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旅|太陽の街、青の世界|2

 柏駅から常磐線に乗った。窓外の景観は時間の経過とともに、紫から黒へとその色を変える。日暮里から山手線に乗車する。隣に座った女性がコーンポタージュ缶を口に運ぶ姿が視界の隅に入った。金に染めた短髪、黒い革のジャンパー、コーンポタージュ。ゆっくりと愛でるように、彼女は缶を右手で上下動させる。コーンポタージュが熱かったせいかもしれない。その十分程度の時間は鼻の周りに広がる香りとともに、消えることのない対比として頭にこびりつく。

 新宿駅の通路をくぐり、ホームへと上がった。あずさ四十三号は扉を開き、乗客たちを受け入れる。売店で五百ミリリットルの缶ビールと缶コーヒーを買った。指定された車両に身を滑らせ、窓の縁に品々を置く。

 旅をともにする「パートナー」を挙げるとすれば、有形から無形まで、その数は果てしないだろう。しかし、ビールはその上位に位置する。ビールは旅への期待感を高め、それと同時に緊張を和らげてくれる。そして、冷えた口当たりと炭酸は涼風となり、日常を非日常へと変える象徴的な役割を果たす。新宿の夜を染める色とりどりの光は暗闇で営業するランタンショップを連想させた。塩山牛奥ではその灯りが幾千の粒子に分かれ、遠く彼方まで地を彩る。

 夜空に浮かぶ三日月は後方へと流れていく。ビールの後に口にしたコーヒーは、僕の身体に適度な痺れをもたらした。酒を音楽に例えるとすれば、ビールはロックであり、コーヒーはジャズかもしれない。マイルス・ディヴィスが奏でるトランペット。その傍らに流れるドラムの打刻。漆黒に染められた外界。時間の経過は肌に積もる。しかし、その時間が早く過ぎることを願うような気持ちは浮かばない。

 あずさ四十三号は二十時十九分、松本駅のホームへと身を落ち着けた。冷たくもみずみずしい外気が肌を包み、肺を満たす。東京から運んできた空気を、僕は松本の空気へと入れ替えた。旅とはそういうものかもしれない。日常の窓を開けて、新鮮な空気で入れ替える。闇に浮かぶ松本駅を見ながら、そんな考えが頭をよぎった。

続く

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