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Destructive Impulsion

Destructive Impulsion

不意に湧き上がった怒りに
僕は囚われた

季節外れの暑さだった あの日

心の隙間に悪魔が するりと滑り込むように

瞬きする間すら無かった 一瞬の罠

唐突に
僕を取り囲むビルも木々も
傍らを駆け抜ける子供達も
ぬるい風も木漏れ日も川の潺も

そして 僕 自身 も

みんな 消え去れ と

あの感覚
紙一重 の バランス

あの時 あの場所で
僕がもしも 一人でいたなら
「それ」は 遂行された 

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恒河沙

恒河沙

彼はどこまで行くのだろう

その髪を靡かせ
決して振り返らない

暗闇の中 微かに見える太陽の光だけを見つめ
ただひたすらに 前へ

やがて黄金の輝きが彼の輪郭を切り取り
栄光と祝福が彼を包む

だがそれに奢る事無く
気付く素振りすら無いまま
光の向こうへと走り続ける

彼が目指す場所は
誰も知らない

きっと知ることなど出来もしないのだろう

それは此の世界ではない
遥かな高みの その彼方なのだ

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Schicht

Schicht

時間も 記憶も 降り積もる

舞い落ち 地層と同化する

振り返る事は 出来るだろう

だがもう 変えられはしない

時間も

記憶も

降り積もる

20231231

ぼくのしらないところで

ぼくのしらないところで

ぼくのしらないところで

だれかがいきている

ぼくのしらないところで

だれかがしんでいく

ぼくの すんでいるところを

しらないひとは たくさんいる

ぼく というにんげんが

いきていることを

しらないひとは もっとたくさんいる

たとえば たったいま

ぼくが しんだとしても

だれも そんなことなどしらずに

いきていく

でも このせかいで

たった ひとりでも

ぼくがしんだら 

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Heimweh

Heimweh

彼の地に戻りたいと思う その時

それは既に無いと

何度 思い知れば

この傷は

痛みを訴えなくなるのだろう

Mond

Mond

月にはウサギがいるなんて
遠い昔のおとぎ話

望遠鏡で見るそれは
平凡な岩の塊

だけど

月にも 夢はあったのかもしれない

だだっ広い宇宙を飛び回りたいという
果てのない夢が

それでも 月は
地球の引力に自由を奪われ

地球も太陽に自由を奪われ

皆 宇宙の法則に従っている

月にも 夢があったのかもしれない

でも そんな素振りは微塵も見せず

ただひたすらに あの天空で

のんびりと楕円

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来たれ同朋、約束の地へ:SideB

来たれ同朋、約束の地へ:SideB

「また、物好きなもんだな」

 数ヶ月ぶりに取材依頼の電話を受けた。 しかも3泊するらしい。
 取材ならせいぜい1泊、酷い時には日帰りだって珍しくない……ま、後から連泊キャンセルされるくらいは覚悟しておくか。

「おとまりのおきゃくさんがくるの?」

「そうだ」

「ふーん」

 相変わらず、杏(あんず)の反応は薄い。それでも嫌がるような事は無くなったから、今はそれで良しとする。

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来たれ同朋、約束の地へ:SideA

来たれ同朋、約束の地へ:SideA

 私の記憶にある あの場所は
 灰色に霞んで薄暗く沈殿している

 父の仕事の関係で2年だけ住んだ街
 とりたてて楽しい思い出も無く
 通った小学校でも友達らしい友達はいなかった

 ただ 一人
 夕方の 学校近くの公園で
 必ず遊んでいた男の子
 その子の事は たびたび思い出す

 一緒に遊んだわけでもない
 むしろその逆

 一度だけ『遊ぼう』と声をかけた時
 その子は怯えと怒りの混じったよう

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お手つき

お手つき

 まだ梅雨の明けない、湿度が不快感を呼び起こす夜。
 インターフォンが鳴り、お届け物ですと配達員の声。

 特に何も頼んではいなかった筈なのに……と思いつつも受け取った。差出人の欄には、もう何年も前に別れた女の名。

(……おかしいな)

 女は、確か半月ほど前に死んだと聞いた……勿論、死に顔を見た訳じゃないが。
 しかし住所は確かに、彼女の実家のものだ。

 何かのいたずらか、それとも……。

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春、巡り。

春、巡り。

「え、就職しないの」

「うん。やっぱ俺、これ以外考えられんわ」

 春まだ浅い2月。
 卒業を前に最後のクラスコンパが開かれた。

 4年間の思い出話から、自然と話題は今後の事へと移って行く。 院へ進学する人、家の仕事を継ぐ人、就職する人……それぞれがそれぞれの期待と不安を胸にしながら、互いの進路を語り合っていた。

 そんな場で唐突に聞いた、柑子(こうじ)の爆弾発言。

「でも、就職決まったっ

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行き違い

行き違い

「……はい?」

 ノックの音でドアを開けてみれば、そこに立っていたのはおばあちゃん。

 見覚えの無い顔だわ。

「あの……」

 少なくとも私のおばあちゃんじゃない……っていうか、私のおばあちゃんはもうこの世にいないし。

「おや、珊瑚ちゃんじゃないのかね?」

 目の前のおばあちゃんは、私をまじまじと見てからそう言った。

「いえ、違います」

「おや、おかしいねぇ。確かにこの住所なんだけど

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道聞かれ顔

道聞かれ顔

 お見舞いからの帰り道。

 雨はまだ降っていたけど、かなり小降りだったから歩く事にした。

 温かい春の雨の中、買ったばかりの花模様の傘を差せば気持ちは自然と弾んでくる。

「良かった、あの調子なら今月中には退院出来そうよね」

 それなら退院祝いを考えなきゃ……そんな事を思いながら歩いていたら。

「あの、すみません」

 交差点で声を掛けられた。

「はい」

「道をお尋ねしたいんですが」

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最終列車

最終列車

「あら、いよいよなのね」

「あ、ホント」

 母と、おばあちゃんのお見舞いに行った日の帰り道。
 しばらく前から完全に使われなくなっていたレトロなビルの一角に、足場の建材が運び込まれていた。

「とうとう無くなっちゃうのかー」

「相当古いんでしょ?今の耐震基準だと完全にダメだって新聞に書いてあった」

「そりゃそうでしょう、もう100年近く前に出来たビルだもの」

 軽く笑って、母がビルを眩

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