眼球にくちづけを。中野視点3話

自分でも火が吹くほど恥ずかしいセリフをいったと自覚している。
彼も完全に動揺していた。むしろ困惑していた。
でも、放った言葉は口の中には戻ってこないので、
このまま押し切るしかない。
半ば強引にLINEを聞き出し、その場から立ち去った。
時間にして10分ほどのことだったろうが、高校生活が始まって、
あれほどの時間が長く感じた経験したのは初めてだった。
恐らく彼にしても何のことだかさっぱりわからないだろう。
でもきっと真田君は今日の出来事を誰かに話すことはしないだろう。
ここから、私の計画が始まる。私本位の自分勝手で我儘な計画が。
計画が上手くいったら真田君にはすごく嫌われるんだろうな。
仕方ないよな。
その日のうちから、LINEでのやりとりを始めた。
返事が来ない危惧もあったが、真田君は律儀に返してくれた。
同じクラスにいても自己紹介もした事がないので
自己紹介から始まり色々な話を聞いた。
ただ、LINEでのやりとりにも限界がある。
なぜか電話をする気にもならなかったので、次の行動を移すことにした。

ある日、授業終わりに私はすぐに教室を出た。
理由はひとつ、彼よりも先に彼の最寄り駅に行くためだ。
LINEの返事を待つ時間も嫌いではないがもっと
手っ取り早く段階を踏まねば。
最近、色彩が失われている日が多い気がする。
駅に着いて、彼を待つ。行く店のリサーチは以前に済ませている。
突然駅にいて、話しかけたら彼は引くかな?拒絶されたらどうしよう。
と考えていったらどんどん不安になる。
改札の向こうに彼が見えた。
改札を抜けたところで目が合う。真田君はとても驚いている。
「やぁやぁ、奇遇だね。」
勇気をもって話しかける。
「今日はどこいこっか。」
放課後いつも会ってるカップルのように話をしてみた。
「今日は、じゃなくて怖いんですけど。
 中野さん家の最寄駅じゃないですよね。」
やっぱりそういうよね。私が同じ立場でもそういうもん。
でもここで引き下がるわけにはいかない。拒絶されたらされた時だ。
「良いではないか、良いではないか。」
と、いって腕を掴んでみる。出した手が震えている。
私は緊張しているのか。
腕を掴んで引っ張ると彼は何も言わず私の後をついてきてくれた。
それだけでも無性に嬉しかった。
「どこに向かってんの?」
彼が言う。私がリサーチした店は駅から少し遠い。
一度入ったこともあるけど、すごくいい雰囲気の店だ。
「ええから、ええから。」
と言って、じゃんじゃん進む。一軒の古い建物の前で足をとめる。
「じゃーん。」
私は誇らしげにそういった。たぶん、
地元の人でも知らないと思ったからだ。
「何度かここの駅にきたことがあるんやけど、駅の周辺になにもないやん?
 だから、ちょっと探してたらレトロな雰囲気のお店を見つけてさ、
 こういう感じの喫茶店好きやから付き合ってもらおうと思って。」
正直に言う。喫茶店でお茶をするのは嫌いではない。
「いやいや、行くとは言うてへんし、
 なんなんこれ?何がしたいんか意味わからへんわ。」
彼はそう答えた。確かに彼にとっては何の目的で
ここに連れてこられたのか見当もつかないだろう。
「まぁまぁ、じゃせっかくここまできたんやから
 お茶の一杯でも付き合ってよ。私がおごったるし。」
といって強引に店の中に入ってやった。
店内は外装の古さとはよそにレトロな感じで洒落ている。
マスターは、綺麗に白くなった髪を後ろで結わえていて、
髭も生えているが、しっかり整えていて不潔な感じには見えない。
私たちを認識したマスターは微笑み、
優しい声で「いらっしゃい。」と言ってくれた。
適当なテーブルに座ったが、テーブルが小さく、対面に座った彼が近い。
なんでかすごく緊張して、頬が高揚する。喉も乾く。
きっとちょっと歩いたことも相まって体がほてっているだけだ。
マスターが水を運んでくる。
テーブルの上に置かれた瞬間に思わず飲んでしまった。
その様子を見て、「6月も終わりになりますとすっかり暑いですね。」
とマスターに話しかけられた。
「ほんまに。」
といってアイスコーヒーを2つ注文した。
彼は依然黙っている。警戒しているのだろう。
そしてようやく彼は口を開いた。
「俺、あんまりコーヒー得意じゃ無いんやけど。」
予想外だった。高校生にもなってコーヒーを飲めない彼が。
「大丈夫、大丈夫。飲めなくても雰囲気は大事でしょ。」
と、訳の分からない返事をした。軽く話をしていると、
マスターがコーヒーを持ってきてくれた。私はブラック派なので、
そのまま飲む。
彼はがっつりガムシロップとミルクを入れて口に入れていた。
表情を察するに意外と飲めたようだ。
「雰囲気って大事でしょ。飲めないと思ってても
 場所によっては飲めたりするんやから。」
と、適当な話をした。
「そんな事より、何が目的なんや。
 同じクラスになってから話した事もない俺に急に話しかけてきて、
 LINE交換して、挙句には最寄り駅まで来て何がしたいん?」
お、本題に入るつもりか。まぁ、普通気になるよね。
「何が目的やって、そんなシリアスなドラマじゃあるまいし。
 前の話聞いてなかった?人生つまらなさそうな真田君に
 なにかに夢中にさせてあげようと思ってるんやけど。」
と、私の目的を正直に話す。うん、ここのコーヒーはマジでうまいな。
「中野さんも話し聞いてなかったかな。
 俺は中野さんがどう思ってるんかは知らんけど、
 普通に学校行って楽しいし、君がなんでそう感じたんかは
 知らんけど、大きなお世話やで。俺に人生つまらなさそうとか言うけど
 それは中野さんの方じゃないん?
 クラスでも疎外されてて、学校では誰と話すでもなく、
 淡々と授業を受けて、休み時間は小説読んで、5限が終わったら、
 すぐに帰ってるみたいやし。」
と突っ返された。言われたい放題だな私。
でも、言葉を選んでくれているような気がした。
偽りを話しても前には進めないだろうから正直に話そう。
「私はつまらんよ。周りでアホみたいに騒いでるクラスの子も嫌いやし、
 学校の先生も、親も、みんな嫌い。
 人と話してもつまらんから小説を読むんやけど
 それも最近はしんどくて。」
あれ?私、かまってちゃんに見えてへんかな。
「ほら、私の顔って結構ええやん?だからよく声かけられるんやけど、
 ほんまに鬱陶しいよなーってずっと感じてて、
 クラスでも最初のうちはよく話しかけられてたけど、
 面倒やし、適当に返してたんやけどそれでもしつこいから、、、」
容姿には自信があったし、事実何度も告白されたこともあったので
まるでそれが当たり前かのように話す。
「殴った事、後悔してるん?」
ん?なんの話だろう。殴った?私が?誰を?あぁ、あの女か。
「うんにゃ、全然。どうせ私が帰った後、
 悲劇のヒロインぶって泣いて慰めてもらってたんやろ?
 冷めるわ、そんな奴。」
正直に言い過ぎたかな?彼が引いている。
言葉が出ないのかコーヒーを飲み始めた。
よし、まだ私のターンだ。
「でも、そんな私にもやりたい事が見つかったから
 今はつまらなくないんよ。
 どうしたらいいんか、とか考えるだけですごい楽しい。
 まぁ、学校はイマイチやけど。」
この店に入ってから、私は本心でしか話していない。
病気になってからこんなことするとは夢にも思ってなかった。
でも、何気ないこのやりとりが何故か楽しい。
「そのやりたい事って。」
彼がコーヒーから口を離して聞いてきた。
「何回聞くねんな、真田君を私に熱中させることやん。」
堂々と話す。なんといっても私には時間がないのだ。
「話さんくても、学校では同じ空間におれるし、
 話してる事も聞こえてくるからね。やっぱ、情報って大事やん?」
その情報を本人に言うのはどうかと思うが。
正攻法とはかけ離れたやり方だ。
「いやいや、なんで俺なん?クラスには他にもいっぱい男子おるし
 男前の奴とかおるやん、吉田とか。」
吉田が誰だかわからない。私に最後までしつこく話しかけてきた奴かな?
「吉田?ムリムリ、ないない。
 男前やと思ったことないし、自分の事イケてますとか
 思ってもうてるやん、あいつ。
 てか、真田君は自分の事、過小評価しすぎ。
 イケメンやと、私は思うよ。」
うん、突っ込みがない限りたぶんあいつが吉田だな。
でもなんであれがイケメンなのかがわからない。
それだったら真田君のほうがイケメンだ。心なしか彼もうれしそうだ。
褒められると照れるタイプか。可愛いやつだな。
「もし、俺があの時、無視してたらどうしてたん?」
あの時というのが、廊下でのことだとすぐに分かった。
今からするのは結果論だし、回答なんてどうでもよかった。
「返してくれるまで、同じようなことするつもりやったよ。
 まぁ、他にもいろいろ作戦考えてたけど、
 思いの外、早めにヒットしたから、考えてた作戦が無駄になったやん。
 まぁ、可愛い子に話しかけられてスルーする人なんておらんやろ。」
と適当に返す。
「得な性格やな。」
彼がそう言った。
得?性格が?違う違う。目的のために手段を選んでないだけ。
事実、彼はおしゃべりに付き合ってくれてる。でも、
私の計画通りに事が進んでいるなんて彼には言えるわけがない。
「そんなこと無いよ。私だって話しかけた時は緊張したし、
 今日だって腕掴んだ時に拒まれたらどうしよって思っててん。
 でも、やらん後悔よりやってから後悔した方がいいって
 どっかの偉い人もいうてたし、出来る事は出来るうちにやらなあかんが     
 最近の私のトレンドやねん。」
私には時間がない。色彩感覚が失って、徐々に視野が狭くなっていく。
色を失うだけであればまだしも視野狭窄により
見えなくなるともう何もできなくなってしまう。
「その考えはえらいなぁ。」
純粋に感心してくれている。真田君は本当に優しい。
「おだてたってまだ何もあげられへんよ。
 これからも、もっともっと真田君の事知って
 私に熱中してもらわなあかんからね。
 これからもLINEしたり、会ったりしてな?」
今日初めて、嘘をついた。何かをあげるつもりなんてない。
私の為だけに吐いた言葉だ。
きっと彼もそんなことは望んでないのだろうが、ノーとは言わなかった。
「よかった。ほんまによかった。
 あ、でも学校では今まで通りでええからね。
 私なんかと話してて真田君までやばい奴扱いされたら
 私、そんな扱いした奴許されへんから。
 でも、学校でも話したくなったらいつでも言うてな。私も言うし。」
と、言って鞄を持ち上げた。長居は禁物だ。
「さ、今日はもう帰ろ。
 色々緊張したし、言いたい事も言えたし満足っす。」
完全に私のペースで話を進める。
鞄の中から財布を取り出してお金を払い店を出た。
喫茶店を出たところで「ご馳走様。」と言われた。
私が無理やり誘ったのに、律儀な子だ。
「お粗末様。」と返した。
彼が空を見たので私も見たが、
まだ青いのかそれとも夕暮れ空なのかもうわからなかった。
真田君は駅まで送ってくれた。本当に気遣いのできる子だな。
私は、「ありがとう。」とだけ言い、
そそくさと自分の家のある駅に向かった。

家に帰って、自分の部屋にこもる。正直なところ、罪悪感しかない。
真田君は私が思っていた以上に優しい。
酷い奴なら騙しても何とも思わないんだろうけど、彼は優しすぎる。
病気になってなかったら、あんな子と仲良くなりたかったな。
きっと、私は彼の事を好きになっていたと思う。
ペコちゃんと3人で何でも言える仲になりたかった。でもなれない。
ペコちゃんとの関係は自ら断ち切った。
私の計画が上手くいったら絶対に真田君に恨まれる。自然と涙が出てくる。こんな形で出会いたくなかった。それでも私は辞めない。私のために。
早速、LINEを送る。
『今日はほんまにありがとう。会えてよかった!』
何度か、メールをして気づいたことがある。
彼はきっと苦手なのである。律儀に返事はくれるが淡白なのだ。
絵文字や顔文字をつけることがほぼない。念のため、
『既読スルーは禁止やからね。』
と、送った。意外と返信は早かった。
『こちらこそ、コーヒーご馳走様でした。
 雰囲気とかはさておき、美味しいと感じたのは初めてだったので、
 これからは機会があれば、飲んでいこうと思ってます。』
堅。仕事してるんか、この人は。
『機会があれば。笑
 社会人みたいだよ、もっと高校生らしく生きないと!』
と返したら返事は返ってこなかった。きっともう寝たんだろう。

私は自分自身、何度も戒める。これは自分のためにやっているのだと。
彼が私を好きになってくれるだけの行動だと。
私はどんな感情も持ってはいけない。今感じているこの感情は、
きっと私の計画の邪魔になるだけだから。

眼球にくちづけを。中野視点4話|宇吉 (note.com)

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