必然のなんとなく 未来はここにあるかも
ある朝、K氏は、なんとなく目を覚ました。そして、何の前触れもなく、なんとなく起き上がった。窓の外を見ると、空は青く、雲はふわふわと漂っている。いつものように、朝食を準備する。トーストを焼き、インスタントスープにお湯を注ぎ、なんとなく一日が始まった。
しかし、いつもは時間ギリギリに目覚まし時計で起きるのだが、眠りが浅く、早起きしてしまったので、なんとなく気持ちに余裕があったのだ。
その日、K氏は、もう辞めるつもりでいる会社に、
“今日は体調が悪いのでお休みいたします。”とチャットをした。
「ずいぶんと気楽な時代になったもんだ…」とつぶやきながら。
そして、なんとなく、もう、しなくてもよいマスクをつけて、
近所の公園に行くことにした。
・
公園には、いつも通りに人々がいた。子どもたちが遊び、老人たちがベンチに座って何かを話している。
その隣のベンチに、なんとなく座った。お隣さんの話を聞き流しながら、自分の人生について考え始めた。
なんで、これほど何も考えずに生きてきたのだろう?…と、K氏は思った。自分の意志で何かを選択できるはずなのに、いつもなんとなく流されてきた。おそらく、ここにいる人たちもなんとなく公園にきているのだ。
大それた意志など持たずに…
ついこの間までマスクなしで話をするなんてありえなかったのに…
今では中途半端なアゴマスクが顔のアクセントになっているではないか。
そんなことを考えていると、隣に座っていたおじいさんが話しかけてきた。
「君も、なんとなくここにいるのかい?」おじいさんは笑いながら言った。
「はい、そうです。とくに理由はないんですけど…」K氏は答えた。
「それが人生さ。始めることも、止めることも、なんとなくでいいんだよ。」おじいさんは続けた。「でも、止めることを考えないと、マスクをしたまま、ここに存在し続けることになる。」
K氏はその言葉にハッとした。なんとなくマスクが、いつの間にかに自分の一部になっていることに気づいた。そして、今、会社をサボって公園にいることも、人間関係も、すべてが偶然に流れる河のごとく自然なのである。
「じゃあ、どうやって止めることを考えればいいんですかね?」
K氏は尋ねた。
おじいさんはしばらく考えた後、こう言った。「まずは、何かを始めることだ。マスクを止めるためには、まず何かを始めないといけない。」
K氏は、その言葉を噛みしめた。彼は立ち上がり、周囲を見渡した。子どもたちが遊ぶ姿、老人たちが笑い合う姿、そよぐ風。すべてが新たな創世記のワンシーンのように感じた。なんとなく、理由もなく、近くの遊具に向かって走り出していた。
しかし、遊具に近づくと、急に立ち止まった。
自分が何を始めようとしているのか、全く見当もつかなかったのだ。周囲の目が気になり、恥ずかしさがこみ上げてきた。結局、彼はその場で立ち尽くし、なんとなく周りを見回すだけになった。
「やっぱり、止めることって…、難しいな…」心の中でつぶやいた。
次の瞬間、目の前に一羽のカラスが舞い降りた。カラスは彼をじっと見つめ、何かを訴えかけているようだった。K氏は、その視線に引き込まれ、思わずカラスに話しかけた。
「君は、なんとなくここにいるのかい?」
カラスは首をかしげた。
その時、K氏は気づいた。なんとなく始めたことも、止めることも、
すべては人生において必然であることに。彼はカラスに微笑みかけ、
心の中で決意した。
「よし、何かを始めよう。たとえそれが、“なんとなく”でも。」
再び歩き出した、カラスと共に新しい一歩を踏み出している。心には、なんとなく自由が広がっていた。そして、その解放された自由の中に、必然を感じていたのだ。
公園を後にしながら、K氏は思った。“なんとなく始まったことが、実は人生を形づくる大切な要素だったんだ。”
その瞬間、自分の人生の流れを受け入れ、歩き出した。
・
K氏が公園を後にし、マスクを外し、新たな気持ちで歩き始めたその瞬間、空が突然、白くなり、不思議な振動がカラダに響いた。周囲の風景がゆっくりとぼやけ、まるで氷が融けてゆくかのような感覚に包まれてゆく。
そして、目の前に突然、白い闇が現れた。K氏は驚きながらも、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ、好奇心が勝っていたのだ。その空間に漂う微細な薄い光のベールに人影がみえた。
「Kさん、ようこそ。わたしは、あなたを待っていましたよ。」
声は、直接耳に届くのではなく、頭の上で響いているようだった。
「わたしを待っていた…?」K氏は思わずつぶやいた。
その瞬間、彼は自分がこれまでの日常で感じていた違和感。――「何となく生きのびているだけ」という感覚――が、単なる気まぐれな偶然などではなく、運命に向き合うためのサインだったことに気づいた。
導かれるまま、K氏はホワイトキューブの中に足を踏み入れる。そこには信じられないような光景が広がっていた。おそらく人知の解像度を超えた、無重力の深淵視界に浮かぶ星々、その中には遠大に光る球体も存在していた。
「これが、わたしたちの知りえる、すべての時間と空間を記録したものです。」目の前の人影がそう説明すると、その球体が脈動するように輝き、K氏の人生の瞬間が映し出され始めた。子供の頃の笑顔、描き始めた絵、初めての失恋、マスク姿のあの人の後ろ姿をみおくった日。辞表をしたためた夜。そして、ただなんとなく過ぎていった日々…。そして…。
「あなたは、"なんとなく"生きていると思っていたかもしれない。しかし、その一つひとつが、この宇宙の大切なピースだったのです。あなたがマスクの下で沈黙するたび、人との距離感が少しずつ広がるたび、絵筆をすべらすたび、未来が微妙に変化し、新たな可能性が生まれていたのです。」
「つまり、わたしが未来をつくっていた…?」
K氏は戸惑いながらも、その言葉の重みを感じていた。
「その通りです。そして今、あなたには選択肢があるのです。この宇宙の運命に干渉する新しい旅に出るのか、それとも元どうりの生活に戻るのか。」
K氏は一瞬迷ったが、なんとなく心の奥底に芽生えた好奇心に従うことにした。彼は新たなる旅を選ぶかのように光る球体に触れた。すると、次の瞬間、カラダは、無数の光の粉となって宇宙の彼方へとちりぢりに波紋を残していった。
・
目が覚めると、K氏は、いつもの自分の家の前に立っていた。
しかしそこは、まったく異なる世界なのだ。すべての人々が、“なんとなく”、選択を積み重ね、絶妙なハルモニアを生み出していた。彼は、その世界で、人生の小さな、“なんとなく”が、どれほど重要な意味を持つのかを知り、新たなる森羅万象を表現する存在へと進化していく。
そして、気づく。
『すべての終わりも、始まりも、“なんとなく”から、生まれるのだ。』
Yuki KATANO(ユキ・カタノ)
2024/11/22