眼球にくちづけを。真田視点1話

彼女の名前は中野葵。好きな食べ物は白米で嫌いな食べ物はキノコ類。趣味は読書。ちなみに足のサイズは22.5cmである。あの日、廊下で話しかけられた後、無理矢理LINEを交換させられ、今現在でも連絡は続いている。
『まずはお互いの事をよく知らないと。』
という彼女の提案の後に、自己紹介が送られてきた。
名前は同じクラスなので知ってはいたが、ありきたりの自己紹介文の後に足のサイズを載せてきたところで、彼女も関西人なんだと感じた。
『僕の名前は真田哲也。
 好きな食べ物はうどん。嫌いな食べ物は蕎麦。
 趣味は音楽でロック系を聞いてる。
 ちなみに足のサイズは27cmだよ。』
と、返信を返すと
『足のサイズのくだりは1回しか使えない奴だよ。』
と、ダメ出しが来たので不覚にも笑ってしまった。先日行われたテストの点数だったり、このテレビが面白かったとか、小説を見て泣いてしまったとか。普通の女子高生にしか見えないLINEとクラス内での素っ気ない態度の彼女を見ると、凄く違和感を感じる。まぁ、女子高生とLINEする機会も全くないのだが。
初めて話した日、その日からメールをし始めたのだが、それっきり会話がなくなった訳では無い。次の日、学校が終わって自宅の最寄り駅に着くと彼女が立っていた。
「やぁやぁ、奇遇だね。」
そう行って、こちらに近づいて来た時、ストーカーなのかと思って逃げたくなった。
「今日はどこいこっか。」
「今日は、じゃなくて怖いんですけど。
 中野さん家の最寄駅じゃないですよね。」
彼女は無邪気に微笑みながら「良いではないか、良いではないか。」と、安いドラマの悪代官のようなセリフを吐きつつ、僕の腕を掴んで歩き始める。そこで拒否してしまえば、すんなり話が切れて彼女との繋がりも切れるかと思ったが、僕の腕を掴む彼女の手が微妙に震えているのに気付き、抵抗するのをやめ、彼女の歩調に合わせて歩き始めた。
ちなみに、駅の近くには学生がたむろできる場所は無い。それでも彼女は迷いの無い歩き方で、どんどん進む。季節は6月のおわりに近づき、夏が迫っている時期だ。歩いているとジンワリと汗がにじむ。日照時間も長くなり、夕方でも日差しも強い。道端に生えている草の匂いがする。斜め後ろから見る彼女の顔は涼しそうだが、掴んでる手には汗が滲んでいた。
「どこに向かってんの?」
と聞いても、
「ええから、ええから。」
と行き先を言わずに進み続ける。
地元ではあるが、あまり足を伸ばしたことの無い場所にまで来てしまっている。心なしか人気が少ない気がする。やっぱり、しっかりと拒否すればよかったかと後悔しかけていた時、一軒の古い建物の前で彼女の足が止まった。「じゃーん。」
彼女は誇らしげな顔で話し始める。
「何度かここの駅にきたことがあるんやけど、
 駅の周辺になにもないやん?
 だから、ちょっと探してたらレトロな雰囲気のお店を見つけてさ、
 こういう感じの喫茶店好きやから付き合ってもらおうと思って。」
「いやいや、行くとは言うてへんし、
 なんなんこれ? 何がしたいんか意味わからへんわ。」
「まぁまぁ、じゃせっかくここまできたんやから、
 お茶の一杯でも付き合ってよ。私がおごったるし。」
と、またも強引に腕を掴まれ店内に入っていく。
店内は外装の古さとはよそにレトロな感じで洒落ていた。マスターなのか、カウンターの向こうに立っているおじいさんは、綺麗に白くなった髪を後ろで結わえていて、髭も生えているが、しっかり整えていて不潔な感じには見えない。僕らを認識したおじいさんは微笑み、優しい声で「いらっしゃい。」と言ってくれた。適当なテーブルに座ったが、テーブルが小さく、対面に座った彼女が近い。
「ふー、暑かった。」と言いながら、手で扇いでいる。
おじいさんが水を運んでくる。テーブルの上に置かれた瞬間に彼女は、待ってましたと言わんばかりに持ち上げて飲み始める。その様子を見て、
「6月も終わりになりますとすっかり暑いですね。」
とおじいさんは話した。「ほんまに。」と笑いながら彼女はアイスコーヒーを2つ注文した。
1人で2杯飲む為ではないのなら、1杯は僕の分だろうと、予想したが彼女は知らない。僕がコーヒーを苦手な事を。
「俺、あんまりコーヒー得意じゃ無いんやけど。」
と、彼女につぶやくと、
「大丈夫、大丈夫。飲めなくても雰囲気は大事でしょ。」
と、訳の分からない返事をされた。
雰囲気いいねー、選んで正解だったと話す彼女を見て、確かに。と思う。年配のマスターだと、稀に学生が来たら邪険に接客する人もいる。実際に何度か友人と喫茶店に行った時にそういう扱いを受けた事がある。大抵そんな時は、早めに切り上げて違う店に行くか解散となる。ちなみに、友人と喫茶店に行く時は、コーヒーが飲めないのでミックスジュースを頼んでいる。
軽く話をしていると、マスターがコーヒーを持ってきてくれた。
彼女はブラック派のようで、何も入れずに飲み始めた。僕の方はしっかりとガムシロップとミルクを入れて口にしたが、思いの外美味しく感じて驚いた。
「雰囲気って大事でしょ。飲めないと思ってても
 場所によっては飲めたりするんやから。」
と、僕の表情を悟って話して来た。
「そんな事より、何が目的なんや。
 同じクラスになってから話した事もない俺に
 急に話しかけてきて、アドレス交換して、
 挙句には最寄り駅まで来て何がしたいん?」
「何が目的やって、そんなシリアスなドラマじゃあるまいし。
 前の話聞いてなかった?人生つまらなさそうな真田君に
 なにかに夢中にさせてあげようと思ってるんやけど。」
と、恥らう様子も無く答えてコーヒーを飲んでいる。ここでペースを握られるのはおもしろくない。
「中野さんも話し聞いてなかったかな。
 俺は中野さんがどう思ってるんかは知らんけど、
 普通に学校行って楽しいし、君がなんでそう感じたんかは
 知らんけど、大きなお世話やで。」
と、突っ返す。そして間髪入れずに、
「俺に人生つまらなさそうとか言うけど
 それは中野さんの方じゃないん?
 クラスでも疎外されてて、学校では誰と話すでもなく、
 淡々と授業を受けて、休み時間は小説読んで、
 5限が終わったら、すぐに帰ってるみたいやし。」
わりかし言いたい事を言えて少しはすっきりしたが、彼女はマイペースにコーヒーを飲んでいる。なぜか、コーヒーを飲んでる彼女が絵になるなって感じた。
「私はつまらんよ。周りでアホみたいに騒いでる
 クラスの子も嫌いやし、学校の先生も、親も、みんな嫌い。
 人と話してもつまらんからすぐ小説読むねんけど
 それも最近はしんどくて。」
悲しそうに話す彼女を見てなぜか心が痛む。
「ほら、私の顔って結構ええやん?
 だからよく声かけられるんやけど、
 ほんまに鬱陶しいよなーってずっと感じてて、
 クラスでも最初のうちはよく話しかけられてたけど、
 面倒やし、適当に返してたんやけどそれでもしつこいから、、、」
よく自分で可愛いって言えるよなって、感心していたが、恐らくあの話のことをしているのだと思って、
「殴った事、後悔してるん?」
と、聞いた。
「うんにゃ、全然。どうせ私が帰った後、
 悲劇のヒロインぶって泣いて慰めてもらってたんやろ?
 冷めるわー、そんな奴。」
あぁ、聞くんじゃなかった。純粋に彼女の性格が破綻しているんだと思った。話すのを諦めて残っているコーヒーを飲み始める。
「でも、そんな私にもやりたい事が見つかったから
 今はつまらなくないんよ。
 どうしたらいいんか、とか考えるだけですごい楽しい。
 まぁ、学校はイマイチやけど。」
「そのやりたい事って?」
「何回聞くねんな、真田君を私に熱中させることやん。」
と、まだ恥ずかしげもなく話している。
「話さんくても、学校では同じ空間におれるし、
 話してる事も聞こえてくるからね。やっぱ、情報って大事やん?」
その大事な情報を本人に話すのはどうかと思うが。
小説を読んでるフリをして人の話しに聞き耳をたてるのを想像すると、
やっぱり少し怖いけど必死に聞こうとする姿を想像すると、少し笑える。ただ、人にこんなに興味を持たれた事が初めてなので自分の心はかなり乱れている。
「いやいや、なんで俺なん?
 クラスには他にもいっぱい男子おるし
 男前の奴とかおるやん、吉田とか。」
「吉田?ムリムリ、ないない。
 男前やと思ったことないし、自分の事イケてますとか
 思ってもうてるやん、あいつ。
 てか、真田君は自分の事、過小評価しすぎ。
 イケメンやと、私は思うよ。」
よくもまぁ、本人目の前にしてそんなこと言えるなーと少し呆れたが、やっぱり褒められるとうれしい。
「もし、俺があの時、無視してたらどうしてたん?」
「返してくれるまで、同じようなことするつもりやったよ。
 まぁ、他にもいろいろ作戦考えてたけど、
 思いの外、早めにヒットしたから、考えてた作戦が無駄になったやん。」
まぁ、可愛い子に話しかけられてスルーする人なんておらんやろ。と相変わらずの発言をして笑ってる。
「得な性格やな。」
と、何気なしに発言すると、
「そんなこと無いよ。私だって話しかけた時は緊張したし、
 今日だって腕掴んだ時に拒まれたらどうしよって思っててん。
 でも、やらん後悔よりやってから後悔した方がいいって
 どっかの偉い人もいうてたし、出来る事は出来るうちにやらなあかんが
 最近の私のトレンドやねん。」
今日、駅で腕を掴んできた彼女を思い出す。
「その考えはえらいなぁ。」
純粋に思った事を口にすると彼女は、
「おだてたってまだ何もあげられへんよ。」
と、テレながら笑っている。
「これからも、もっともっと真田君の事知って
 私に熱中してもらわなあかんからね。
 これからもLINEしたり、会ったりしてな?」
語尾の願望を言った時、流れ星に真剣にお願いをする少女のような瞳に嫌だと言えなかった。
「よかった。ほんまによかった。
 あ、でも学校では今まで通りでええからね。
 私なんかと話してて真田君までやばい奴扱いされたら
 私、そんな扱いした奴許されへんから。
 でも、学校でも話したくなったらいつでも言うてな。私も言うし。」
と、笑って鞄を持ち上げる。
「さ、今日はもう帰ろ。
 色々緊張したし、言いたい事も言えたし満足っす。」
鞄の中から財布を取り出してお金を払いに行った。喫茶店を出たところでご馳走様と伝えると、笑ってお粗末様と返された。
入るまでの青空から夕暮れ空に変わり、人気の無かった場所でも、チラホラと人の気配を感じた。駅まで送って行くと、彼女は「ありがとう。」と言って振り返ることも無く颯爽とホームへと上っていった。
あどけない顔、凛とした顔、悲しそうな顔。どの表情の彼女を見ていても飽きなかったし、誰がどうみても美人の部類の顔である。自分なんかと話す意味も分からなかったし、まぁ、あと何回かLINEのやり取りをしたら、終わるだろう。そしたらまた、いつもの日常に戻ればいいと勝手に納得して好きなアーティストの音楽を聴きながら家路に着いた。
帰宅して、ご飯を食べ、風呂に入り、自室でのんびりと過ごしていたら携帯の振動に気付く。早速、彼女からのLINEである。
『今日はほんまにありがとう。会えてよかった!』
自分はLINEが苦手である。話したい事があれば、電話をすればいいし、単に文字を打つのが面倒だと言うこともあるが、用件のない文章に対して、返す言葉が思いつかない。ということもあり、自分から進んでメールをすることはない。こんな時、なんて返せばいいんだと長考していると、また携帯が震える。
『既読スルーは禁止やからね。』
はぁ、と絵に描いたようなため息を吐きつつ、文字を打ち始める。
『こちらこそ、コーヒーご馳走様でした。
 雰囲気とかはさておき、美味しいと感じたのは
 初めてだったので、これからは機会があれば、
 飲んでいこうと思ってます。』
我ながら、堅い文章だなと感じつつ送信をしたらすぐに返事が来た。
『機会があれば。笑
 社会人みたいだよ、もっと高校生らしく生きないと!』
確かに。と、納得した。もう返事はいいやとその日は早々に布団に入り、今日の出来事を思い返しているうちにすぐに睡魔に襲われ意識が遠のいていった。

真田視点2話:眼球にくちづけを。真田視点2話|宇吉 (note.com)

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