眼球にくちづけを。真田視点9話

暦も運よく7/7に開催された。
しかし野外フェス当日は生憎の曇り空だった。
葵が無茶苦茶ハードスケジュールの予定を組んでくれたおかげで
朝一から行くことになった。
「不満があるなら、その時、言うてくれたらよかったやん!」
電車の中でちらっと不満を漏らしたらこれだ。
「不満って程ではないけど、朝はすごく並ぶって聞いたから、
 葵の体調が心配なだけやよ。」
「私の事は、私が一番知ってるし。」
「葵、僕はそう言う言葉で5年前、どれだけ心配したかわかる?」
この言葉をいうとすぐ黙る。
「ごめんなさい。でも、でも今日がすごく楽しみやってんもん。」
それは理解している。僕も同じ気持ちだ。葵の頭に手を置き、
「しんどくなったらすぐいう事。ゆうこと聞けない子は連れて帰ります。」
「はーい。」
はたからみたら高校生のカップルのように見えるかもしれない。
会えなかった5年間分を僕たちは今、
15歳の頃からリスタートしはじめたばかりなのだ。
電車で移動している時から、フェスTシャツを着る人を何人も見た。
もちろん僕らも着ている。
全国津々浦々から今日、野外フェスを見るためだけにこうして
集まっていく人たちを見て、勝手に同志と呼んでいる。
たいてい郊外で行われるフェスだが、今日行くのは市内で行われる。
今日の為に、インフラも特別仕様になっているらしい。
みんなの支えがあってこそできるフェスで、
身内感が強いのも特徴の一つで、そこも人気がある理由である。
「チケットが取れなくていけなかったあの日から、5年かぁ。
 長かったけど、今が幸せ過ぎて一瞬の出来事に感じるよ。」
彼女が、しみじみという。
「なら、5年間分楽しまなあかんな。」
会場につくまでにかなり時間がかかった。
電車を降りてバスで向かうのだが、長蛇の列だった。
結局最寄り駅についてから、会場に到着するのに1時間かかってしまった。遠くのほうからは歓声が聞こえる。
オープニングアクトが始まっているようだ。
「あー、間に合わなかったね。」
「そんなにみたいアーティストだったの?」
「いや、遠くから眺めるくらいかな。」
「だったら、先に場所取りしに行こうよ。」
そう、葵を休憩させるためのスペースが必要だ。
出来れば、木陰が良い。結構歩き回ったが、木陰は人気があるらしく、
全然見つからない。諦めかけていた時に、
「あのー、よかったらここ使ってもいいですよ。」
と、声を掛けられた。
「ありがとうございます!」
僕はそう言って声をかけてくれた方にお礼を述べる。
「初めてですか。一緒に楽しみましょうね。」
僕が話しかける前に、
「吉田くーん、飲み物買いに行こー。」
遠くから呼ばれた彼は向こうから呼ばれる声に応じ、走っていった。
「よしだ?まさかね。」
「いやー良い人がいて良かったね。早く来た甲斐があったでしょ。」
「せやな、葵のおかげやな。」
そう言って、頭を撫でた。
もう一度会って、お礼を言いたかったが、親切な彼と会うことはなかった。さぁ、スペースの確保も済み、あとは全力で楽しむだけだ。
メインステージとサブステージの2つのステージで
構成されているフェスだが、どちらもとにかく熱い。
メインでは誰もが聴いたことのあるバンドが演奏をしている。
サブでも新進気鋭のバンドや往年のバンドが会場を大いに盛り上げていた。もはや、メインとかサブとかのくくりはない。
葵のタイムスケジュールには昼ご飯を食べる時間がなかったので、
「おなか減ったよー。」
という、葵の声でお昼ご飯を食べるのを忘れていたことを思い出した。
どうやら僕も相当興奮しているらしい。
「じゃ、次の予定はキャンセルにてご飯食べよっか。
 ご飯食べたら葵と一緒に見たかったRUSHと、
 待望のロボチョッパーやな。」
「てっちゃんがおすすめするってそんなにいいバンドなん?」
「絶対、葵が喜んでくれるよ。」
含みのある言い方をする。1つのサプライズである。
イートスペースも長蛇の列ができている。
バンドの好きが高じて出した屋台やら、
フェスではおなじみにエナジードリンクのアルコールが販売されている。
「なんか食べたいものある?」
「んー、やきそばかなー。」
おそらく、バンドのメンバーの出している屋台とかの食べ物を
食べたかったろうに、列の少ない屋台を選んでくれる。
「気使わんくていいんやで?」
「こんだけ汗かいて、ドロドロになったら、何を食べても一緒だよ。」
葵は笑いながら列の少ない屋台に歩いて行った。
頂いた木陰のスペースにもどり、遅めの昼食を食べる。
「なー、やっぱり気になるからRUSHのこと教えてやー。」
葵が駄々をこね始めた。
「あかんよ、実際見た時の感動の方が絶対に大きいから。」
これは、何が何でも絶対に言わない約束をしていた。
「ケチ。てっちゃん、きらーい。」
「ほんまにいうてんの?」
「うそ。」
一緒に住み始めてから、葵はめちゃくちゃ甘えてくるようになった。
僕にはそれが嬉しかったし、これからも答えてやりたいと思う。
「お、そろそろ始まりそうやから、ステージに向かお。」
そう言って、二人で立ち上がり、手を繋いでステージに向かっていった。

「まぁまぁ人入ってるやん。
 人気のバンドなんやね、聞いたことないけど。」
歌を聞いたか聞いてないかは問題ではない。
そう思って、にやついてしまった。
出囃子が鳴り始め、バンド名が読み上げられる。
会場内は大盛り上がりだ。バンドのメンバーが出てきて、
軽い調節を始める。最後にボーカルが遅れてやってきた。
「うそ、、、」
葵がびっくりしている。やったな、大成功だぞ。
「ペコちゃんやん。」
そう、RUSHのボーカルはあの藤矢だ。
藤矢がマイクを持った瞬間、メロディが走り始める。
会場は興奮の渦に包まれている。
僕の眼からみてもかっこいいバンドだ。隣で葵が泣いている。
僕と葵にまとわりついている空気だけが、静かに流れている。
「葵、黙ってて、ごめんな。
 どうしても当日に見てほしいってあいつが言うたから。
 葵がいなくなった後、藤矢だけには本当の事、話してもうたんよ。
 そしたらどうしたと思う?あいつ俺の事殴ってきたんやで?
 なんで気づかんかったんやって。泣きながら。俺も切れて、
 幼馴染やったのに何でお前の方こそわかってあげられへんかったんやー。
 って。泣いたわ。生まれて初めて人を殴ったけど、いいもんじゃないな。
 でもそのあと、あいつは一緒に帰ってくるの待ったろって
 俺に言うてくれた。
 最初は野球でプロなって、驚かしたるゆうてたけど、
 あいつ、すぐさぼって一緒にカラオケばっかり行っててん。
 たぶん、俺を励ますことも含めてしてくれてたんやと思う。
 もともと野球下手やったし。で、音楽やり始めて高校卒業して
 すぐにバンド組んでここまで来たんやで、葵を驚かすためだけに。」
葵は声をあげて泣いている。
幸い、大いに盛り上がっているおかげで葵の泣き声はかき消されている。
「藤矢はいっかいも葵の事を恨んでないよ。
 あいつは仲の悪い妹みたいなもんやから、
 振り回されるけど、それでもかわいい妹分や。
 っていつも笑って話してたわ。」
「私のがお姉さん役やもん。」
ようやく口を開いたと思ったら、つまらない張り合いをしてて、
思わず声を出して笑ってしまった。立て続けに2曲の演奏が終わり、
語りが入る。
「今日、この場に立ててることが、本当に奇跡やと思ってます。
 呼んでくださった大先輩、この後演奏するロボチョッパーさん、
 関係者の方のおかげでここに立てていると思ってます。」
オーディエンスをあおっている。初めて見るが、
藤矢は立派なバンドマンだ。
「ただ、今日4曲やるつもりでしたが、1曲分の時間を僕に下さい!」
深々と頭を下げている。
「事務所には言うてません。大先輩にも、ロボチョッパーさんにも。
 バンドのメンバーには許可もらいました。
 これで僕らが来年以降出れなくなったらそれは、僕一人の責任です!」
会場がざわつく。横で隠れているスタッフたちも何か慌てている。
藤矢は話すことを辞めない。
「僕には、大事な幼馴染がいました。
 なんでも話し合える仲やと勝手に思ってました。
 でも、ある日僕の前からいなくなりました。
 大きな病気を一人で抱え込んで消えました。
 自分にすごく憤りを感じました。
 その時仲良かった友人にも強く当たってしまいました。
 でもある日、治療するために頑張ってるって聞きました。
 僕らに隠れて一人で戦ってるって聞きました。」
藤矢が泣いている。観客からがんばれーと声が聞こえてくる。
「僕にできることはなんやろう。
 妹分である幼馴染にしてあげられることはなんやろうって、
 いっぱい悩みました。これが答えかはわかりませんが、
 辿り着きました。あいつが返ってくる頃に、
 あいつが消える前に僕の友人と行きたがっていたこのフェスの舞台の
 上からこう言うことが一番のサプライズやと思うから。」
藤矢がこっちを見ている。気づいていてくれてたのか。
泣いている葵の肩を叩いて、前を向くように言う。
「葵、おかえり!!」
うぉー!歓声がすごい。地響きのように鳴り響く。
藤矢がこちらを見ていたことで周りにいた観客が
葵に向かっておかえりと言ってくれている。
葵は泣きながらありがとうございます。と言っている。
「すっきりしたー。今日がこのフェスでれる最後かも知らんから
 やりたい放題やったるぞー!」
藤矢は観客を煽る。
「やるっていうてないのに勝手にやってごめんなさい!
 大先輩の曲。『風』。」
今日一番の大盛り上がりだ。僕のテンションも跳ね上がる。
僕が一番好きなバンドの一番好きな曲だ。
ありがとう、藤矢。そう思いながら、涙を拭き会場から大声で歌った。

RUSHの演奏が終了し、ロボチョッパーまで少し時間がある。
ステージ上ではチューニングが行われている。
演奏が終わった後も暫く、観客からおかえりと言われていた。
「あんなん、反則や。聞いてない。
 今度会ったらぺこちゃんしばいたろ。」
そう言う葵はすごくうれしそうだった。
「ペコちゃんかっこよくなってたなー。」
「あれには勝てんな。」
事実、かっこよかった。
どこまでが演出でどこまでが本気かはわからないけど、
僕と葵に一生残る思い出となった。
「妬いてんの?ぺこちゃんはあくまで幼馴染だよ。」
「そんなこと知っているよ、純粋に藤矢は今日見たバンドの中で
 一番かっこよかった。」
「間違いないね。」
そんなことを話しているうちに、
続々とロボチョッパー目当ての観客がゾロゾロと集まり始めた。
日が落ちてきて、吹く風も気持ちいい。

出囃子と共、でてきたロボチョッパーは様子がおかしかった。
RUSH同様始まりは即演奏するって調べていたのに。
「えー、先ほどはうちの後輩バンドが失礼いたしました。」
あぁ、それで怒っているのか。
「しっかり教育出来てなかった僕たちにも責任が
 ありますし、しっかり叱ってやりましたわ。
 やるなら3曲くらい使えって。」
会場から笑いが起こる。
「あいつらは次がなくなるかもしらんといったけど、
 安心してください。僕たちがそんなことさせませーん!」
そう言うと脇から出てきたのはフェスの主催をしている人だった。
会場のテンションが一気に上がる。
「いやー、あいつらやってくれたなー。最高に盛り上がってたやん。」
そういって主催者は笑っている。
「ロボチョが、あれ超えられるとは思われへんので
 助っ人として来ましたー!」
主催者がきただけで空気が変わる。
先ほどの出来事がなかったのように盛り上がっている。
「てっちゃんがあの人の事、好きっていう気持ちがわかった気がする。
 スケールがでかいね。」
僕が褒められたわけでもないのに嬉しくなる。
前奏が始まる。
「やばいね、バイブスぶち上がるね。」
彼女に初めて紹介した曲だ。絶対に意図して演奏したわけではないのだが、こんな奇跡があるのかと感動した。
3曲目の演奏が終わった時、ロボチョッパーのボーカルが話し始めた。
日がほとんど落ち、あたりが暗くなっている。
「RUSHから絶対やってほしいって言われた曲があるんやけど、
 やるの癪やから違う曲やろうと思います。」
えぇー!観客から煽りが入る。
「だって俺、そんな可愛い幼馴染おらんかったから嫉妬するやん!」
笑いが溢れる。葵を見たら恥ずかしそうにしている。
「どーしてもやらなあかんか?」
脇を見ているのでたぶん藤矢がそこいるんだろう。
「後輩の頼みやったらしゃあないかー。つっても、僕らこのフェスで、
 この歌のおかげでここまでやってこれたから、
 歌うなって言われても歌うけどな。お前らー!藤矢の幼馴染、友達さん、
 聞いてください『七夕』。」

ロボチョッパーの演奏が終わり、主催者がメインステージで
演奏しているを聞き終えて僕たちは会場を後にした。
「本当に、最高だったね。正直、今日死んでもいいくらい満喫したよ。」
「死なれるのは困るけど、
 楽しんでもらえたならチケットとれてよかったよ。」
「てっちゃん、ほんまにありがとう。みんなに迷惑かけたのに、
 ぺこちゃんも、、、」
帰りの電車の中で葵がまた泣いている。
「良いサプライズだったでしょ?葵が僕たちにしたことを思えば、
 甘んじて受けないといけないよな。」
と言って、葵の頭を撫でてあげる。

「てっちゃん、ひとつ聞いていい?」
何度も繰り返したやりとりだ。
「僕に答えられる範囲であれば。」
いつものように返してあげる。
「最近、熱中してる?」
あの時から気持ちが変わってないか確かめあうように繰り返す。
「してるよ。」
僕は、一生この気持ちは変わらない。
「なにに?」
聞かれるまでもない。
「葵に。」
そういってほほ笑むと、葵は一つ付け加えてきた。
「どれくらい?」
突然の事だったが、僕は彼女の事だけを考えてきたのだ。
答えはすぐに出た。
「・・・・・」
葵にだけ聞こえるように耳元で言ってあげた。
よほど嬉しかったのか、葵はこちら見て笑いながら一筋の涙を流した。

中野視点9話:眼球にくちづけを。中野視点9話|宇吉 (note.com)

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