松下幸之助と『経営の技法』#139

7/3 命令と自発的な創意

~地位による命令で人を動かしていないか。自発的な創意が出にくいようにしていないか。~

 人の上に立つ重要な地位にある人は常に反省する必要があるということは、人間は知っていても、その反面では違ったことを考えている。すなわち自分の地位の高さ、自分の年齢によって人が動くということのみを認識して、すべてを命令によって行おうとするのである。
 これは上手な方法ではない。いや憂うべき策といったほうがよい。このようなことがくり返されれば、部下は自然とその自発的、自主的な創意を出す機会が少なくなり、命令に従ってさえいればよいという習性ができてしまう。そして多くの場合、その一団の能率は下がるという結果になるのである。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編・刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 ここで、従業員の主体性を強調している点は、特にリスク管理の観点から見ると、非常に良く理解できます。それは、「リスクセンサー機能」の場合に特に顕著です。
 すなわち、会社組織を人体に例え、体の表面に張り巡らされた神経網が、どのようにリスクを感じ取っているのかをイメージしましょう。それぞれの神経は、熱い、痛い、等の簡単な情報だけを感じ、報告してきます。それがあることで、人体は相当な量のリスクを感じ取れています。例えば、右足首の神経が痛みや熱さを感じ取らず、あるいはそれを報告し無くなれば、右足首が捻挫したり、火傷したりしたことが報告されないことになります。そうすると、右足首が相当傷ついた場合でなければ、問題は報告されず、リスクを事前に回避することは到底期待できません。せいぜい、右足切断を避けられるかどうか、という程度でしょう。
 この、神経網の活動が、会社の全従業員の活動である、と置き換えてみましょう。
 例えば、最悪な場合は、「会社には法務やリスク管理があるから、リスクを感じるのは現場の仕事ではない」と開き直ってしまう事態です。法務やリスク管理が、現場での、例えば「納品された原材料の品質」等のリスクを気づくことはできません。現場こそが気づくべきリスクであり、自分たちの仕事と自覚してもらわなければ困ります。
 さらに、自分たちの仕事と自覚したとしても、そこで嫌々言われた報告だけを上げるのと、何かおかしいことがあれば、会社や自分にとって大変なことになるかもしれない、という主体性を持って報告を上げる場合を比較してみましょう。上がってくる情報の質量共に、後者の方が高くなることは、説明するまでも理解できることです。
 このように、全従業員が自発的に仕事に取り組むかどうかということは、リスク管理、特にリスクセンサー機能の観点から見て、明確です。これは、経営自体についても同じです。全従業員から意欲的に提案やアイディアが出される状況、あるいは「カイゼン」「QC活動」「シックスシグマ」などが効果的に機能している状況を考えると、これも容易に理解できるのです。
 そうすると、従業員の自発的な活動を促す方法が重要な問題となります。
 ここで、松下幸之助氏の言葉から連想され、同様の問題意識を伝えようとした言葉を紹介しましょう。帝国海軍大将の山本五十六の言葉です。色々な細かいバージョンがありますが、以下の言葉が比較的ポピュラーでしょう。
やって見せ
言って聞かせてさせてみせ
褒めてやらねば
人は動かず
 この言葉は、口先だけの指示では足りないことや、褒めなければならないことを強調しています。人事系のコンサルタントなどが好んで引用する言葉で、聞いたことのある人が多いでしょう。
 そして、ここで特に注目したいのが、帝国海軍の軍人がこのことを言っている点です。
 すなわち、軍隊は強烈な規律で一体性が維持される組織であり、上司の命令には絶対服従です。つまり、簡単にこの組織体制に乗っかり、命令だけで部下を動かしていけば、組織的な活動は十分可能なはずなのです。
 ところが、その軍隊の大将が、命令ではなく、「褒めて」人を動かすことの重要性を説いているのです。
 すなわち、上司の命令が絶対服従の組織であっても、命令だけで嫌々人を動かしても、期待される効果が上げられない、現場の自発的で自主的な活動こそ、組織にとって価値がある、ということを意味するのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、ワンマンだったり、創業期だったりすると、経営者個人の資質で経営が成り立っており、したがって、経営者の命令を現場が聞くことだけが重要である、という場合があります。それはそれで、会社の一体性や突破力が高く、企業や経営が成長していく過程で通過すべき形態かもしれません。
 けれども、経営者の目の届かない領域まで事業が広がっていけば、全てを上からの命令で動かすことは難しくなります。その意味で、次の経営者を育てつつ、上手に仕事を他人に任せながら、主体性やリーダーシップを育てることが、会社を大きく育てて欲しい場合の、経営者に期待される資質となるのです。
 さらに、命令だけで組織を動かそうとする経営者には、短期的な成果を上げようとする傾向が強いように思われます。強烈なリーダーシップで組織を一丸とすることは、例えばそれまでの非効率や、突破力の欠如などを克服することにもつながりますから、それはそれで悪いことではないのですが、下手をすると、上からの指示を待つ人材ばかりが育ってしまい、中長期的に見た場合、組織の成長を阻害してしまいます。
 つまり、中長期的な視点から会社の体力を強くする、という視点で見た場合にも、従業員を育てることが重要であり、それが、経営者に求めるべき資質になるのです。

3.おわりに
 優秀な従業員が必ずしも良い管理職者になるわけではありません。むしろ、自分と同等のことを部下に求め、できない場合には事細かに指示して介入してしまい、任せて成長を待つことができない場合が多いのです。気づかない人、できない人の感覚を理解できないことも、原因となります。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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