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ゆべ小説

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ゆべしちゃんが書いた小説とかです。 幻想怪奇っぽくなってたらいいなあ。
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雨の日に来る

雨の日に来る

 初夏、灰色の雲が低く垂れ籠める、ひどい雨の日の午後にだけ来る幽霊がいる。

 まだ幼子だった私が微睡みに招かれ青くさい畳の上に横になっていた時に、それは来た。

ざあああああああ
ざあああああああ

 という雨の音の中に、玄関の引き戸の硝子をカシャンカシャンと叩く音が聞こえる。
 私が寝ている間に家族は買い物にでもでかけたようだ。
 私の他に誰も出るものがいない。
 寝ていた居間から顔を出すと、

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チャーチワード氏の花嫁蒐集

チャーチワード氏の花嫁蒐集

 チャーチワード氏が蒐集品に何より求めるのは珍奇さだ。
 ダマスカス鋼のバターナイフ、人皮装丁の魔術書、黒い睡蓮、始皇帝のサングラス、アボリジニ戦士の護衛等々。蒐集品の文化的価値、時にはその真贋すら氏にとっては二の次、珍奇さこそ最も心惹く要素だった。
 そんな氏が世にも珍しい花嫁を迎えたという報を聞き、ロンドンの蒐集家が集う会員制クラブの紳士達は色めきだった。
「氏は花嫁を選ぶため北米、ギリシア、

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悪魔パルマコスの悔恨

悪魔パルマコスの悔恨

 パルマコスの白い掌に赤い薔薇の花弁が落ちると、それは燃え上がり皮膚を黒く焦がした。
 彼は心臓と喉を焼きながらせり上がってくる熱にえずき激しく咳こんだ。火の粉と花弁が口から溢れ出で宙に舞い、体を触れる端から焼いていく。
 それは体のみならず存在を焼く火だった。
 遥か昔、荒野、まだ神であることが許された時代から在る己が不可逆に損なわれていく。彼は屈辱と怒りに牙を剥いて喘いだ。
 何もかもお前のせ

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女王殺しと沼地の怪奇

女王殺しと沼地の怪奇

「皆が貴女を何も出来ない小娘だと思っている、だから―」

 ソフィアは寝台に横たわる病身の母がその言葉の続きを発するのを待ったが、それは永遠に叶わなかった。動かない母の瞳にはまだソフィアの姿が映っていたが、もう何も見えてはいない。

 翌日、母の遺体は金糸の刺繍が施された白布に包まれ、マーシュ家所有の鬱蒼とした森の中にある沼地に沈められた。
 親族と弔問客が見守る中、深緑の水面は天鵞絨がたわむよう

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顔無しエルモニカ

顔無しエルモニカ

ロマの占い師、顔無しエルモニカ
本当の名前は誰も知らない
ベールの奥に隠された
本当の顔も誰も知らない
サーカスの興業についてきて
いつからいたのか誰も知らない
粗末な占い小屋をたて
当たりもしない占いをする
だけど一つだけ得意で特異
顔を自由に変えられる

ただ目を閉じて会いたい人の
姿を瞼にしかと描き
命をかけて見てみれば
ロマの女の貌は失せ
望んだ顏がそこにある
奇術か魔術かまやかしか
まこ

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ジハード・フォー・リゲイン・ラブ

ジハード・フォー・リゲイン・ラブ

 ある日突然ジャネット(注1)のスピリチュアルシスターにしてソウルメイトのアスティがピンクのメッシュ入り金髪をブルネットに染め黒いマニュキアを落とし、ジャネットとお揃いだった神と秩序への反逆の象徴である逆十字架のピアスとチョーカーを外して登校してきた。服はいつもの漆黒のレザーコルセットとサテンのフレアスカート、膝まであるハイヒールブーツ、ではなく、清潔感あるノースリーブの白いシャツに紺色のクロップ

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貪婪の王はかつえる

貪婪の王はかつえる

 貪婪の王の話をしようか。

 俺がいきなりこんなこと言い出して、腫瘍で脳までイカれたと思うだろう、倅や?
 だがこいつはお前だけ、お前だから話すんだ。俺が女共に産ませた子供の中で、お前がいっとう俺に似てるからな。母親が良かったのかも知れねえ、名前は何だったっけ?
 そんな顔するな。自分がひとでなしだってことは嫌って程解ってる。お前が俺を嫌ってるのも知ってる。その上、酷い嵐なのにわざわざ俺の話を聞

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10万光年愛人トーナメント

10万光年愛人トーナメント

 屈強な草色の上半身を持つ、αケンタウリ星系人のイボツヌァが繰り出した4本足の回足蹴りが須臾子の側頭部に炸裂した!
 須臾子の視界は大きく傾き、リング上に大の字に倒れた。
『ダウン!唯一の地球人がここで敗退か!?』
「1!2!3!…」
「須臾子立て!それでも俺を倒した女か!?」
 実況の耳障りな合成音声もレフェリーのカウントも観客席にいるゴリラ…ではなくティタノマキア星人のゴライアスが飛ばす檄も、

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人狼対抗西部戦線

人狼対抗西部戦線

 太陽が照りつける赤く乾いた荒野を鉄道レールが貫く。その傍らに馬に乗った数十人のガンマン達が集っていた。
「奴等が人狼と呼ばれている理由が解る奴はいるか?」 
 左目を黒い眼帯で覆った初老の男、シルバーハウンドは男達に向けそう言った。
「16世紀にスラブ地方で彼らが観測され始めた頃、最も頻繁にとった形態が人狼だからです。慣習的に今でも彼らを人狼と呼びます。」
 遠慮がちに答えたのは余りに場違いな雰

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まなこの魔女

まなこの魔女

 セヴァストポリの野戦病院の片隅で、砲弾の破片を腹に受けたアレクセイは死につつあった。彼が砲弾の音を遠くに聞き、汚らしい天井を眺めながら思い出していたのは、子供の頃に「まなこの魔女」の閨を訪れた秋の日のことだった。

 13歳のアレクセイは、森の中にあるという魔女の閨を求め彷徨っていた。その左目は包帯で覆われている。森は深く、木々に繁る葉は黄や赤に色づき燃えるようだ。見上げれば木漏れ日が白く光り滲

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ハンナ・ハモンドが臨終における告解で述べた奇妙な話:あとがき

ハンナ・ハモンドが臨終における告解で述べた奇妙な話:あとがき

本編一章へのリンク

こんぬつは!
本編を読んでくださった方々に3000回感謝します。
あとがきだけ読んでくださった方々にも3000回感謝します。

本作は約一ヶ月にわたりツイッター上で少しずつ更新した小説に、加筆修正を加えたものです。

「悪魔の契約にまつわる物語が好き」
「「駆け込み訴え」や「ぼっけえ、きょうてえ」みたいに一人称視点で最後にびっくりさせるような小説を書いてみたい」
という動機か

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ハンナ・ハモンドが臨終における告解で述べた奇妙な話 #7(最終章): 緑の目

ハンナ・ハモンドが臨終における告解で述べた奇妙な話 #7(最終章): 緑の目

1章,2章,3章,4章,5章,6章(前章)

神父様...、神父様。大丈夫ですか?

青ざめていらっしゃいますよ。ご気分がすぐれないのですか?
そうですか、ええ、よかった。

それからどうなったかって?
そんなこと、大した問題ではありませんわ。

あの時から、私はずっと地獄にいますもの。

地獄とは現世にいるうちに墜ちるものなのですね。
あの悪魔が言った意味がようやくわかりました。

あの後、多く

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ハンナ・ハモンドが臨終における告解で述べた奇妙な話 #6:怪物

ハンナ・ハモンドが臨終における告解で述べた奇妙な話 #6:怪物

1章,2章,3章,4章,5章(前章)

ずいぶん長く、お話ししましたね。もうすぐです。もうすぐ私の告解は終わります。

これ以上何の罪を告白するのか、とお思いでしょうね?
ですが、これから話すことが、最も重い罪なのですよ。

悪魔が消えてすぐ、私は帰路につきました。
車のラジオから私の自宅がある地域にハリケーンが迫っているというニュースが聞こえ、そういえば数日前からハリケーンの接近が報道されていた

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ハンナ・ハモンドが臨終における告解で述べた奇妙な話 #5:願い事はひとつだけ

ハンナ・ハモンドが臨終における告解で述べた奇妙な話 #5:願い事はひとつだけ

1章,2章,3章,4章(前章)

それから私は、ソフィアに部屋から出ないよう言いつけると、すぐに家を飛び出しました。
勤め先に連絡もせず、ソフィアの食い散らかし...チップの死体を片付けもせずにです。
正直、あの子が怖かった。
一刻も早くその場を離れたかった。

でもそれ以上に、何としてもあの悪魔にもう一度会わなければならないという思いが私をかりたてました。

電車を乗り継ぎ、レンタカーを借り

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