眼球にくちづけを。中野視点1話
私の名前は中野葵。
中学まではごく普通に生きてきた。高校の進学も決まり、採寸を終えて、
届いたばかりの高校の制服に毎日袖を通して、高校に想いを馳せていた。
部活に入って普通に友達をいっぱい作り、恋愛をして、高校生活を謳歌する事しか頭になかった。ある日、視界の端がぼやけている事に気づき、
親に相談して、近所の眼科に行った。
その日に医者から目薬をもらって、さしていたらすぐに治ると思っていた。診察の後、
「ここでは、判断ができないので、
隣町の総合病院で診てもらってください。紹介状をお出ししますので。」医者からの回答はそんな感じだったと思う。いやいや、
端っこがぼやけてるだけやのに、大袈裟な医者だなと軽く苛立った。
受験も終わり、卒業を残すだけだったのと、
高校入学までに変な憂いを残すのも嫌だったので次の日、
学校を休んで総合病院に行った。丸一日検査をさせられていたと思う。
そして医者からこう告げられた。
「中野さん、落ち着いて聞いてください。今のままだと、
あなたの眼は今後色彩を失っていきます。
そして徐々に視野が狭くなっていく病気です。現在感じてます、
視界の端にあるぼやけは、この病気の初期症状にあたりまして、、、」
医者が何を言っているのかわからない。親に目を向けると、泣いている。
目薬さしたら治るやろ、こんなん。
「視野狭窄ののち、完全に失明いたします。」
失明?目が見えなくなるってこと?意味が分からない。
「娘さんの場合、非常に稀なケース症例で、
治療法は確立されておりません。」
え?治らへん?今まで見えてたのに、今後、なにも見えへんくなんの?
そう考えているうちに涙が溢れてきて、震えが止まらなくなった。
「ただし、ドナー提供を待ち、目の移植手術を受ける事で、
若干の後遺症が残る可能性はありますが、療することができます。
進行状況から言って、今後急激に視力は落ちていきます。
今年の4月ごろから色彩を失い、同時に視野も狭くなっていきます。
おそらく夏ごろには見えなくなると思います。
ドナー提供者が早く現れればいいんですが、
適合するのかどうかも含めて、極めて時間がかかると思います。
そしてかかればかかるほど、手術の成功率は落ちていきます。
こちらとしてもできる限りの尽力をいたしますが、
移植できる目がない限りは、、、」
医者の話を最後まで聞き終わって、私はその場で嘔吐した。
自分にそんな不幸が降りかかると夢にも思ってなかったし、
実際、話を聞いていても他人事のようだった。
ただ、視界の端にあるぼやけが、現実だと叩きつけてくる。
その日を境に私の人生は変わってしまった。
人生を呪い、自分を呪い、親を呪った。周りにいるに人間すべてを呪う。
親は私を見るたびに泣きひたすら謝った。
「謝るくらいなら、こんな体に産んでほしくなかった。」
泣き崩れる親に対して、そう吐き捨てて、
自分の部屋に引きこもってしまった。
自分でも、親が悪いわけではないことくらいわかっている。
でも、何かに当たらないとやっていけない。
つまらない人生だったな。いや、失明しても生きてはいるんだろうけど、
普通に友達を作って、普通に大学に行って、普通に恋愛をして、
普通に仕事して、普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通に、、、
今まで見えていたものがある時から見えなくなる。
とてもじゃないが、私には耐えられない。手術は失敗するケースもある。
失敗したらもう何も見えなくなる。
一人で考え込んでも答えは一生出ないし、
考えれば考えるほど、恐怖しかない。
目が見えなくなって、手術も失敗するような未来があるなら、
いっそのこと、今死にたい。そう思ってしまうほど、心が折れていた。
10日間ほど、自室に引きこもって色々考えたが、何も生まれなかった。
そして考えることを放棄することにした。
「私、成功するかもわからない手術は受けない。
これが私の運命なんだったら受け入れる。」
親にそんなようなことを言った。
当然、口では言っても受け入れる事なんてできないし、納得もできない。
「葵、今はそう言ってても 考えが変わるかもしれないから、
ドナー募集だけはさせて。」
もう勝手にしてくれ。
「どっちでもいいよ。」
親が勝手に心配する分には私の範囲外だ。
「お願いやねんけど、病気の事は誰にも言わんといて。
もちろん、ペコちゃんの親にもね。明日から学校には行くから。」
そういって、自分の部屋に戻った。
ハンガーラックには届いてから毎日のように
袖を通した高校の制服が掛けてある。制服に近づき手にとる。
自然と涙が溢れてくる。あれだけ楽しみにしていたのに。
神様が本当にいるのなら、嘘だと言ってほしい。
そのまま制服を抱えたまましばらく泣いていた。
次の日から、中学校に登校した。
教室に着くとみんなが心配そうな目で見ている。
声もかけられたがうまく返せない。いいなぁ、
これからも普通に何でも見れて普通に過ごせて。
そう思うと涙が出てきそうになったが、必死にこらえた。
こんなとこで泣いても、余計周りの目をひくだけだ。
その日を境に私は、私が作った殻に閉じこもってしまった。
幼馴染のペコちゃんはずっと話しかけてきてくれたが、
もう話しかけないでくれと言った。
これでいい。みんなの記憶から私が消えてほしい。
目が見えなくなったら、どうせ会うこともないし、
今、病気の事を話して同情されるのも絶対に嫌だ。
みんなの人生から私はフェードアウトしていき、
誰にも知られずに消えたい。
中学の卒業式を迎えるころ、
そんなようなことばかり考えて生きる気力も徐々に失っていった。
高校に行く意味があるのだろうか。
医者からは普通の高校に進学しても支障をきたす事の方が
多くなるだろうからと盲学校に行ったらどうだろうかと
打診をされたが断った。盲学校に進学してしまうと、
いよいよ自分で目が見えなくなることを認めてしまうような気がした。
心のどこかで医者の診断ミスであることを願っていたのかもしれない。
4月1日を迎えて、私は高校生になった。
といっても心が晴れないので、道中の足取りも重たい。
ペコちゃんとは高校が同じなのは知っていたが、
まさか同じクラスになるとは思っていなかった。
入学式を無事に済ませて帰ろうとすると、ペコちゃんに話しかけられる。「体調戻ってないんか?」
心配されているのがモロに伝わる。
「大丈夫やで。やけど、中学の時までみたいに
話しかけてくるのは辞めてもらっていいかな?」
それだけ言うと、私はさっさと帰った、
酷い奴だと思われても仕方がないが、心配なんて余計なお世話だ。
私は悲劇のヒロインになんてなるつもりはない。
入学式以降、同じクラスのみんなはグループを形成するために
必死に皆と話しまくっていたが、そんなことするつもりもない。
病気じゃなかったらきっとやっていただろうし、
クラブ見学にもいってただろうに。
話しかけてきたやつらも適当にあしらった。
休み時間中も小説を読むことで時間つぶしになるし
話しかけにくいだろうと思って、読んでいたのだが、
しつこく話しかけてくる奴もいる。余りにうっとおしかったので、
「あなたに答える義理は無いし、これ以上話しかけんといて。」
と一蹴してやった。すると、周りにいた女子たちがキレ始めた。
1人の子に、
「ちょっと顔が良いからって調子に乗んなよ!」
と机を思いっきり叩かれて言われた。あー、うっとおしい。
もうどうでもいいや。
「ブスが喋んじゃねぇ。」
といって平手打ちをかましてそのまま帰った。
やりすぎたなとは思ったが、
逆にこれで話しかけてくる奴はいなくなるだろうと思った。
結果オーライ、好都合だ。ちなみに、
しつこく話してきていた男が吉田という名前だったことを知るのは、
ずいぶん後になってからだった。
それほど、自分のクラスの子にも興味はなかった。
クラス分けされた時の席順がクラスを見渡せる一番後ろだったこともあり、授業中よくクラスの子を観察していた。
ペコちゃんも野球部に所属し毎日楽しそうにしていた。
正直うらやましかった。私もクラブに入ってみんなと練習したり、
部活終わりにみんなとお茶してみたかった。
普通、野球部に入ったら同じ部活の子とばっかりつるむと思っていたら、
一番親しそうにしているのは帰宅部の子だった。名前は知らないけど。
授業中、休み時間中、一番後ろから観察していたけど、
その帰宅部の子が一番卒なく人付き合いをしてるのだが、
変な違和感を感じた。つまらなさそうなのだ。
授業中はみんなつまらなそうにしているが、
休み時間のワイワイしている時でも、彼も一緒に喋っているのだが、
彼だけ時折消えたんじゃないかと思うほど、存在感が消えたりしていた。
私は高校生になって初めて興味を持った。
しかも名前も知らない同じクラスの子を。
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