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Jリーグ 観戦記|論理と創造|2020年J1第33節 川崎F vs 浦和

 紙コップにたっぷりと注がれたコーヒーを口に運んだ。その苦味が身体に広がり、血流が平らになるような錯覚を覚えた。変色するカメレオンのように、瞳を閉じて意識を空間に同化させた。カフェを後にし、塵が一つも見当たらないような単色の夜空を見上げる。凛とした空気を肺一杯に吸い込んだ。体内の細胞に潤いがもたらされる。みずみずしさを湛え、等々力へと向かう足取りも重力から解き放たれたような気がした。

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 今夜は一人ではない。蓮木くんと一緒だ。一年ぶりの再会。キックオフまでの三十分を使い、内に蓄積したサッカーにまつわる一年分の思いを吐き出した。記憶に深く刻まれた、川崎とマリノスの一戦。「浦和を背負う責任」について語る蓮木くん。昨季に比べ、運動量が低下したプレミアリーグ。安定したバイエルン・ミュンヘンの強さ。コピーライターとしてのモウリーニョの語彙力。眼の前に差し出された話題は異なる話題へと連鎖していく。十八時四十五分。膨張し続ける思いに区切りをつけ、席へと向かった。

 谷口とジェジエウが左右に開き、その中央に守田が下がる。前へと送り出される山根。収縮し、膨張する川崎。見慣れた光景だが、等々力で選手たちと同じ瞬間を共有していることを実感する。

 川崎のサッカーを眼から身体へと落とし込む。機械的なビルドアップ。高確率で達成される、アタッキングサードへの到達。チームとしての最低限がそこにある。その事実に川崎の強さを再認識させられる。僕の脳裏には「ピタゴラス」の単語が浮かぶ。なぜだろう。思いを巡らせて、すべてのプレーに理があるからだと論を結ぶ。

 三つの型。ビルドアップから大半の選手たちが相手陣内に入った一の型。左翼を中心に選手たちが空白に入り、パスの選択肢とゴールへと近づく空白の創造。三つの軸を伴い、回転し続ける円。空白は空白を呼ぶ。そして、空白は才能に光を与える。その回転は強力な磁場となり、相手の身体と意識を吸い寄せる。右翼に生まれた大きな空白。氷の上を滑るように、ボールは流れてゴールへと大きな切り込みを入れた。

 二の型。自陣で浦和はボールを奪い、選手たちは前へと重心を傾ける。訪れた刹那。暴徒を取り押さえるかのように、川崎の選手たちはボールホルダーを取り囲む。すべての選択肢の、残された一ミリまでも芽を摘むような守備。背後の空白は広がりを見せる。急襲。空白の大きさに比例して、得点の確率は高まる。

 三の型。局面は川崎陣内へと移る。川崎が投げた網を華麗にかわし、興梠はボールを前へと運んだ。隊列を組んだ川崎の十一人。隙間を縫うように、浦和はボールを回していく。しかし、その隊列が崩れることはない。そして、パスの綻びを見つけ、守田は相手とボールの間に身を落とす。岩を砕くような衝撃が空気を震わせる。大空へと翔ける鷹のように、誰もいない草原を三笘は駆け上がる。他の選手たちも羽ばたいていく。その姿を後ろから眼で追った。

 三つの型によって成立する川崎の戦略。良質な攻撃と守備。その二つが連続する、幸福な関係。先手を読むことは勝利の定石と言っても過言ではない。勝利に向けて用意された三重の計画。その計画は相手のミスが生まれることを前提としない。自らの手で紡がれる勝利。綿密な計画を土台とし、天賦の才を持つ名手たちはサッカーの原則でもある、相手の意表を突き続けた。

 それは良質な小説を読んでいるかのようなサッカーだった。適切な序文に導かれ、想像を超えるような展開に胸は踊り続ける。そして、結びは切れ味鋭く。論理的であり創造的。十二月の寒気が全身に染み渡る。しかし、それだけではない。等々力での最終戦。芸術と表現できる川崎のサッカーは僕の意識までをも水色に染め上げた。

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川崎F 3-1 浦和

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