眼球にくちづけを。中野視点2話
彼の名前は真田というらしい。
周りから真田っちと呼ばれているのでわかった。
一度、気になって観察していたらずっと目で追ってしまう。
別に好きだからと言う訳ではない。私と同じというわけではない。
私と違って周りと迎合しているのに、一線引いて
人生つまらなさそうに見える真田君に少しだけ興味を持った。
病気になって以降、全ての事に興味を失っていたのだが、
何かに興味を持つことは生きる気力になるような気がした。たぶん、
苦でしかなかった学校生活に意味を見出したかっただけなんだと思う。
だが、病気というのは残酷である。このころから、
色彩感覚が失っていった。
と言っても一気に色彩感覚がなくなるわけではない。
日によっては見えたり、見えなかったり。
この中途半端な感じが私の心に恐怖が蝕んでいく。
目の端にあったぼやけも以前に比べて増えている気がする。
残された時間は少ないみたいだ。でも、どうこうするつもりはなかった。
色彩感覚が失っていくことで医者の診察は正しくて、
これから失明していくのだと現実を突きつけられる。
でも、ひとつだけどうしても真田君の事が知りたかった。
病気でもないのに、周りに線を引いていることを。
順風満帆な人生を謳歌していくべき時に何を粋がっているんだと。
なぜか妬ましい気持ちのようなものさえ湧いてくる。私だって、
病気に負けずに人生を謳歌したかったが、
失敗するリスクのある手術を受けるのにどうしても抵抗があった。
成功率だって高くもない。そんな賭けみたいな手術を受けるくらいなら
失明することを受け入れたほうがいいんじゃないかと。
ずっと考えてきたのだが、徐々に色彩を失っていくと焦燥感に襲われる。
本当にそれでいいのかと。その時私の頭の中で、悪魔的な考えがよぎる。
周りに一線を引いていて何事にも興味を示さずつまらなさそう真田君に
(ただそれでも、周りとは仲良くしているように見える。)
なにか熱中させれるように私が仕向けれたらすごい事じゃね?それこそ、
話したこともない子に対してしかも、
クラスでずっと浮いた存在の私に熱中してもらえたら、、、
そんなすごい勝算の低い賭けやけど、もしできたら、
私自身前に進めそうな気がする。
真田君には申し訳ないけど、私の人生の為に利用させてもらう。
そう決意した日から、私の中で動きの止まった人生の歯車が
とてつもない速度で動き出しような気がする。
熱中させる=好きにさせる。
幸いにも、親が両方とも顔が整っているおかげで、
顔とスタイルには自信がある。使えるものは何でも使う。
あとは、リサーチ。真田君の事を徹底的に調べないと。
人の体は不思議なもので目標があれば、生き生きする。
昨日までの高校生活が嘘のように楽しみになった。
ただし残された時間にリミットがある。
休み時間、真田君が周りの子と話している事。
放課後、真田君の後をつけて、最寄り駅までついていった事もある。
最寄り駅周辺を散策してもし真田君と話せるようになったら2人で
ゆっくり話せる場所までピックアップした。
もはやストーカーレベルだなと我ながら笑ってしまった。
それでも、外から得られる情報というのは限界がある。
ある程度、真田君の事を知る中で一つ分かったことがある。
彼はたぶんなんでもできる。だからやらないんだと。
器用貧乏なのか卒なくこなせるからこそなのか周りのレベルに
合わせているような気がした。私の考えがそのまま正解なのだとしたら
はっきり言って周りに失礼な奴だと思う。
必死になって努力した子に対して失礼。でも、そんな事私には関係がない。やることは一つ。私に熱中させる事だけだ。
情報収集がある程度済んだのち、次は話せる機会が欲しかった。
何気にそれが一番難しい。
クラスの中で浮いている私が突然話しかけるのもおかしな話だし、
ペコちゃんとの関係を自分で強制的にシャットアウトしたのに、
聞き出すなんてむしのいい事もできない。そんな攻めあぐねていた時に、
学校では来週から中間試験が始まる。
クラブも休みなる期間で授業終わり皆が教室でだらだら過ごしている。
私には関係ないのですぐ席を立っていたけど。そんな時、
クラスの担任から呼び出しを食らった。
「クラスにあまりなじめていないようですが、
クラスになんか原因でもあるんですか?」
職員室に呼び出されて教師から開口一番に言われた言葉だった。
おそらく自分が担当をもつ生徒たちの中でいじめとかがあったら
困るのだろう。くそつまらない問いに、
「いえ、特には。」
「だったら、みんな仲良くしようよ。」
「高校は義務教育じゃない。
私は友達を作りに高校に入ったわけではないので。」
「でも高校の友達が一生の友達になることだってあるのよ?」
一生?私の眼が見えなくなるのは一年もかからないのに?
目が見えなくなったら友達なんて必要ないと自分で決めつけているので、
見えなくなってから関係を切るのではなく今から
そういう関係を作らないと義務つけていた。
「私に友達は必要ありません。話はそれだけですが?失礼します。」
それだけを言い残し職員室を後にした。
授業終わりの事だったから、荷物もすべて持っていたので、
そのまま帰ろうと思ったが、机の引き出しに小説を忘れた事を思い出した。終わってからしばらく経つのでもう教室には誰もいないだろうと判断し、
取りに戻ることにした。
結果として、この判断が今後の進展に大きく影響する。
教室につくと話声が聞こえた。
まだ残ってる暇なやつらがいるのかと思っていたが、
ようよう声を聞いていると、ペコちゃんと真田君とあとモブが数人だった。真田君が一人になる可能性は極めて低いかもしれないが、
待ってみる事にした。誰かに見られるのも嫌なので、
渡り廊下の死角になっているところを探して待機した。
近くにポスターが貼ってある。
担任の教師が入っていき、すぐに出てきた。
そのあと、真田君も教師の後を追って出てきた。
クラスに残っていたペコちゃんを含むみんなが、荷物を持って出てきた。
帰るのだろう。真田君を置いて?疑問を感じたが、
今は携帯ですぐに連絡が取れる時代だから
次の目的地に先に移動したのだろう。
死角にいる私には気づかず、通り過ぎて行った。
チャンス到来。
これで担任が戻ってこずに真田君だけがきたら話しかけれる。
そう思ったら急に緊張してきた。暫くの間、
人と話すことを辞めていた私がうまくしゃべれるのだろうか。
しかも真田君の心象もきっとよくない。
自分はするのに仮に無視なんてされたらきっと心が折れる。
今日は辞めて次の機会を伺おうか。
などと逡巡しているうちに真田君が花瓶をもって、廊下を歩いている。
あぁ、担任に頼まれて運んでいただけか。という事は一人だな。
絶好の機会なのに、決めれない。その時、
ふと近くにあるポスターに目がとまる。
近づいてみてみると絵画展のポスターだ。この花って何色だったっけ。
そんな事を考えているうちに真田君が教室から出てくるのが見えた。
そうだ、私には時間がない。無視されたらその時はその時だ。
返事をもらえるまで話し続けてやる。
そう決意をしたところで、真田君が近づいてきたので、
「ねぇ、この花の色って何色なのかな。」
と声をかけてみた。彼はとても驚いた様子で立ち止まった。
きっと声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。
「ねぇ、何色に見える?」
そういいながら今度は真田君の方を見た。
これで逃げられることはないだろう。
「さ、さぁ?花に詳しくないからわからんなぁ。」
と答えられた。答えられたことがうれしかったが、
見当はずれの答えに付け加えて質問をする。
「私は花の名前なんて聞いてないやん。何色に見えるか聞いてんねんけど。
付け加えると、私と君の感受性の違いで
見えてる色が違うのか知りたくて聞いてるんやで。」
私自身、緊張しているので早口になってしまったかもしれない。
「いくら他人同士で感受性が違ってても
見えてる色に違いがあるとは思わんけどな。」
そういいながら彼は絵画展のポスターに近づいた。
「なにが正解なんかわからんけど、
どちらかというと灰色がかった色かなぁ。」
よかった。私の眼はまだ色彩を保てている。このころ、
日によってはほとんどがモノクロに見える日もあって、
自分の色彩感覚にほとんど自信がなかった。
つかみはオーケーだ。これから本題に入る。言って嫌われたら終了だな。
話しかけようとしたら、彼はもう帰ろうとしていた。
「ねぇ。」
慌てて呼び止める。彼が振り向いたのを確認して、聞いてみる。
「君は何かに打ち込んだり努力したことある?」
彼の表情が引き攣ったことを確認した。
やっぱり私の考察はあっていると確信した。
「ど、どう言う意味?ま、全く言ってる意味が分からんわ。」
完全に動揺している。いける。
「学校に来てて、友達と話してる姿よく見かけるけど、
ちっとも楽しくなさそうやで?むしろ辛そう。」
核心を突きすぎると逆上される恐れもあるが、そんな悠長なことは
言ってられない。なんといっても私には時間がないのだ。
「どう見たらつらいってなるねん。俺は純粋に友達とバカな話して
盛り上がってってだけで充分楽しいわ。」
彼は若干怒っている。時間がないといっても、
嫌われて二度と話せなくなるのも困る。次に言う言葉は慎重に選ぼう。
「第一、自分の方こそどうやねん。周りにも見えるような壁作って、
一匹狼気取ってるんか知らんけど、少しは周りに合わせたら?
そんなんしてたら3年間友達も出来ずに寂しい高校生活送るだけやん。」ショックだった。自分ではそうしている自覚はあったが、
人から見てもやっぱりそう見えていることが。
「私の事はええやんか。」
そう答えるしかなかった。そう自分の事なんてどうでもいい。
この日のためにいろいろ話すことを考えてきたのだが、全て捨てて、
一言だけ言う。
「それより、打ち込ましたるよ。これ以上ないって程、
私が熱中させてあげる。真田君に。」
自分でもなんでこんなことを言ったのかはわからない。
段階を踏んで仲良くなって熱中させるつもりだったのに。
「なにに?」
恐る恐る聞いてくる彼の表情をなぜか愛しく思えた。
そして私が持つ全力の笑みで答えた。
「私に。」
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