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農林水産省の変革と心理的安全性  働きやすさと学習する職場の両立を目指す

2024年、農林水産省 事務次官 横山紳さまとの対談を行いました。

農林水産省では心理的安全性を軸とした働きやすい職場づくりに力を入れています。組織の長としての、横山さんの思いや具体的な取り組みについて伺いました。

心理的安全性を「知識から実践」へ

石井:2023年2月と2024年1月の2回、わたしたちゼンテクから農林水産省の皆さまにマネジメント研修を行いました。心理的安全性に取り組もうと感じたきっかけや、組織運営上の課題について教えていただけますか。


横山:仕事をする上で「明るさ」は非常に大切だと考えています。明るい人に人は魅かれていく傾向や、話を聞いてもらいやすくなるものだと思います。

 また、石井さんの講演でもお話がありましたが、農林水産省のような大きな組織において、上の立場にある者とのコミュニケーションでは、心理的安全性の担保が難しく、緊張感が生まれやすいものです。組織上のパワーが強い側が、相手に合わせることが必要だと感じています。

事務次官室にて、横山さまとのご対談が実現


石井:ありがとうございます。研修には、農林水産省の幹部のみなさまをはじめ、オンライン参加も含めると管理職700名が出席された、大規模な研修となりました。

 また、その中で横山事務次官をはじめとした幹部の皆さんによるコミットメント表明が強く印象に残っています。初回研修後、この一年間の横山さん自身の実践について教えていただけますか。


横山:研修後はさらに積極的にコミュニケーションを取ろうと、この事務次官室でいろいろな職員と順番にランチをする機会を多く設けています。私たちは農林水産省なので、おにぎりなどを食べながら会話を楽しんでいます。

 また、農林水産省職員で2万人おりますが、本省にいる職員よりも地方で働いている職員の方が多くいます。

 地方職員の考えも知りたいということで、全国8ヵ所に農政局というものがありまして、順番に回って対話をしています。私が話をするというより、相手の話を聞くスタイルで行っていて、「そんなに気負わず緊張せずに話して欲しい」と伝えながら進めてきました。

 本音の言葉が出てくるなど、今後の組織を考えていく上でも、大変実りのあるものになったと考えています。


横山 紳(よこやま・しん)兵庫県神戸市出身。
1986年(昭和61年)3月、東京大学法学部を卒業。同年4月、農林水産省へ入省。
大臣官房総括審議官(国際)、経営局長、大臣官房長などを歴任し、2022年6月より現職。


石井:よりよい組織・よりよい省庁づくりに向け、省内のウェブサイトにコミットメントを掲載するなど、様々な施策を展開されたとお聞きしています。実践と変化についてお伺いできますか?


事務次官・横山さまをはじめ、幹部職員が同様のコミットメントを明示


横山:幹部職員のコミットメントに関しては、まさに本人がその場で書いたものを写真撮影して掲載しました。

 それに加えて局長クラスや課長クラスの管理職が自身の考え方や仕事の進め方などを職員向けの掲示板に掲載する「上司のトリセツ」というものを作っています。先ほどの幹部職員のコミットメントと同じような効果を感じています。

 「自分で言い出したのだから、きっちりやらなきゃ」という、自ら宣言したことを実行しようという意識につながっていると感じます。


石井:ありがとうございます。この一年間の取り組みを通じて感じた、特に管理職や組織全体に対する手応えや変化はありますか。

横山:研修後のアンケートでは、「話しかけ方を工夫して話しやすさに取り組みたい」「部下の意見をきちんと受け止めることが大切」といった声が多数ありました。研修をきっかけに様々な気づきが生まれ、組織全体の土台づくりに役立っていると感じています。

 また、全幹部職員が研修を受け、心理的安全性が共通言語となり、「コミットメント」や「上司のトリセツ」を通じて行動に移す、インプットとアウトプットのサイクルが回り始めたことで、良い組織づくりの土台形成ができつつあると感じています。


挑戦できる組織へ

石井:若手職員の方々に期待することはありますか。

横山:明るく仕事をすること、また、石井先生のおっしゃられた心理的安全性の4因子の一つである挑戦することが大切だと考えています。

 若いということは、多くの可能性があり、許される部分も大きいと思います。若手には積極的に提案してほしい。全てが通るわけではないけれど、自分でいろいろと考えて提案する経験の積み重ねが、将来より責任ある立場になった時に、実現する力になるはずです。

石井:素敵ですね。挑戦という観点でいくと、やはり「間違ってはならない」「失敗してはならない」という感覚は省庁のみならず、日本の組織では根強いと思っています。何もやらないと確かに失敗は無いかもしれませんが、実はじわじわと世の中の変化に取り残されていくだけなんですよね。

 無謬性や完璧を求めすぎることこそが、いまの変化の激しい時代にあっては間違いだと思います。

 自分たちの小さなチームや、上司との間ではたくさん間違えて修正してみたり、時には上司の間違いを見つけて、建設的に議論をぶつけてみたり。組織としても個人としても「間違える経験」をたくさん積んで、視点や知見が増えていくことが重要だと思います。


横山:おっしゃる通りだと思います。当省の様々な取組の中には、ある程度冒険ができるものもあります。そこで若手の斬新なアイデアを生かしたい。

 また、それだけではなく「どうしたら日本の農業が変わるか」など大きなテーマについて議論してもらいたいですね。若い人たちが持っている柔軟性を活かしてくれることを期待しています。

一つ一つのテーマに対し、快く丁寧にお話しいただく


石井:未来に目を向けて、農林水産省という組織の理想像についてお聞かせください。


横山:私たち公務員の仕事は、ある程度長いスパンで物事を捉えることが重要だと思っています。例えば、20年後30年後、日本の農業あるいは食料というのはどうなるのだろうか。そのために政府として、国として何ができるのだろうか、常に広い公益的な視点を国民のためにより一層意識して仕事をしていくことがこれからも必要だと思います。

 さらに言うと組織なので、色々な仕事があります。自分たちとは異なる役割の方々が仕事をしてくれているから、組織が回っているということに一人ひとりの職員が思いを馳せながら、農林水産省全体で国民から求められる使命を果たしていきたいですね。

石井:役割という話が出ましたが、職員のお一人おひとりが、自身の仕事の意義を言語化し、また実感できるようにすることは重要だと思います。そのためにも、上司や幹部職員が部下の仕事を見ながら適宜、仕事の意味づけを話して頂くとより良いと思っています。

 「この仕事は、未来のこういうことに繋がっているんだ」とか「この業務がうまくいったことで、こういう影響があり得るだろう」というようにですね。


横山:今、石井さんがおっしゃったように、特に日々のコミュニケーションや称賛を通じて仕事がどのように役立っているかをしっかりと伝えてあげることが大事なんだろうなと思っています。

石井:称賛は「挑戦」を加速するキードライバーだと考えています。その人なりの挑戦に対し、称賛までいかなくとも、反応もコメントもないと、組織の挑戦の総量が減ってしまうんですね。挑戦者は「挑戦しない方がよいのだろうか」「やめた方がいいのだろうか」と不安になってしまい、不必要に挑戦へのハードルが上がってしまいます。

 称賛にはタイミングが重要で、挑戦の継続や工夫による成果が出たから褒めるのではなく、組織の価値創造や懸念払拭のために新しい取組をしようと「やりはじめた」時が大切です。まだ取り組んでいる本人も成果が出るかどうかが分からない。その不安な最中に、上司や同僚からの背中を押す一言やサポートを行う姿勢が挑戦する意欲を後押しします。

心理的安全性と仕事の基準の両立


横山:ありがとうございます。一方で、若手への指導をどこまで厳しくしていいのか管理職は悩んでいます。

 石井さんの講義の際に「仕事の基準が高いか低いか」のお話がありましたが、仕事の基準も上げつつ心理的安全性も確保するためのコツというかポイントなどありましたら、教えていただきたいです。


石井:厳しさや基準の高さについては、「意義ある仕事や成果のための、必要な厳しさ」なのか「根拠が薄く、理不尽な厳しさ」なのか、このふたつのことを峻別しておくのが重要だと思います。ミッション達成のために妥協しない厳しさなのか、単に上司の機嫌で変わる厳しさなのかということです。

 先ほど「国家の20~30年後の」というお話も出ましたが、国民の未来のために意義ある仕事という観点を持てば、建設的な意見が出しやすくなります。弊社ゼンテクでも心理的安全性を調査するSAFETY ZONE®という組織診断サーベイで検証していますが、心理的安全性の高さと仕事の基準の高さは、決して相反することはなく、むしろ相関があります。

 いわば、高い基準の共通認識を持ち、意味ある仕事に組織・チームで向かっていく時にこそ、人々は「そのためには、もっとこうすべきだと思います」と自らの意見を表明しやすくなるんですね。

 そのためにも普段から上司と部下が対話を重ね、働きぶりを伝え合うことが重要だと思います。期待値の認識を揃えることで、部下のモチベーションアップにつながります。


横山:私たちの仕事は、成果の数値化が難しい面があります。そんな中でも上司が仕事の質を見極めていくことが重要ですね。

農林水産省が心理的安全性へ取り組む意義

石井:最後に、あらためて横山さんからみた農林水産省が心理的安全性を軸にした取り組みを進める意義や目的を、お伺いしたいと思っています。

横山:私たちがミッションを果たすには、それぞれの組織が機能していなければなりません。そのためには、色々気遣って物が言えないとか、あるいはとても怖くて言えませんといった風土では困るんです。

 上下も横も関係なく、しっかりと意見を言い合ってその上でベストの選択をしていかないと最も良い結論にはならないと思っています。

 2万人の職員にとっての心理的安全性、まずはここに注力したいです。心理的安全性が確保されないような職場にしてはいけないし、そういう人が上に立つのは望ましくないということだと思います。


石井:いま横山さんのおっしゃったことは、日本社会全体に対してもそうだと考えています。

 弊社でも2022年から、心理的安全性を軸とした良い組織づくりの取り組みを表彰する「心理的安全性AWARD」を開催しています。この取り組みを通じて、社会全体に心理的安全性の重要性を広めていきたいと考えています。

2024年7月5日に表彰式を行う。本年で3回目の開催。


横山:心理的安全性は社会全体に必要なものだと感じています。ゼンテクさんの取り組みや、心理的安全性AWARDには期待しております。組織の垣根も越えて、お互いに学び合いながら、働きやすい社会を作っていければと思います。

 農林水産省としても、これまでの研修で学ばせていただいたように心理的安全性を大切にしながら、国民の皆さまの期待に応えられるようより良い組織づくりを進めていきたいと考えております。引き続きよろしくお願いいたします。


石井:本日は貴重なお話をありがとうございました。皆で知恵を出し合いながら、働きがいのある組織を全国に広げていきましょう。農林水産省のみなさまの、益々のご活躍を祈念しております。

ご協力いただき、心より感謝申し上げます。


”組織課題の見える化と行動変容プロジェクト”
株式会社ZENTech(ゼンテク)
https://zentech.jp/


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