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いつか黒歴史になっても

楽しいことは続かない。けど、悪いことも続かないよ、と過去の私に言いたい。

元気な時のわたしは、きらきらした言葉しか残せない。元気のないわたしが元気なわたしを見返した時、なんでそんな恥ずかしいことを、と卑屈になってしまう。過去のわたしを否定したくなってしまうことも多々。好きなアイドルが黒歴史を聞かれた時に、「毎日が黒歴史」と答えていた。本当にその通りだと思う。毎日わたしは変化しているのだから、昨日のわたしの選択、大きなことだけではなくて、服とかメイクとか、を理解出来なかったり恥ずかしいと思ってしまったりするのは当然だ。でも、そんな黒歴史だらけのわたしの人生に、救われているのはわたし自身。

就職活動は順調です。自分でも引いてしまうほどに。いきなりなんの話?って感じだね。今日は、こんなお話です。文字から離れて生きているわたしは、結構主語がない。し、話がそれてしまうことが大半です。ほら、今も。

話を戻します。10月、わたしの隣には死がいた。常に死と隣り合わせなのが人生だけど、それはあくまで普段は見えない、背後に死がある、という意味だと思っている。今回は、本当に横に死神が座っている、そんな感覚だった。

死にたい、というよりは、死ぬ以外の正解が見えなくなっていた。人間は追い込まれたら相談することを忘れてしまうんだね。そんなことをTwitterで呟いた気がする。



わたしを追い詰めたのは、何もできない自分自身だった。約束されていない将来に向かって、方向も道順も分からないまま歩き出すことが怖かった。色んな事を言い訳にして、毎日何もしないまま、時間だけが過ぎていった。頑張っている友人は、就活がしんどい、と笑っていた。しんどい、と言えるぐらい、頑張れていることが羨ましかった。その時のわたしには、苦しいも、やめたいも、言う資格がなかった。何も始まっていなかったから。スタート地点で、ずっと後ろを向いていたから。

楽しいと思えないことを、自分にとって納得のいかないことを、どうして強要されないといけないのか、どうしてみんな従うのか、分からなかった。ひねくれものであることは分かっていたけれど、変われなかった。ただ1人、わたしを見捨てなかった人がいた。

彼は、就活が楽しい、と言った。信じられなくて、何度も聞き返した。た、の、し、い、?意味が分からない。本当に、狂ってしまった、と思った。彼は、彼なりの就活の捉え方を教えてくれた。わたしの質問に答えてくれた。機嫌を悪くしたわたしに問いかけてくれた。そして、きちんと叱ってくれた。気づけば、わたしは泣いていて、就活を始めていて、色んな人に会うようになった。そこからは、覚えていない、というか、あっという間に、今。話の展開どこに行った?

ここからは、幸せなお話、なので後々読み返したら恥ずかしい、キラキラした言葉しか書けない。余談。日本人は悲観的で、バッドストーリーを好む、最近のメディアのように。だから、どうしてもマイナスなエネルギーを自分達から吸い込みに行ってしまう、という話を聞いた。たしかに、バッドストーリーの方が共感できるし、きっと読者にとっても面白いし、読みたくなるよね、って、思ってしまった。でも、元気なわたしは、元気なわたしのことを残しておきたいので、日本人の本質から遠ざかってみようと思う。戻ります。

初めて行った対面のインターンシップ。そこで、わたしの人生が変わった。人生が変わるのはこれからかもしれないから、生活、にしておこう。恥ずかしながら、ここからは本当に当たり前で明白なことしか書かない。ああ、恥ずかしい。ラブホテルの話を書いた時の何倍も恥ずかしい。


仕事は、人生を幸せに生きるための手段である。

この言葉に、わたしは感動しました。人生の半分、仕事。だから、ちゃんと仕事選びをしないとだめだよ、仕事=人生だからね。と何度も言われてきた言葉が間違いだった、というか、その言葉の奥に潜んでいた意味をやっと掴んだ。自分に合う仕事を探すために自己分析をしなさい、とか、価値観を大切にして企業選びをしなさい、とか、全部全部分かっていた。分かっていたつもりだった。

わたしのゴールは、自分に合う企業を探すこと、になっていた。でも、そんなの途方に暮れてしまうし、そもそも自分に合うところを見つけたとして、そこに行く意味ってなに?そこまで頑張る必要は?と、ずっとずっと、思っていた。でも、自分の幸せがゴールなら、話は違う。

自分の幸せって、何だろう。何をしていたら、幸せになれるんだろう。そんなことを考える時間は、全く苦ではなかった。しかも、家で一人考えるのではなく、その場で出会った仲間たちと一緒に、各々の幸せを共有できる場が存在している、という事実がわたしをさらに救った。わたしの最終目標が幸せ、ということは、わたしはわたしの幸せのために仕事をしていいんだ。その形は、なんだっていい。そんな簡単なことに、今更気づいた。

それからわたしは、細かく話すと長くなるから割愛すると、とっても成長した。うん。詳しい話が知りたい!って人は教えてください。いつか書くかもしれない。幸せ話を書くことに慣れていないから、今は飛ばします。自己肯定感もちょっぴり高くなった。彼に、就活が楽しい、と言われたあの日から、わたしの目先の目標は「就活を楽しむこと」だった。ある日、面談をしてくれた人事の方に突然、「就活、楽しんでいますね」と言われた。わたしは、その場で泣きそうになった。わたしの就活において、初めて嬉しいという感情を抱いた瞬間だった。「そう言って頂けて光栄です。実は、就活を楽しい、と言っている友人に、救われたんです。」。

帰り道、泣きながら彼に電話したら、彼も泣いてくれた。友人、ではないけどね、と抜かりなく突っ込まれて、ああこの人で良かった、と思った。

一歩踏み出した日から、急成長しているわたし。就活で過去を振り返っていると、明確な目標や尊敬できる他者の存在、自分が心から納得した事柄が現れると、わたしは自分の実力以上の力を発揮する、ということが分かった。そして、今まさにわたしはその瞬間にいる。楽しい。

わたしは、自分の長所や短所を言語化するのは得意ではない。過去に起こった話やその時の状況を説明するのも得意ではない。今の文章だって、ボロボロ。その理由は、わたしの書く言葉は全て感情が伴っているものだから、だと思う。この言葉たちは、感情が生きている今しか書けない。明日、明後日に今日の感情を思い出して書いたとしても、30分で2500字を書く力は絶対にない。

楽しい今は続かない。けれど、苦しかった昨日も続いていない。感情の波がいつもわたしを襲う。そのたびに、わたしは理想の海を泳いだり、現実世界で溺れていたり。どっちにしろ、なんだかんだ、上手く生きている、と思う。自己否定の日々にさようならをした今、自己肯定をとことんしてあげたいと思う。頑張っている今のわたしは、いい黒歴史になってくれる。


毎日が黒歴史。隣にいた死神は、またわたしの陰に隠れて見えなくなった。どうせいつかは恥ずかしくなるんだから。今の自分らしく生きていたい。

今日も、新たな黒歴史を刻んでいく。



いつか青い鳥になって、あなたの下へ幸せを届けます。