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創作

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思いのままに書き散らした小説たち。短編ばかりまとめています。
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空をうつす目

空をうつす目

あなたの目は驚くほど綺麗だった。星空をうつしたような、雲ひとつない夜空のような、そんな目をしたあなたのことを、もう随分と忘れられないでいる。

あなたに出会ったのは、去年の春先のこと。深夜まで開いているカフェに入ったときだった。夜になれば通常のメニューに加えてアルコールが飲めるようになるからと、私が孤独に任せて足を踏み入れた店。時間とともに酔いが回り、ぼんやりとテーブルの木目を眺めていた時にあなた

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【創作】遺書

【創作】遺書

拝啓
この手紙を見つけてくださったあなたへ

私が生きている間にあなたに出会いたかったと、心の底から思っています。もしあなたが見つけてくれていたら、私の未来も何か変わっていたでしょうから。

何がつらかったの、とあなたは訊くかもしれません。
私にもよく分からないのです。どうしてつらいのか。どうして苦しいのか。そもそも、いつからこうなったのかさえ分からないのですから、全体が見えていないのも仕方のない

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幸せでありますように

幸せでありますように

拝啓
突然お手紙を差し上げる失礼をお許しください。あなたに伝えたい言葉が募って止まらなくなってしまったのです。

あなたに出会ったのは、桜が散り始めた頃でした。花を寿命、風を時間に見立てた人が、花を散らす風を“春泥棒”と書いていたように覚えています。時が流れて花が終わるのを命に喩えているんだと。

あぁ、すみません。話が逸れてしまいました。
そう、いちばん最初の話をしていたのでしたよね。私は一冊の

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眠れないあなたへ

眠れないあなたへ

夜に考え事をしてはいけない、というのはよく聞く話だと思う。これは夜の考え事の合間に読んでほしい文章だ。夜中のコーヒーは目が覚めてしまうから、温めた牛乳に蜂蜜でも溶かしながら、のんびりと。

夜はいつも、考え込む人に味方をしてくれない。どれだけ部屋を明るくしていても、窓の外はインクを流したように暗いから。長い一日を終えた身体が「いい加減にしてくれ」と声高に叫び始めるから。

考えなくて良いと言われた

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知らないあなたへ

知らないあなたへ

私は、あなたの居場所を全く知りません。あなたが普段どんな生活をしているのかも知りません。知っているのは、あなたの優しい声と少年のような笑い方だけ。だって、あなたはいつだって画面の向こうにいたから。
だから、雑踏の中であなたを探す手がかりは、あなたの声しかないんです。会いたくて仕方がない人を探すのに声しか頼りにならないって、あまりに残酷じゃありませんか。

一度でいいから、あなたに会ってみたかった。

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手当て

手当て

「綺麗」と彼女は言った。暑い日のことだというのに、彼女はずっとパーカーを羽織っていた。エアコンがあっても効きは良くなくて、僕の首筋にも、彼女の額にも汗が滲んでいた。
「本当に綺麗」と呟く彼女の目は、窓越しの空、そのもっと上を見つめている。目の前に広がるのは、いつもと変わらない夏の空だ。視界の端で、雫が彼女のこめかみを伝って落ちた。

逃げてきたのだと、彼女は打ち明けた。大学も、家も、全て捨てるつも

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