活が始まる。窓を開けると、目に悪いのではないかと思うほどの陽光に目を細める。まるで新生活の祝福を受けているようだ。願わくば、平穏無事な3年間を過ごせますように。と、晴天の空に願をかけてみるが返事は無かった。
リビングに行き、朝食を取る。両親は共働きで、既に家を出てしまっている。食事を終え、家に鍵をかけ、最寄の駅へ向かう。これから毎日乗る電車の時刻を携帯で調べながら歩いていると、道中いろんな人とすれ違ったり、追い越されたり電車をまっている中で、自分が見た大方の人はどこか浮き足立っている。
新しい高校に想いを寄せる人の話、新学年のクラス分けの話。新社会人としてこれから頑張っていくんだと同僚と意気込んでいる人。そんな人たちを見て、通りすぎていく中で、自分はふと孤独感に晒される。
まぁ、その原因が自分にあるのだから仕方ないと言い聞かせる。
駅から、学校までは目と鼻の先なので、地図を見なくても直ぐに着く。正門を通り過ぎて、入学前に決められたクラスの部屋へ向かう。教室までも入学前の学校見学でおおよその場所の見当もつく。自分が1年間お世話になるクラスの戸を開け、中に入ろうとすると、一瞬にして中にあった目が此方に向けられる事に気付く。その視線を無視して、黒板に貼られている自分の席を確認し、静かに向かい、静かに座る。その一連の動作をしていく中で自分に集まっていた視線は元のバラバラな方向に戻り、まるで何も無かったかのように各々が好きな話を進めていく。周りを一瞥し、深呼吸をして、僕はもう一度願うことにした。
平穏無事な3年間を過ごせますように、と。
4月と言う季節は12ヶ月の中で1番早い季節なのではないかと思う。日本を代表する樹木の花が開き、みんなが浮かれている間に散り、次の1年に向けて準備を行う。その一連の流れが日本中で終わる頃、4月も終わり、次の月が始まる。その頃には、クラス内は打ち解け始め、部活動を始める人は始め、仲良しグループが生まれれば、孤独な人も生まれる。中学から同じというグループもあった。自分はと言えば、幸か不幸か、同じ学校から自分が通う高校へ進学した友人はいなかったが、仲良しグループとまでは行かなくても、いろんな人に声をかけられる立ち位置を確保していた。
「今からでも遅くないからクラブ入れって。
 お前の運動神経ならすぐにレギュラーなれるって。」
そういって、何クラブかの友人達に誘われたが全て断る。
「いやいや、普通やん。俺が入ってもレギュラーになんてなれんし、ほら、  
 俺勉強できへんから家帰って宿題せな、授業についてかれへんねん。」と、定番めいた言葉を吐く。そういったときの大抵の返しは、
「真面目か!」と胸の辺りをに手の甲で叩かれる。
関西特有のツッコミをされ、お互いが笑って話が終了する。
友人たちはそれ以上何も言ってこないし、無理に強制してきたりもしないので、良い奴ばかりだ。
生まれた時からというと、御幣が生まれるが物心ついた時から何でも卒なくこなす事が出来た。スポーツでも勉強でもやり始めると熱中して、普通に出来るようになる。みんながそうだと思っていたし、出来なくて泣いている人を見ると、努力が足りないからだと思っていた。だけど、それは誤りで実際自分以上に努力をしてきたであろう人達より自分は上手く出来ているのだと気付いた時、何故か罪悪感が生まれ、物事に熱中するのを辞めた。
幼い時分は将来ああなりたいこうなりたいと漠然と描いていた夢も
周りの人達の絶え間ない努力の上でなっているものなんだと思い、
そんな人達と混ざって自分が目指すのもおこがましいと感じてしまって以来、努力をするのもやめた。
それでも、自分が生きていく中で最低限しなくてはならない事をし、周りに同調する術を覚え、疎外されないようには努力をしているつもりだ。実際、それを努力と呼ぶのもおこがましいが。
そんな生活を長く続けてしまったが故に、時々どうしようもなく孤独感に苛まれる時がある。どうしても仲間意識が希薄になってしまったり、連帯感みたいなものが欠如してしまっているようだ。さらにそつなくこなせるが故の「つまらなさ」を感じってしまっている。それでもそれを辞めると今までの自分を否定するようで簡単には辞めれなかったし、辞めようとも思わなかった。周りに絶対悟られない自信もあった。
『平穏無事。即ち是1番。』
もはや、自分の座右の銘みたいなものだ。
これからも周りに同調して、平和的に高校生活を過ごそうと思っていた。
そう思っていたのに、思いがけずと言うより、あんなにあっさり、
たった一言で崩されるとは夢にも思ってもみなかった。
高校生活にも慣れ始め、自分なりのルーティンを確立した5月の中頃、僕らにとっての初めての中間試験が目の前に迫っており、クラブも休みで授業が終われば、各々が好きなことをしていた。自分もクラスに残り、友人達と話をしていたが、担任から頼まれて職員室からクラスの教室に花瓶を運ぶ手伝いをしていた。運び終えた時には友人達は居なくなっていた。
運んでいる最中にスマホのバイブがなっていたのを思い出しLINEを見ると、「先にピアにいっとるで!」
とだけ打たれた文字が浮かび上がっていた。
ピアというのは、たこ焼き8個入りを50円で販売している駄菓子屋みたいなところで、良心過ぎる価格に学生達はこぞってそこに寄っていた。
ただ、たこ焼きを作るおばちゃんがよく喋る人で、間違い無しに作り上げられていくたこ焼きの中に、つばが入っていて衛生的に如何なものかと思っていて、そのことを友人にも話してみたが、
「鉄板で焼いてるから蒸発するやろ。」
と、訳の分からない自論を唱えだしたので、それ以上追求するのは辞めて、以降食べないという選択肢をとる事にしている。
「俺は食べへんし、テスト勉強せなあかんし先に帰らせてなー」
とだけ打つと、すぐに返信が来た。
右手だか左手だかの親指だけが上を向いている絵文字だけだったが、それが了承の意だと捉え、帰る準備を始めた。
準備を済ませ、教室を出て、玄関の方へと続く渡り廊下を歩いていると、1人の女の子が立っていた。廊下の掲示板に貼られている絵画展のポスターを食い入るように見つめていた。その子は、同じクラスの女の子でとにかく綺麗な子なのだが、今ではやばい奴という位置付けにいる。
入学当初、周りは溶け込もうと必死にいろんな人に声をかけるが、この子はそういった事を一切せず、話しかけられても全てそっけない態度で返していた。
やばい奴と決定付けられたのは、クラスの中心的グループがカラオケに行くからいける奴みんなで行こうと全員に声をかけていたがその誘いも見事に断っていた。しかし流石は中心グループの1人、それでもぐいぐい話しかけていた。どんだけぐいぐい行っても素っ気なく、ついに話すことが無くなった彼は、
「休みの日とか何してるん。」
と聞いた時に、彼女は急に立ち上がり、
「あなたに答える義理は無いし、これ以上話かけんといて。」
と一蹴していた。
あまりの態度に周りにいた女子達がキレ始め、1人の子が
「ちょっと顔が良いからって調子乗んなよ!」
と机を叩くと、
「ブスが喋んじゃねぇ。」
とエゲツない発言をして、思いっきり頬にビンタをかました後、
勢いよく教室を出て行き、その日は戻ってこなかった。
放置された教室では、はっきりとシーンという音が聞こえるのではないかと思われるほどの静寂に包まれた後、ビンタされた女の子の泣き声が響いた。次の日、普通に登校してきたがそれ以降、クラスの中で話しかける人が居なくなった事はいうまでも無い。
その他にも、やばい奴エピソードは何個もあるが、割愛しておこう。あえて言うなら、自分しか知らないエピソードもある。それは、自分の家がある最寄り駅についてからのことである。駅から自宅に戻る最中に路肩にしゃがみ込んでいる人を見つけた。近くまでいくと、横顔ですぐにその子だとわかった。同じ中学でもないし、通学中に見たことも無かったので、驚き一瞬立ち止まったが、知り合いがここらへんに住んでいるんだろうと考え、無視して通り過ぎることにした。ちょうど、彼女を通り過ぎる頃に何気なしに彼女の方へ目をやると、蟻の行列が出来ていて、それを眺めてニヤつきながらボソボソ話している。高校生にもなってそんな事をしているとは、本当にやばい奴なんだと思い通り過ぎたが、なんでか気になって振り返ってみると、まだ同じ格好で話し続けていた。その光景に遭遇した後、友人達に話そうと思ったけどもそんな事をする自分の姿を想像し、呆れて辞めた。
無いとは思うが、万が一話しかけられても面倒だが、玄関へと続く渡り廊下はこの道しかないので、話しかけられても無視しようと思い、歩みを止めずに進み続けたが、呼び止められた。
「ねぇ、この花の色って何色なのかな?」
その声があまりにも澄んでいて、普段周囲に向けられている敵意とは違う声色に数秒前の決意を忘れて、立ち止まってしまった。
「ねぇ、何色に見える?」
確実に自分に話しかけられている上に立ち止まってしまった以上、答えないのも不自然だと思い、適当な返事をして逃げようと、
「さ、さぁ?花に詳しくないからわからんわ。」
と、話してみたが、問われている内容の答えではないと気付き、彼女を見てみると、少しムッとした表情で、
「私は花の名前なんて聞いてないやん。 
 何色に見えるか聞いてんねんけど。」
と、まだ澄んだ声で話を続ける。
「付け加えると、私と君の感受性の違いで
 見えてる色が違うのかを知りたくて聞いてるんやで。」
「いくら他人同士で感受性が違ってても見えてる色に違いがあるとは
 思わんけどな。」
と話しつつ、嫌々絵画展のポスターに近づいて確認してみる。
もちろん、人並みレベルには絵は描けるが
流石に個展を開くほどの人の絵を見てもさっぱり分からなかった。
「何が正解なんかわからんけど、
 どちらかというと灰色がかった色かなぁ。」
と答えると、彼女は満足そうに頷いた。そして、小さな声で殆ど何も聞こえないが、何かを発し、何度も頷いていた。やっぱりやばい奴なのかと、でも質問には答えたのだからその場を去ろうとすると、また呼び止められる。「ねぇ、君は何かに打ち込んだり努力したことある?」
正直、心臓が止まるかと思った。
実際、止まったかのように何秒かフリーズしていたかもしれない。
何かに打ち込んだり、努力することを辞めてから今まで、周囲に同調して、普通の生活を演じていて、一度も見抜かれたことなんて無かった。親しい友人や家族にも悟られたことが無かったのに、今まで一度も話したことも無い、しかも周囲から敬遠されている女の子に本質を見抜かれた気がして、おそらく動揺を隠せてなかった。
「ど、どういう意味?ま、全く言ってる意味が分からんわ。」
「学校に来てて、友達と話してる姿よく見かけるけど、
 ちっとも楽しくなさそうやで?むしろ辛そう。」
同じクラスなので友人と話しているところを目撃される事もあるだろうがそれを面と向かって言われると少し恥ずかしい。が、それどこではない。
「どう見たらつらいってなるねん。
 俺は純粋に友達とバカな話して盛り上がってってだけで充分楽しいわ。」
彼女はんー、と考えこんでいる様子だが、本質を突かれた僕は余計だとわかってはいるが、一度開いた口が勝手に動く。
「第一、自分の方こそどうやねん。
 周りにも見えるような壁作って、一匹狼気取ってるんか知らんけど、
 少しは周りに合わせたら?
 そんなんしてたら3年間友達も出来ずに
 寂しい高校生活送るだけやん。」
言った後に、彼女の顔を見て後悔する。
普段凛として整然とした顔の彼女が、すごく悲しそうな顔をしている。
今にも泣き出すのではないかと心配したが、
「私の事はええやんか。」
と恐ろしくか細い声で話す。謝ろうとしたが、彼女の中では既に切り替わっているのか笑顔で話し出す。
「それより、打ち込ましたるよ。
 これ以上ないって程、熱中させてあげる。
 真田君に。」
言われた言葉に理解が追いつかず、
初めて呼ばれた自分の名を知っていたことに驚き、普段クラスの教室内でこんなに豊かな表情をした事がない彼女に聞いてみた。
「なにに?」
そう答えるのを待っていたかの如く満面の笑みで返される。
「私に。」

#創作大賞2023

#恋愛小説部門

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