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【創作】遺書

拝啓
この手紙を見つけてくださったあなたへ

私が生きている間にあなたに出会いたかったと、心の底から思っています。もしあなたが見つけてくれていたら、私の未来も何か変わっていたでしょうから。

何がつらかったの、とあなたは訊くかもしれません。
私にもよく分からないのです。どうしてつらいのか。どうして苦しいのか。そもそも、いつからこうなったのかさえ分からないのですから、全体が見えていないのも仕方のないことなのかもしれません。

頼ってほしかった、と言う人がいます。私のような人に、一言だけでも言ってくれたらすぐ助けに行ったのに、と。
本当にありがたいことです。心を病んだ人のそばにいるというのは簡単なことではありませんから。
それと同時に、申し訳なくもなるのです。ただでさえ私の身体を片付けさせることになるというのに、そこまでの心労を負わせてしまうというのが。
頼りたいという気持ちと、それ以上の迷惑をかけたくないという気持ち。周りに見せる表情が最後まで明るいものであってほしいと思うが故に、これまで誰にも寄りかかれずにいました。最後の最後まで頼れない私でごめんなさい。

この手紙を読んでくださっているあなたに、一つだけお願いがあります。
ベランダの植物に水をやってくれませんか。今朝がた、数日分の水はあげたところなのですが、暑い時期なので土がすぐに乾いてしまうと思うのです。
朝顔と、ハイビスカスと、バジルの鉢植えが一つずつあります。じょうろに入るだけの水を入れて、水やりをしてくださいませんか。私の人生が終わってしまうことと植物が枯れてしまうことには何の関係もありませんから。
私を繋ぎ止めてくれていた植物を、せめてその命がちゃんと全うされるまで、少しの間任せてもいいですか。先に行く私がこんなことをお願いするのもおかしな話ですが。

最後の最後までご迷惑をおかけして本当にごめんなさい。ここまで読んでくださったあなたなら、と変な甘えが出てしまいました。
この手紙のことはどうか忘れてください。私のことも。誰かの記憶に残ってしまっては、本当にいなくなることなど到底不可能なのですから。元から存在しなかったように、存在ごと消してしまってください。
それでは、このあたりで筆を置こうと思います。





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