眼球にくちづけを。中野視点11話

今年は暦も運がよく7/7に開催された。
野外フェス当日は生憎の曇り空だった。
朝かなり早い電車に飛び乗って、ウキウキしていると
ハードなスケジュールだと文句を言ってきた。
「不満があるなら、その時、言うてくれたらよかったやん!」
人が楽しみにしているというのに水を差すとは何事か。
「不満って程ではないけど、朝はすごく並ぶって聞いたから、
 葵の体調が心配なだけやよ。」
変わらず私の事を気遣ってくれている。
でも、今日は本当に楽しみしていたのだ。
「私の事は、私が一番知ってるし。」
捨て台詞を吐くと、
「葵、僕はそう言う言葉で5年前、どれだけ心配したかわかる?」
彼が少し怒っている。絶対に嫌われたくない。
「ごめんなさい。でも、でも今日がすごく楽しみやってんもん。」
私、駄々っ子みたいだ。すると彼は私の頭に手を置き、
「しんどくなったらすぐいう事。
 ゆうこと聞けない子は連れて帰ります。」
彼のこういう優しさは本当に好きだ。
「はーい。」
私は小学生ような間の抜けた返事をした。
彼が隣で笑ってくれている。
電車で移動している時から、フェスTシャツを着る人を何人も見た。
もちろん私らも着ている。全国津々浦々から今日、
野外フェスを見るためだけにこうして集まっていく人たちを見て、
すごいイベントなんだと再認識する。
「チケットが取れなくていけなかったあの日から、5年かぁ。
 長かったけど、今が幸せ過ぎて一瞬の出来事に感じるよ。」
私は心の中でそう思った。
「なら、5年間分楽しまなあかんな。」
いや、口に出してしまっていたみたいだ。
会場につくまでにかなり時間がかかった。
電車を降りてバスで向かうのだが、長蛇の列だった。
結局最寄り駅についてから、会場に到着するのに1時間かかってしまった。
遠くのほうからは歓声が聞こえる。
オープニングアクトが始まっているようだ。
「あー、間に合わなかったね。」
そういうと、
「そんなにみたいアーティストだったの?」
と聞かれる。
「いや、遠くから眺めるくらいかな。」
曲を聞いたけど、そこまでしっくりこなかった。
「だったら、先に場所取りしに行こうよ。」
休憩場所か。確かに必要になりそうだ。
結構歩き回ったが、全然見つからない。彼が諦めかけていた時に、
「あのー、よかったらここ使ってもいいですよ。」
と、声を掛けてくれた人がいた。
「ありがとうございます!」
彼がお礼をする。続けて私も会釈した。
「初めてですか。一緒に楽しみましょうね。」
何度も来ている人なんだろう。親切な人もいたもんだ。遠くから
「吉田くーん、飲み物買いに行こー。」
という声が聞こえて、その人は足早に立ち去って行った。
「よしだ?まさかね。」
彼がそう呟いている。誰だ、よしだって。
「いやー良い人がいて良かったね。早く来た甲斐があったでしょ。」
私は得意げに話した。
「そうやね、葵のおかげやな。」
そう言って、頭を撫でてくれる。恥ずかしいが素直に嬉しい。
さぁ、休憩場所の確保も終わったし、
あとは全力でスケジュールを実行するだけだ。
メインステージとサブステージの2つのステージで
構成されているフェスだが、どちらもとにかく熱い。
メインでは誰もが聴いたことのあるバンドが演奏をしている。
サブでも新進気鋭のバンドや往年のバンドが会場を大いに盛り上げていた。
もはや、メインとかサブとかのくくりはない。
私の立てたタイムスケジュールには昼ご飯を食べる時間を
入れるのを忘れていた。
「おなか減ったよー。」
というと、彼が時計を見た。14時を過ぎている。
お腹がすくのを忘れるほど、楽しんでいるみたいだった。
「じゃ、次の予定はキャンセルにてご飯食べよっか。
 ご飯食べたら葵と一緒に見たかったRUSHと、
 待望のロボチョッパーやな。」
「てっちゃんがおすすめするってそんなにいいバンドなん?」
「絶対、葵が喜んでくれるよ。」
喜んでくれる?楽しむとか乗れるではなく?
イートスペースも長蛇の列ができていた。
バンドの好きが高じてだした屋台やら、
フェスではおなじみにエナジードリンクのアルコールが販売されている。「なんか食べたいものある?」
彼は絶対に私の意見を聞いてくれる。待つのは嫌なので
「んー、やきそばかなー。」
と答える。見る限り、人が少なそうだ。
「気使わんくていいんやで?」
彼は、私が長蛇の列の方を並びたいと思ったのかな?
何でもいいよ、てっちゃんと並んで食べられるなら。
そんな事、今言うべきではないので
「こんだけ汗かいて、ドロドロになったら、何を食べても一緒だよ。」
と、笑いながら列の少ない屋台に歩いて行った。
頂いた木陰のスペースにもどり、遅めの昼食を食べる。
さっき聞いた話が気になる。
「なー、やっぱり気になるからRUSHのこと教えてやー。」
また駄々をこねてしまう。
「あかんよ、実際見た時の感動の方が絶対に大きいから。」
頑なに教えてくれない。
「ケチ。てっちゃん、きらーい。」
冗談のつもりで言った。
「ほんまにいうてんの?」
彼の眼が真剣だった。
「うそ。」
こんなしょうもない嘘で彼が離れていくのは絶対に嫌だ。
嫌われたくない。こんなしょうもない嘘、二度とつかないと心に誓った。
「お、そろそろ始まりそうやから、 ステージに向かお。」
そう言って、彼が起き上がったので私が手を差し出したら
何もいわずに繋いで起こしてくれた。二人でステージに向かう。

「まぁまぁ人入ってるやん。
 人気のバンドなんやね、聞いたことないけど。」
そういったが、返事はなかった。彼を見てみたが、
そわそわしているように見える。トイレに行きたいんかな?
出囃子が鳴り始め、バンド名が読み上げられる。会場内は大盛り上がりだ。バンドのメンバーが出てきて、軽い調節を始める。
最後にボーカルが遅れてやってきた。
「うそ、、、」
目の前によく知った人が現れた。
「ペコちゃんやん。」
身長も高くなり、髪型とかも変わってるし、
少し遠くから見ているけど見間違えるはずがない。
だって、かつては10年来の友人だったのだ。
その関係を自ら断ち切ったのだけど。泣いてしまう。
ペコちゃんとももう会うつもりはなかった。合わす顔がなかった。
「葵、黙ってて、ごめんな。
 どうしても当日に見てほしいってあいつが言うたから。
 葵がいなくなった後、藤矢だけには本当の事、話してもうたんよ。
 そしたらどうしたと思う?あいつ俺の事殴ってきたんやで?
 なんで気づかんかったんやって。泣きながら。俺もキレて、
 幼馴染やったのに何でお前の方こそわかってあげられへんかったんやー。 
 って。泣いたわ。生まれて初めて人を殴ったけど、
 いいもんじゃないな。でもそのあと、
 あいつは一緒に帰ってくるの待ったろって俺に言うてくれた。
 最初は野球でプロなって、驚かしたるゆうてたけど、
 あいつ、すぐさぼって一緒にカラオケばっかり行っててん。
 たぶん、俺を励ますことも含めてしてくれてたんやと思う。
 もともと野球下手やったし。で、音楽やり始めて高校卒業して
 すぐにバンド組んでここまで来たんやで、葵を驚かすためだけに。」
彼の話が私の耳に入る度に涙が溢れる。たぶん泣き声も漏れている。幸い、
周りが大いに盛り上がっているおかげで私の泣き声はかき消されている。
「藤矢はいっかいも葵の事を恨んでないよ。
 あいつは仲の悪い妹みたいなもんやから、
 振り回されるけど、それでもかわいい妹分や。
 っていつも笑って話してたわ。」
ペコちゃんとの記憶が溢れてくる。
あいつはそんな風に思ってくれていたのか。
「私のがお姉さん役やもん。」
私はそう思って、ペコと接してきたので言ったら彼は
声を出して笑っていた。似たもの同士やなと言われた。

立て続けに2曲の演奏が終わり、ペコが話し始めた。
「今日、この場に立ててることが、本当に奇跡やと思ってます。
 呼んでくださった大先輩、この後演奏するロボチョッパーさん、
 関係者の方のおかげでここに立てていると思ってます。」
オーディエンスをあおっている。生まれて初めてペコがカッコよく見えた。
「ただ、今日4曲やるつもりでしたが、1曲分の時間を僕に下さい!」
深々と頭を下げている。ん?どうしたの?
「事務所には言うてません。大先輩にも、ロボチョッパーさんにも。
 バンドのメンバーには許可もらいました。
 これで僕らが来年以降出れなくなったらそれは、僕一人の責任です!」
会場がざわつく。横で隠れているスタッフたちも何か慌てている。
ペコちゃんは話すことを辞めない。せっかく立てたのに、何してんの?
「僕には、大事な幼馴染がいました。
 なんでも話し合える仲やと勝手に思ってました。
 でも、ある日僕の前からいなくなりました。
 大きな病気を一人で抱え込んで消えました。
 自分にすごく憤りを感じました。
 その時仲良かった友人にも強く当たってしまいました。
 でも、ある日治療するために頑張ってるって聞きました。
 僕らに隠れて一人で戦ってるって聞きました。」
ペコが泣いている。私の事を話しているのだ。私も涙が止まらない。
ごめん、ペコ。観客からがんばれーと声が聞こえてくる。
「僕にできることはなんやろう。
 妹分である幼馴染にしてあげられることはなんやろうって、
 いっぱい悩みました。これが答えかはわかりませんが、
 辿り着きました。あいつが返ってくる頃に、あいつが消える前に
 僕の友人と行きたがっていたこのフェスの舞台の上から
 こう言うことが一番のサプライズやと思うから。」
観客がいっぱいいる中で私の話を。泣いている私の肩を叩いて、
てっちゃんがペコを見るように言う。私と目が合うと、
「葵、おかえり!!」
うぉー!歓声がすごい。地響きのように鳴り響く。
ペコがこちらを見ていたことで周りにいた観客が
私に向かっておかえりと言ってくれている。
私は泣きながらありがとうございます。としか言えない。
こんなサプライズ、ずる過ぎる。
「すっきりしたー。今日がこのフェスでれる最後かも知らんから
 やりたい放題やったるぞー!」
ペコは観客を煽る。
「やるっていうてないのに勝手にやってごめんなさい!
 大先輩の曲。『風』。」
今日一番の大盛り上がりだ。彼のテンションも上がっている。
ペコも聞いていたんだ。彼が一番好きなバンドの一番好きな曲だ。
ありがとう、ペコ。私の最高で最強の幼馴染。

RUSHの演奏が終了し、ロボチョッパーまで少し時間がある。
ステージ上ではチューニングが行われている。
演奏が終わった後も暫く、観客からおかえりと言われるので、
会釈しまくった。
「あんなん、反則や。聞いてない。
 今度会ったらぺこちゃんしばいたろ。」
それでも興奮している自分がいる。
「ペコちゃんかっこよくなってたなー。」
あれだったら女子にモテモテだろうな。
「あれには勝てんな。」
彼が下を見ながら話す。私がかっこいいって言ったから妬いてるのかな?
「妬いてんの?ぺこちゃんはあくまで幼馴染だよ。」
そう言ってなだめようとしたら、
「そんなこと知っているよ、純粋に藤矢は今日見たバンドの中で
 一番かっこよかった。」
バンドマンとしてかっこいいって言ったのか。早とちりしてしまった。
「間違いないね。」
そんなことを話しているうちに、
続々とロボチョッパー目当ての観客がゾロゾロと集まり始めた。
日が落ちてきて、吹く風も気持ちいい。

出囃子と共にでてきたロボチョッパーは様子がおかしかった。
以前、彼からはRUSH同様始まりは即演奏するって彼から聞いていたのに。
「えー、先ほどはうちの後輩バンドが失礼いたしました。」
私のせい!?
「しっかり教育出来てなかった僕たちにも責任がありますし、
 しっかり叱ってやりましたわ。やるなら3曲くらい使えって。」
会場から笑いが起こる。なんだ、怒ってないのか。
掴みとしては十分な歓声だが、ヒヤッとした。
「あいつらは次がなくなるかもしらんといったけど、安心してください。
 僕たちがそんなことさせませーん!」
そう言うと脇から出てきたのはフェスの主催をしている人だった。
会場のテンションが一気に上がる。
「いやー、あいつらやってくれたなー。最高に盛り上がってたやん。」
そういって主催者は笑っている。
「ロボチョが、RUSH超えられるとは
 思われへんので助っ人として来ましたー!」
主催者がきただけで空気が変わる。
先ほどの出来事がなかったのように盛り上がっている。この人、すごい。
「てっちゃんがあの人の事、好きっていう気持ちがわかった気がする。
 スケールがでかいね。」
彼も、興奮気味にうなずいている。前奏が始まる。これは偶然だ。
でもここまで来たら私たちの為にやってくれているとさえ錯覚してしまう。
「やばいね、バイブスぶち上がるね。」
私が初めて彼から教えてもらった曲だ。
私にテンションメータがついていたら、とっくに振り切ってしまっている。

3曲目の演奏が終わった時、ロボチョッパーのボーカルが話し始めた。
日がほとんど落ち、あたりが暗くなっている。
「RUSHから絶対やってほしいって言われた曲があるんやけど、
 やるの癪やから違う曲やろうと思います。」
えぇー!観客から煽りが入る。
「だって俺、そんな可愛い幼馴染おらんかったから嫉妬するやん!」
笑いが溢れる。私の事言われているのがわかるので恥ずかしい。
「どーしてもやらなあかんか?」
脇を見ているのでたぶんペコがそこにいる。ペコも底なしに良い奴だ。
「後輩の頼みやったらしゃあないかー。
 つっても、僕らこのフェスでこの歌のおかげで
 ここまでやってこれたから、歌うなって言われても歌うけどな。
 お前らー!藤矢の幼馴染、友達さん、聞いてください『七夕』。」

ロボチョッパーの演奏が終わり、
主催者がメインステージで演奏しているを聞き終えて
私たちは会場を後にした。
「本当に、最高だったね。正直、今日死んでもいいくらい満喫したよ。」
正直な感想を述べる。
「死なれるのは困るけど、
 楽しんでもらえたならチケットとれてよかったよ。」
今日の日の事は一生忘れない。忘れられるはずがない。
「てっちゃん、ほんまにありがとう。
 みんなに迷惑かけたのに、ぺこちゃんも、、、」
すぐに涙が込み上げてくる。
「良いサプライズだったでしょ?葵が僕たちにしたことを思えば、
 甘んじて受けないといけないよな。」
と言って、彼が頭を撫でてくれる。

私は愛されている。
彼にもペコにも私を知ってくれる全ての人に。こんな幸せな事はない。
自分で勝手に作ったルールのせいで
ずいぶん遠回りをしてしまったけど、、、
人生に決まった正解はない。行ったことを振り返った上で、
今が幸せと思えたら正解なんだと思う。この幸せを手放したくない。
私たちの中の愛情表現は人とは違うかもしれない。
それでも、私は彼に聞く。
「てっちゃん、ひとつ聞いていい?」
何度も繰り返したやりとりだ。
「僕に答えられる範囲であれば。」
いつものように返してくれる。
「最近、熱中してる?」
お互いの気持ちが変わらないことはお互いがよく理解している。
「してるよ。」
知ってるよ。
「なにに?」
答えはわかりきっている。
「葵に。」
いつもありがとう。私も君に熱中してるよ。
出会った時から、これからも。今日はもう一つ付け加えていいかな。
答えなんてどうでもいいんだけど。
「どれくらい?」
聞いた瞬間に彼の顔が私の耳元にきて
私にだけ聞こえるように答えてくれる。
「眼球にくちづけしたいくらい。」
それは私の事をずっと想ってきてくれた彼にしか出ない言葉だった。

fin

眼球にくちづけを。七夕 歌詞|宇吉 (note.com)


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