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記事一覧
【短編小説】黄色い折り鶴に乗って(改訂版)
夢には二つの意味がある。一つは夜に見る夢、二つ目は願望としての夢だ。しかし、夢にはもう一つの世界があると、東吉は今でも信じている。 中学三年の、一学期のことだ。通学途中に、「巫山莊(ふざんそう)」という年代物のアパートがあって、どことなく大好きな江戸川乱歩の小説にでも出てきそうな雰囲気が気に入っていた。写真家の父上の影響もあって、東吉は学校では写真部に属し、特に昭和レトロの世界をモチーフと
【短編小説】吸血鬼との深夜の対談(改訂版)
深夜の公園は、吸い取り紙を押し当てたみたいに、ひっそりと静まり返った。
恵太は自転車を降り、タバコに火を点ける。昨今、昼間の時間帯なら非難されかねないが、真夜中の一時過ぎとあれば、許してもらえるだろう。
そう。不意に目が覚めたのだ。この所、訳も無くこの時間帯に目が覚める。普段なら、ウイスキーのダブルをストレートのまま呷って、再び布団に潜り込む手順ながら、バイトの定休日とあって、ふと
【短編小説】ルリ子さんの肖像(改訂版)
「高藤君、ルリ子とデートしてくれませんか?
美術教師の石井先生からかく言われた時、高藤信也も言葉に詰まってしまった。と言うのも、当のルリ子さんというのが、つい目の前の、十号ほどの肖像画だったからだ。
※
T高校に入学すると同時、信也は即刻「美術部」に入部を決めた。勧誘を受けたわけではなく、元来絵は好きだったこともあったが、部室の隅で美術担当の石井先生が描いていた肖
【短編小説】あの日見上げた空を僕は忘れない(改訂版)
高校三年の春のことだ。買ってもらったばかりのロードバイクに乗って、あてずっぽうに走り回っていたいた時……倫吉はふと、懐かしいけしきに出くわした。
「わすれなぐさ幼稚園」
そう。倫吉がかって通園していた幼稚園であった。自宅からそれほど隔たってはいないのだけれど、思えばこの方面に足を向けたことはめったにない。
倫吉はバイクを止め、しばし正門から園内を覗き込んでみる。休日とあって園
【短編小説】紙ヒコーキの運んでくれた恋(改訂版)
久しぶりに自室二階の窓を全開にすると、生暖かい春風が無邪気に流れ込み、淀んでいた冬の名残を蹴散らすかのようであった。
売れない密室の作家。つい気取って突っ張ってはみても、この所、さっぱりアイデアが浮かばない。お袋には散々嫌みを言われるし、若干とはいえその庇護を受けている甘ったれの身も、三十歳を過ぎたとあれば、そろそろ人生との折合いをつける潮時かも知れないのだ。
井上涼太は、自分の名前
【短編小説】薫のワルツ(改訂版)
中学生活も終わり、一週間後には祐吉も高校に進学する。
なんだか、「こどもの季節」も、引き摺られるように終わってしまうように思えるのだ。
受験を終え、のんびりとした楽しい春休み。友達から遊びに誘われていたのだけれど、祐吉はあっさりと断ってしまった。
それでも、受験勉強をしていた頃は、春休みには思い切りハメを外したなイタズラで楽しもうとみんなで話し合い、その企みも計画していたはず……
洒落
(短編小説)後ろ姿のアルバム
(短編小説)後ろ姿のアルバム
銀騎士カート
二十年近く前に亡くなった母の遺品の中から、一冊のアルバムが見つかった。ちょっと無理を承知でローンを組み、新築のマンションに引っ越す、その数日前のことだ。桐の箪笥の底で眠っていたそのアルバムは、私の写真で埋っていた。しかも……その全てが後ろ姿という異様なものだった。
実は私は私生児で、母は女手一