眼球にくちづけを。中野視点7話

その後、急ピッチで計画を立てて、実行することに決めた。
『川を見たい。』
唐突に、真田君に送ってみた。
『川なんてそこらへんにあるやん。勝手にチャチャっと見てきたら?』
なんて風情のない返事なんだ。
『全く、最近の若い子には風情と言うものがないのかね?
 私が言う川はそこらへんの川じゃなくこう、
 壮大で見るだけで心が洗われるような川を見たいんだよ。
 リバーって感じのやつ。』
うん、いい感じだ。
『大阪でそんな川ある?
 パッと思いつく限り淀川くらいしか思い当たらんなぁ。』
よし、乗っかってきたな。
『お、行く気になってきた?ズバリ京都にある川を見に行きたいんだ。
 対岸にまで連なる石があってそこで目一杯空気を吸ったら
 絶対美味いよ。』
京都、それは真田君にとっても行きたいはずの場所だ。
『また、突拍子な事言ってるけど、京都って、
 ここら辺から電車で一本やん。1時間もかからんから休みの日にでも
 行ってきたらええやん。』
あれ?食いつきが悪いな。
『全然分かってないなぁ。こんな可愛い子が一人で京都に行って
 危ないと思わへんの?冷た、冷たいわ真田君。』
困った時の彼のやさしさにつけ込む作戦だ。
とどめの一撃を放れば絶対に乗っかて来てくれる。
『ほら、京都は真田君の好きなバンドの出身地やろ?
 言わば、聖地だよ!こりゃ行かない手はないね。』
さぁ、どうだ。
『確かに、京都って一回も行った事ないな。他府県の割に意外と近いし、
 いつでも行けるって思ったら逆に行ってないな。』
フィーッシュ!!心の中でガッツポーズをする。
『でしょ!だからしゃあなし私がついて行ったるって話よ。
 まー、なんて優しいんやろ私って。』
これくらいの冗談を言っても最近の真田君はきちんと返してくれる。
『うん、話がズレてきてるな。中野さんがどうしてもリバーが見たくて、 ボディガードとしてなら行ってあげてもいいよ。』
ほらね。本当に優しすぎるよ。
『はい、決まり!ほな来週の土曜日に決定な。』
おそらく、自分の目が見えなくなるギリギリのタイムリミットだ。
この日を逃したら、もう駄目だ。
だいぶ先でどうなるかはわからないが今のところ晴れ予報だ。
『三条駅まで京阪で行って河原町方面に向かって一旦橋で川超えて
 河原町をブラブラしたい。行った事ないから、古都を満喫しよ!
 いやーテンション上がってきたね。バイブスだねこりゃ。』
彼の好きなバンドの歌詞をそれとなく入れる。
素敵なものを教えてくれた私なりの感謝のしるしだ。
使い方があっているかはわからないが、真田君からのツッコミもないし、
大丈夫なのだろう。

予定が決まると、その日までがすごく待ち遠しいのだが、不安要素が多い。
病気の進行が思っていたより急激に来た。いよいよ視野がなくなってきた。
わずかしか見えない目で人通りを過ぎることができるだろうか。
医者からも、親からもずっと転校するよう説得されている。
間違いなく周りに迷惑をかけている。
でも、あと少し。たったの少しでいいから。

真田君、私は正直怖い。
目が見えなくなるのもそうだけど、次に会うのが最後。
もう会えないって思うだけで心が締め付けられる。
自分の決めたルールを破りたくなる。
でも、破ったら真田君に余計迷惑をかけてしまう。

とりあえず、当日の予定はキッチリ埋めよう。
最後はカップルっぽいこともしたいな。
もちろん当日までも真田君とのLINEはしていた。
それだけが私の気力だったし、真田君と繋がっている事を実感したかった。
ただ、ほとんど見えない目では絵文字の色も見えなければ
文字もほとんど霞んで見える。
記憶だけを頼りに絵文字を使っているが、合っている自信はない。
ただ、真田君は何も言わない。もしかしたら気づいているのかもしれない。

迎えた当日、出来る限りのお洒落をした。と言っても、
自分ではもう色もわからないのでお母さんに手伝ってもらった。
これが最後の我儘だからといって。
母は泣きながら何も言わずに服を選んでくれて、化粧をしてくれた。
化粧をしてくれる母の手が震えていた。私は今までの事を謝った。
産んでほしくなかったといった事。そんな事、
本当はこれっぽっちも思っていない事。両親ともに大好きだって事。
母は泣きながらうんうんといってくれた。
目が見えないのでそんな母を感じていると、私まで泣きそうなる。
でも、今日だけは泣かないと決めていた。
父が駅まで送っていくと言ってくれた。
本当は、逸る気持ちを抑えながら歩いて行きたかったんだが、
これ以上は心配を掛けたくないのでお願いした。でも、
父も複雑な気落ちだっただろう。
これから男の子と遊びに行くのを送るのは。
昨日の連絡の最後に、
『駅に10時に待ち合わせでよろしくね。』
と送ったが、30分前に到着した。後からついて探すのが困難だからだ。
目印になるよう場所の近くに行こうときょろきょろしながら歩いていたら、私の前で立っている人がいる。
このほとんど見えなくなった目でも感じることができた。
「絶対私の方が早いと思ってたのに30分前に到着してるとは真田君も
 今日の日をよっぽど待ちわびてたんやなぁ。」
そう話す。
「バンドの聖地に行けるって思うと気持ちが早まってしまったわ。」
やっぱり、真田君だ。
「そかそか。私はてっきりデートが楽しみすぎたんかと思ったわ。」
そういって、ホームに行こうとしたが、どこがホームかわからない。
きっと挙動不審に見られてるな。仕方がないので、
言葉で誘導して真田君の後ろについていくことにした。
なぜか視認できなくても真田君だけは感じられる。
何とかホームについて、電車に乗ったはいいが、
ほとんど見えない上に、乗客の数が多い。人酔いしてしまったようだ。
「大丈夫?一回降りて休憩しよっか。」
真田君の声が聞こえる。彼に甘えて降りることにした。
ベンチまで誘導してもらい、座っていたら、
はい。という声が聞こえた。聞こえたほうに手を差し出すと冷たい。
水を買ってきてくれたみたいだ。
「ごめんやで、なんか急に体調悪くなってしもて。」
急ではないが、目が見えないとこういう弊害もあるのかと感じた。
「人混みに入ると、俺もしょっちゅうあるから気にせんでいいよ。
 逆に途中下車って旅っぽくて面白いやん。
 体調戻らんかったら今日はこのまま引き返して、
 また次来たらいいやん。」
本当に優しい。その優しさをずっと感じていたい。
独り占めしたい。でも次の機会なんてない。
「それはあかん!今日行きたいから誘ったんやもん。
 もうすぐ良くなるからもうちょっとだけ待って。」
どこに真田君の顔があるのかも見えないので下を向きながら私は話す。
暫く、休憩するとかなり気分が落ち着いた。もういけると思ったが、
近くに真田君の気配はない。キョロキョロしていると、
「体調良くなった?」
急に話しかけられてびっくりしてしまった。
「あぁ、真田君。ごめんやで、徐々に良くなって来たから
 次の電車きたら行こ。」
もうここまで来たら、とことん甘えさせてもらおう。
きっとノーとは言ってこない。
「1つお願いがあるんやけどええかな?」
「僕にできる範囲やったら聞くよ。」
「快調に至ってないし、満員電車の中は
 あまり得意じゃ無いんで腕掴んでてもいい?」
正直、人の腕を掴んだ事などほとんどない。
それでもそうしないと、今日を乗り切る自信もない。
「こんな腕でよければいくらでも。」
と、言われた。
「真田君て時々、自虐っぽく話を誤魔化したりするけど、
 私といる時はさらけ出してほしいな。」
私の本心である。真田君は本当に優しい人で、誰よりも気が利く。
それこそクラスの馬鹿なやつ全員に真田君の垢を煎じて
飲ませてやりたいほどだ。そんな彼が自虐を言うのが好きではない。
その後、社内ではほとんど話さなかったが、
電車の中では何事も無くあっさり京阪三条駅まで到着した。
駅に降り立ち、ホームを抜け、エスカレーターで地上に上がった。
「空気が美味しいねー。同じ関西とは思えないよ!」
「そうかな?僕には違いがわからないな。」
何番の降り口から上がれば端の近くに出られるかを調べていたので、
うまく誘導して上がってきた。電車の中でだけと言っていたが、
今も腕を掴んでいる。
「これがあの有名なあの橋だよ!やばいよ、完全にバイブスだよ!」
ほとんど何も見えないけど真田君と京都にこれたことがうれしい。
「あー、これはバイブスだね。」
真田君もテンションが上がっているように感じる。
「でしょ!うん、一杯写真を撮ろう!」
私にとっては撮っても意味がないのだが、
心のシャッターに今日の思い出を目一杯収めよう。
一生分の思い出を今日で作るつもりだ。

そのあと、私が練りに練ったプランをすべて実行していった。
真田君は嫌ともいわずに全部ついてきてくれる。
(正確には全部誘導してもらっている。)
夕方ごろ、駅の付近まで戻り、橋の横にある階段を降り、
河川敷に腰を下ろした。かなりいいロケーションだと、
目が見えていた時にリサーチ済みだ。
「いやー、歩き回って疲れたね。」
実際、かなり疲れている。
ほとんど見えていない上に悟られるわけにはいかないから。
「楽しかったけど、詰め込み過ぎだよ。」
ちょっとやりすぎたかな。でもこれで最後だから許して。
「だって、楽しみにしてたから。」
そう言って、隣にいる真田君の肩に頭を乗せた。
大胆な行動だけど、どうしてもやってみたかったのだ。
「こうやっていると、本当に付き合ってるみたいだよねー。」
本当にそうだったらいいのに。これが夢なら覚めないでほしい。
「そうかな?」
そういった真田君の体が緊張しているのがわかる。そして、
「確かに今日一日一緒に色々散策したけど、
 かなり視線を感じたんだよね。」
今日私は、真田君の腕を掴んでいたもののかなりの人のぶつかった。
都度真田くんが謝ってはいたが、
やっぱり周りから見たらおかしかったのかな。
「あー、周りのモブなんてどうでもいいんだよ。」
そう、今日だけは何をしても許してくれるだろう。
「今日の私の主人公は私で、登場人物は真田君だけだから。」
だって、今日が最後なのだから。
「登場させて頂き光栄です。」
彼がそう言ってくれた。そのあと、しばらくの無言が続いた。
話したいことはいっぱいあるのに今声を出すときっと泣いてしまう。
答えも聞かないといけないのに。嫌だ、今日が終わってほしくない。
「このまま時間が止まればいいのに。」
たぶん声に出してしまったと思う。
ただ、風の音にかき消されて真田君の耳には入ってなかったようだ。
「さ、そろそろ帰ろうか。」
私は立ち上がり伸びをした。

帰りの車内もなかなか混んでいたが、たまたま二人分の席が
空いていたらしく真田君に誘導されて座ることにした。
「中継駅ついたら起こすから寝ときなよ。」
真田君も疲れているのに、そう言ってくれた。
「大丈夫だよ。一緒にいるのに寝るなんてもったいないよ。」
もう残された時間はわずかしかない。
最初こそ、会話はあったもののなかなか切り出せない。
隣にいるので、また肩に頭を置かせてもらう。
そうすると、すぐに眠気が襲ってきた。
ダメだ、このまま眠るわけにはいかないと耐えていたら、
「このまま時間が止まればいいのに。」
そう聞こえた。絶対に真田君の声だった。
彼も私と同じ気持ちになってくれている。
それだけが嬉しくて、涙が出たが、
何か言われたらあくびをしたとでも言おう。
その後、寝ることはなかったが、
ずっと肩の上に頭を置かせてもらっていた。
絶対邪魔なはずなのに何も言わずに耐えてくれていたのだろう。
電車が中継駅につく少し手前で真田君から
声を掛けられたので降りる準備を整える。

駅に降り立ち、ここからお互い違う線になる。
真田君から最寄り駅まで送ると言われたが、
「子供じゃないんだから。」と一蹴した。
本当は甘えたかったけど、これ以上は迷惑を掛けられない。
それでも答えを聞くことなく、お別れをする事も出来ないので、
近くのベンチで話すことにした。
「今日は本当にありがとね。めちゃくちゃ楽しかったよ。」
正直な感想を述べる。感謝してもしきれない。
「俺のほうこそありがとう。 
 初京都であんなに満喫できるとは思ってなかったよ。」
そんなこと言われると泣いちゃうよ。
その後も何回か会話のラリーが続き、切りのいいところで会話がとまった。
私は意を決して聞くことにした。
「真田君、最後に一つだけ聞いていいかな。」
最後の言葉。
「僕に答えられる範囲であれば。」
最後の答え。
「最近、熱中してる?」
暫く答えがなかった。不安に駆られる。
やっぱり駄目やったかなと思っていると、
「してるよ。」
と言われた。焦る気持ちを抑えて、
「なにに?」
と聞いた。これで違うかったらどうしよう。
「中野さんに。」
心の底から嬉しかった。初めて真田君の口から聞けた。
私も真田君に熱中してるよ。
「よかった。本当に良かった。
 真田君の人生に入り込めたような気がするよ。」
嘘偽りのない言葉を述べる。
「これでこの関係は終わりなのかな?」
真田君に言われた。終わりたくない。
終わりたくはないんだけど、私は嘘をつかなければならない。
「ううん、そんなことないよ。真田君に呼ばれれば
 私は、いつだって駆けつけるさ。」
最後に嘘をついてごめんなさい。
でも、できる事なら本当に駆けつけたい。
「なんか、スーパーマン見たいやな。」
きっと真田君渾身のボケなんだろう。ちょっと笑ってしまった。
「そんないいもんじゃないよ。」
ありがとう、ほんまに。また沈黙が続く。きっとこれ以上話していると、
私は罪悪感から、病気の事を話してしまいそうだ。
「帰ろっか。」
ほんとはこのままずっと一緒にいたい。
でも私はそういって席を立った。
「そうだね。」
と言い、真田君も立った。
その場で、お別れをして真田君が立ち去るのを待った。
私も後ろを向いて歩き始める。
ふと、足を止めて振り返ってみたが、見えるわけもない。
すぐに向き直しフラフラ歩き始める。

もう、この時の私の眼は全く見えてなかった。
正確には京都から帰る時にはほとんど見えてなかった。
それでもここまでやってれたのは自分の気力と真田君のおかげだ。
駅の開けた場所で何も見えない。不安が襲ってくる。
スマホを取り出しても何も見えない。親に連絡もできない。
焦っていると、優しい方が声をかけて駅員室まで連れて行ってくれた。
到着するとなぜか駅員さんの声色が戸惑っている。
「どうされましたか。」
そういわれたので、私は答えた。
「私の眼は何も見えていません。正確には今日の夕方からなんですが。
 親に連絡をして迎えに来てほしいのですが、
 番号が見えないので、母に連絡してもらえませんか。」
そういって、携帯を手渡した。
掛けたあと、すぐに携帯を返してくれた。
「お母さん、うん。終わったよ。
 京橋駅にいてるから迎えに来てもらっていい?」

30分後、父と母が迎えに来てくれた。
10数年も聞いている声だ。すぐに分かった。
手を引かれて、車に乗せてもらった。
帰宅までの道中、暇だったので話し始めた。
たぶん自分のしてきた罪の告白を誰かに
吐かずにはいられなかったんだと思う。
「私ね、自分の中である賭けをしててん。クラスにいてる子で一人、
 ずっとつまらなさそうにしてる子がおって
 その子を私に熱中させることができたら、
 成功率の低い手術受けてみよかなって。
 それが、今日終わったんやけど、
 私の事を熱中してくれてるって言ってくれたんよ。」
たぶんだが、母が泣いている。
「私は自分の中の賭けに勝ったから、手術を受けます。
 今まで、我儘聞いてくれてほんまにありがとうございました。
 今の学校辞めて、ドナーが見つかるまで遠くにある盲学校通います。」

中野視点8話:眼球にくちづけを。中野視点8話|宇吉 (note.com)


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