眼球にくちづけを。中野視点5話

神なんていなかった。
仮に神がいたとするなら、私は嫌がらせしかされてない。
会うことができたなら、全力でドロップキックをかまして、
死ぬほど罵ってやる。
『絶望だよ。もうすべてが終わったんだ。』
彼にそう告げた。主語のない文面にも関わらず、
『やっぱりあかんかった?まぁ、残念やけど人気があるから仕方ないよ。』と、返事がきた。今日は、フェスの一般先行の結果発表だった。
クラスの中にいるときは目立たないように行動することを
決めていたのだが、あまりのショックで1日中頭を抱えていた。
その姿があまりに珍しかったのかクラスの奴らが
ざわついていたが当然無視した。真田君が心配してくれたのか、
『来年行こうよ。』
と言ってくれたが、
『今年のフェスは今年しか無いように、
 今年の私は今年にしかいないんだよ。』
と返事を打った。もう時間がないのだ。色は完全に失い、
視界の端にあったぼやけが広がってきている。最近、
あまりに見えなくて人にぶつかることが多くなってきた。
人とぶつかる度に私の心は崩れていく。
ある程度病気と向き合っているつもりではいたが、現実に直面するたび、
その場で膝をついて大声で泣きたくなる。叫びたくなる。
なんで、病気になってしまったんだと。なんで、私なんだと。
その気持ちは真田君と話すようになってから、強烈に大きくなっていった。原因はわかっている。どれだけ自分の心に蓋をしても漏れ出てくるのだ。
私は真田君の事を好きになってしまったのだ。
彼に私を熱中してもらう過程の中で、
真田君の事を知ろうと必死になった結果がこれだ。
ミイラ取りがミイラになるとはこのことだと、自分で自分を笑う。
恐らくこの気持ちを消すことができない。
でも、ここまで来て計画を止めることは私にはできなかった。
どのみち、この先彼とはお別れになる。そしたら会うこともない。
死ぬほど嫌われたとしても、私が自分の中でした賭けに勝ったなら、
私自身先に進める。どこまでも自分本位で身勝手な話だが、
一生恨まれてでも、彼の記憶の中に私が生きていてほしい。
スマホが鳴る。
『さっき調べたけどロボチョッパー、
 単独ツアーやるらしくて10月に関西来るからそれ行かへん?』
真田君から誘ってくれた。それだけでも泣きたいほどうれしい。
でも10月か。その時にはもう、、、
『行く。』
とだけ返信を打ち気持ちを切り替える。
ネガティヴなことを考えたら気持ちが折れる。
そんな醜態をクラスの中では見せれないので抱えていた頭をあげ、
平常運転に戻った。今は休み時間中だ。
真田君はペコちゃんと楽しそうに話していた。

LINEを交換した時から、ほとんどやりとりが途切れたことはない。
私自身もすごいが真田君も付き合ってくれている事が純粋にうれしい。
真田君がライブに誘ってくれた次の日も普通に連絡を取り合っていたが、
次の日突然、
『今日の放課後、時間あるかな?話したいことがあるんだけど。』
真田君から、初めて誘われた。心臓が大きく脈を打っている。
『え?真田君から誘ってくれるのって初めてやん?もちろん行くよ。 
 話したいことって私への告白だよね?』
感情を隠すために冗談めいた返事をする。本当だったらなおうれしいが。
『全然、違うよ。ただ聞いてみたいことがあって。』
違うんかい。
『フーン、そうなんだ。少しがっかりだよ。
 熱中してくれていると思っていたのに。
 放課後、いつもの喫茶店に行ってるね。』
そう返事をしたら
『とりあえず、学校が終わったらすぐに向かいます。』
初めて、了解の連絡が返ってきた。そんな些細な事でさえうれしい。
早く学校終わらないかな。

終了のチャイムと同時に席を立つ。
最近、急激に視野が狭くなっていて、歩く速度が遅くなっている。
正直、一人で歩くのも怖いくらいだ。
もう、真田君より先に喫茶店に行くのは無理かな。
そんな些細な事でも考えたら泣けてくるので
何も考えずに喫茶店に向かった。

駅から喫茶店は人通りが少ない。
何度も往復しているが、そんなに人とすれ違うことがない。
前を歩く人を認識することができた。
ただ、それが真田君なのかはわからない。近づいてみたら、
真田君がいつもしているヘッドホンだったので彼だと分かった。
「おーい。」
呼んでみても気づいていない。そうだ、聞こえてないのなら、
「真田君、私は真田君が大好きです。私に出会ってくれてありがとう。
 私の変な行動にいつも付き合ってくれていつもありがとう。」
声に出して、そういうと涙が止まらない。もうすぐ喫茶店なのに。
喫茶店の到着までずっと真田君の後ろについて歩いて行った。
もう、一人ではこの喫茶店に行くことも難しいな。
到着したらしく、
真田君がドアノブに手を掛けようとしたので、肩を叩いた。
突然、肩を叩いたせいですごく驚いていた。ヘッドホンを外した真田君に「後ろから声かけてたのに、全然気づかないね。音でかいんじゃない?
 むしろ、頭降ってノリノリだったから面白かったよ。」
と言ってあげた。彼の顔がみるみる赤くなっていく。
そんな姿がいちいち愛らしく感じる。
「冗談だよ。黙々と歩いてたし、速度が速いから追いつくのが
 やっとやってん。とりあえず、中入ろ?」
そういって、私はドアノブに手を掛け颯爽と中に入り、
記憶を辿っていつもの席に着いた。
「毎回言ってるけど、しっかし熱いよねー。」
「確かに毎回言ってるな、でもこれは完全に異常気象やな。」
いつもの会話で話に弾みをつける。
「で、話したいことって何?初めて誘われてのに、
 普通に告白じゃないって言われて傷ついたわー。」
と、手で顔を覆ってみせた。突然の誘いだったので、
期待半分、不安半分だった。
「告白なんてしたことないけど、順序ってのがあるんじゃないの?
 知らんけど。」
あれ?意外と好印象持ってくれてるんだ私に。
「じゃ、今順序を踏んでいってるわけね。オーケー、
 今日は何の話かね。」
何の話かなー、良い話だったらいいんだけどな。
「いや、まぁその気になってたんやけど、
 中野さんて、幼少期からそんな感じやったん?」
私は頭の中でいくつものはてなが浮かんだ。
なんで今、昔の話が出てくるの?関係なくない?
「そんな感じとは?」
思わず、低いトーンで話してしまった。
「周りに同調せず、我が道を行く感じ。」
何かがおかしい。こんなこと急に聞くなんて。
「急にどしたん?そんなん今迄言うたことなかったやん。」
そう返した時、マスターがコーヒーを持ってきてくれた。
「いや、急に気になって。小さいころの中野さんを知らんなー思て。」
黙っていろいろ考えた。そういえば昨日、
やたら真田君と喋ってたやつがおったな。
「ぺこちゃんやな。」
確信に近い考えで私は答えた。
「なにそれ?」
藤矢のあだ名を知らんのか。そういえば私しか呼んでなかったっけ?
「あー、うん。藤矢からなんか言われたやろ。」
「え、いや、そんなことないよ。」
間違いない。ペコが余計な事いいよった。
「昨日、放課後一緒に帰ってやろ。ちなみにぺこちゃん言うのは、
 苗字が藤矢やからケーキの不二家からとって、私が小さい時から
 呼んでたんよ。」
真田君の目が泳いでるように見える。
対面して座ると近いので何とか視認できる。
「その通りです。昨日、藤矢から中野さん、
 中学卒業する直前まではすごく明るくて周りから
 すごい好かれる奴やったんやって聞いたから。」
あの阿保、余計なことしやがって。
「あいつ、余計な事いいよって、、、」
そういうと、真田君は冷静に、
「余計な事?藤矢かなり心配してんのそんな言い方ないやろ。」
「それが余計やねん。私がいつぺこちゃんに心配してっていうた?」
一度、苛ついた心はなかなか収まらない。
真田君もヒートアップしている。
「そんなん言うてないんやろうけど、仲いい友達がある日
 人が変わったように静かになったら誰でも心配するやろ?」
あぁ、ダメだ。心ではだめだと分かっているのに、
頭に血がのぼって、口が勝手に動き出す。
「大きなお世話や。私の事は私にしかわからへんし、ペコにも言うといて。
 金輪際、心配する必要もなければ私はそんなこと望んでもない。」
かなり強く言ってしまった。
「自分で言わんかい。」
真田君の声が店内に響いた。
「俺は、高校入った中野さんしか知らんけど、藤矢はそうじゃない。
 高校入ったらもとに戻ってるかも思って傍観してたけど、
 一向に変わらん中野さん見て、俺に相談した
 あいつの気持ちがわからんの?」
諭すように話してくれる。でも、昔の私なんてどうでもいい。
「今の私は今しかないの。先の事はわからんけど、
 真田君は今の私を見て。それが全てやから。」
精一杯の気持ちだった。残り僅かな猶予の中で、
昔の話を持ち込む時間は一秒もない。
「ごめん、全然意味が分からへんわ。女の人とこんな色々話したこと
 初めてやし、俺が力になれる事あったら惜しまんつもりやったけど、
 今日で、中野さんの事が余計わからんくなった。」
私は下を向いて黙ってしまった。沈黙が続き、耐えられなくなって、
「この話、終わりにせえへん?
 私は、真田君には何でも言うてるつもりやし、
 昔の事なんて、ペコから聞かんかったら、気にもしやんかったやろ?」
そうだ、あいつが余計な事さえしなければ。
「それでも、俺は昔の事を知ってしまったし、藤矢は友達や。
 そいつが悩んでるんやったら協力してあげたい。」
真田君の気持ちもわかる。
そして自分がどんだけ変なことを言っているのかも。
「この話は一生平行線やで?私も話すつもりはないから。」
もうほとんど見えていない目で真田君を見ながら話す。
「やったらもうこんなコソコソ会うのは辞めにしよや。
 何があったんかは知らんし、ごめんやけど今の感じで
 今まで通りには俺には出来へん。帰ろ。」
そういって、彼は立ち上がった。ダメだ、整理ができない。
「私はまだおる。先帰って。」
きっとこういうと残ってくれるものだと思っていた。
しかし彼はあっさりと帰ってしまった。
あかん、このままじゃあかん。なにもかもが終わってしまう。
追いかけたいのに、体が動かない。ショックがでかすぎる。
3分ほどしてマスターにお会計をし、外に出たが、彼はいなかった。
いや、いたとしても視認できない。
とぼとぼと帰る中で、「あー、終わったな。」と心で思っていた言葉が
思わず漏れた。声が漏れたのと同時に涙が溢れてくる。
だめだ、人前で泣くなんてみっともない。
心ではそう思っていても瞼からあふれ出てくるものを
止めることはできなかった。

中野視点6話:眼球にくちづけを。中野視点6話|宇吉 (note.com)

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