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満たされていたらここにはいない

画面の向こう、わたしを救ってくれるもの、ひとつぐらいはあってほしい。そんな気持ちが時間だけを奪っていって、わたしを救えないまま、今日が終わる。毎日、毎日、ここに生きているのに、自分の居場所がない。情報と一緒に、わたしの存在が流れて、薄れていく。消えていくわたしを、引き留める術が分からなくて、途方に暮れる。この悪循環を、断ち切ってくれるだれかの存在。そんなものに頼らないと生きていけないわたしが、許せない。わたしを救えるのは、わたしだけ。分かっていることが分からなくなる一人暮らしのワンルームも、個性を殺すリクルートスーツも、上手に生きられないわたしも、憎い。

大学生活が残り一年となった。三年間、わたしはわたしとして、生きていたのだろうか。わたしの存在を残すことはできたのだろうか。画面の向こうにも、学校にも、家にも、わたしの気配はなくて、それなのに、ニコニコして上手く生きている、わたしというらしい人間が、紛れもなくここにいる。そんな感覚から逃れなくなって、三年がたった。

したい、と言って終わらせることが増えた。したいことがありすぎて、どれから手をつければいいか分からなくなって、整理する前に消えてしまった。時間が経ってから帰ってきた「したい」という気持ちを、大切にしたくなった、今日。大学生活、最後の一年に、わたしのしたいを詰めたい。そうして、わたしはわたしの形を、呼吸を、影を、ここに残したい。

髪を染めたい。生まれてから21年間、一度も髪を染めていない。勇気がなかった。元々髪の色素が薄いわたしは、わたしの大切な今の色を失うことが怖かった。今あるものを変えてしまうこと。ずっと大切にしてきたものを手放してしまうこと。こわくて、臆病になって、やめてしまった、夢。この春が無事に終わったら、わたしは髪を染める。

耳を開けたい。ピアスを開けたい。どっちの日本語が正しいのか分からない。今までずっとわたしに付き纏ってきた、耳を開けることへの恐怖が消えた。注射が嫌いで、針が怖くて、穴を開けるという行為を到底受け入れることができなかった。しかし、去年胃腸炎を経験し、二度の胃カメラと内視鏡検査を乗り越えたことで、注射に対する抵抗感が消えた。勇気があるうち、今のうちに開けるしかない。明日、お母さんに電話しよう。わたし、すこしやんちゃになりたい。

本を残したい。わたしがこの世に生きていたという証を残す、最初の一歩。今のうちに、踏み出したい。夢を、夢のままで終わらせない。「やりたいことはなるべく早いうちにやれ」と言われた。やろう、やろう、は、やらないから。やりたいことがあるから、とお金を貯めていても、結局貯まる前に夢を諦めてしまうか、夢が色褪せる。色褪せない人は、なるべく最短で、夢を叶える。〇〇歳になってやりたいことは、〇〇歳になった時に出てくる。〇〇歳までにやりたいことを、いかに早く実現できるか。それが、人生の楽しみ方らしい。夢のためには借金をしてもいいと言われた。家族も、負債も、何も持たないまま40歳になった俺は、必死に働く理由も、毎日をなんとなく生きている意味もなくて、情けないよ、どうかそうはならないで、と言われた。人生の先輩の言葉は聞くべきだと心得ている。彼の言葉に背中を押されて、わたしは今のわたしに出来る範囲で、わたしを残すことにした。本、出す。もうタイトルは決まっている。まっててね、わたしを残したい、わたし。

カメラを買いたい。カメラを持つ三人の友人に東京を案内してもらった。みんな、ここで出会った、はじめましての人。カメラを通して、何も知らない彼らの世界を、内側を、知れる。カメラは言葉と同じ、感情を揺さぶる力を持っている。就活が終わったら、おすすめしてもらったカメラを持って、また東京に行きたい。カメラを通して映し出されたわたしの世界を、言葉と一緒に、残したい。

ギターを練習したい。どうしようもなくなった時、画面の外に逃げられるようになりたいから。わたしの心に寄り添うものを増やしたい。人とは違って、わたしの都合にいつでも合わせてくれる、わたしの逃げ場が欲しい。歌が上手くなくても、上手に弾けなくても、いいから、いいよって思いたいから。ギターを弾けるようになって、わたしの感情を音にのせて、遠くへ運んでほしい。

適度に泣きたい。大人は泣かない、は嘘で、大人になると泣けない、は本当だった。泣きたい時に泣けない。泣きたくない時も泣けない。だから、発作のように、泣いてしまう。気づかないうちに限界がきて、感情がコントロールできなくなっていて、涙が流れる、そこで初めて、自分が泣いていることに気づく、そんなことが増えた。壊れる、と、泣く、がとても近い関係になってしまった。適度に泣いていたい。適度に泣けるように、適度に毎日生きたい。全力すぎたり、文字通りなにもできなかったり。毎日気分屋な私も大切だけど。わたしのために、ちょっとした適度さを身に付けたい。適度に食べる。適度に眠る。適度に人に会う。一番難しい、ちょうどいい、を上手くつかめるようになりたい。

ミニスカートを履きたい。あわよくば制服でディズニーに行きたい。若さを殺したくない。学生という名前がついているうちに、学生でいたい。似合わないよ、幼くなるよ、恥ずかしいよ、なんて聞こえない。わたしの興味を突き通したい。最後ぐらい、いいじゃない。

一人旅をしたい。去年から今年にかけて突然、一人も悪くないと思えるようになった。一人でいる時の自由と引き換えに押し寄せてくる孤独を、好きになった。孤独を分かち合いたい人が大切な人だと分かった。孤独を感じられるうちは、ひとりじゃないと思えるようになった。孤独に向き合っている時、色んな人のことが頭に浮かぶわたしを好きになれた。孤独は、わたしのための時間だった。一人旅に行って、わたしはわたしを見つけに行きたい。誰かと分かち合いたくなった瞬間を持ち帰って、未来に輝きを与えたい。したい、ではなく、しなければ、と思ったことのひとつ。

推しに会いたい。好きな人に会いたい。憧れの人に会いたい。変わらないものはない。変わらない人もいない。会いに行く。この行為の価値を実感した。会いに行ってとても楽しかった、が正解ではない。会いに行って、嬉しかったり、緊張したり、ギャップを感じたり、嫌な思いをしたり。上手くいっても、いかなくても、どれも最高の思い出になる。記憶にまた、色がつく。どうせ死んでしまうなら、ドキドキを使い果たして、わたしを終えたい。そのために、わたしはみんなに会いに行く。

したい、を、した、に変えたい。口だけが達者なわたしを終わらせるとき。今年も別れがあった。したかったこと、いくつできただろう。もっと早く出会いたかった、と言われてから、わたしは少しでも多く、彼女との時間を作った。最後の最後まで彼女を離そうとしなかったわたしの想い、彼女には届いただろうか。きっと、彼女が春を終えたとき、彼女の中のわたしはとても薄くなっている。わたしの春も、彼女のことを思い出す前に、新しい桜に上書きされる。彼女が変わるように、わたしも変わる、それは、彼女のしたいと、わたしのしたいを、追い求めること。これができたなら、寂しくない。きっと次は、自信を持って、彼女のことを思い出せる。

春に切なさを重ねるのはもうやめる。春に期待しすぎるのもやめる。わたし。春に押し付けていた気持ち、全部をわたしに戻す。思い出したくなるわたしを、この春に残す。満たされていたらここにはいない。したいを過去に。ここにいるわたしを未来へ。




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