本と珈琲とインクと永遠が
「いらっしゃいませ」
気づけば見知らぬ店へ足を踏み入れていた。
「ただいま少しお時間いただきますがよろしいでしょうか」
よろしくはない。究極的に時間があるわけではない。この後展覧会に行く予定がある。
それなのに「大丈夫です」と即答してしまった。
そんな風に応えるつもりではなかったのに、引き寄せられた。
「お好きな席へどうぞ」
店員さんの穏やかな笑顔の先を見渡せば、本ばかり。ブックカフェのようだ。ほとんどがセピア色の風景と化していて、壁のいたる場所が本棚となっている。
平日の昼にも関わらず、席を選べる程度に空いていた。偶然だろうか。なんという幸運。
吸い寄せられるように着いた席は、夏目漱石全集の並ぶ棚に接していた。
現代の本屋では見かけない黄味がかった淡い色合いで、少しくすんだ題字が書かれた背表紙。
歴史ある国立図書館か、昔から親しまれる古書店か、そういう場所に置かれるような気配をまとっている書籍が並んでいる。今は令和だが、この空間は、紛れもなくいくつか年号を遡っている。一続きの時間を生きた空気に満ちている。
ここは、「Cafe 黒澤文庫 -本と珈琲とインクの匂い-」。
日本橋高島屋内に、2021年に開店したカフェだ。
百貨店内にあるはずだが、店内は別世界に思える。
穏やかなクラシックが流れ、悠久の時を感じながらの珈琲タイム。
アイス珈琲は、ビーカーに入った熱い珈琲に、凍らせた珈琲を入れて冷やしていただく。珈琲氷は溶けても珈琲のため、いつまでも冷たく美味しい珈琲を楽しむことができる。
ここだけの話だが、私は普段コーヒーを飲まない。紅茶派だ。
しかしながらこのお店で「本と珈琲とインクの匂い」という惹句に、文字通り惹かれて迷わず注文してしまった。
驚くべきことに、コーヒー・・・否、珈琲は美味しい飲み物だったことに気づかされた。黒澤文庫さんありがとう。この日、私の歴史が書き換えられた。そう、こうして歴史は作られていくのだ。
ランチは結構迷ってしまった。あたたかみのある手書きのメニューがまた楽しく迷わせてくれる。
熱々のオーブン料理は、とろけるチーズがたまらない。
ゆっくり(ふ~ふ~と)味わって満喫。
ほかにも色々試したくなったため、今度来たときには種類豊富なガレットを注文しようと決意した。
店内を見回し、感慨に浸っていると、天井から吊り下げられた明かりの文字が目に入った。
毎日が新しい日、その通りだ。
いい一日だった。
Cafe 黒澤文庫 -本と珈琲とインクの匂い- 日本橋の珈琲店 (green-coffee-farm.com)
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