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【小説】未来から来た図書館

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小説『未来から来た図書館』全55話をまとめました。よかったら見てみてください。
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【小説】未来から来た図書館 -1-

ボクの知らない間に、夏がきていた。 たしかに太陽は光線銃のように白い光をボクにむけているし、着ているシャツは汗ではりついて、ボクから離れようとしない。 空に入道雲が浮かんでいることも、蝉の声が聞えていることも、カレンダーが八月になっていることも、ボクは知っていた。 でも、誰もボクに「夏がきたよ」とは言ってくれなかった。 そして、いつの間にかボクの通う小学校も夏休みになっていた。 ボクは小学校に通いはじめて五年目になる。 つまり、小学五年生だ。飽きもせず、真面目に通っている。

【小説】未来から来た図書館 -2-

ボクは、ボクが知らない間に本を好きになっていた。 気がつくと、いつも本を読んでいた。 難しい漢字が多い大人が読む本は、まだ読んだことはないけど、買ってもらった本はもう全部読んでしまった。 いろいろな本を読んでいるうちに、ボクは物語の続きを考えるようになった。 続きだけではなく、物語がはじまる前のことを考えることもある。 例えば――これは、今ボクが読んでいる本ではないけど―― 桃太郎が鬼ヶ島から帰ってきたあと、イヌ、サル、キジはどうしたのだろうとか。浦島太郎が龍宮城に行く前、

【小説】未来から来た図書館 -3-

買っても買ってもすぐに読んでしまうので、あるとき、母さんから新しい本の変わりに図書館の貸出カードをわたされた。 貸出カードには、ボクの名前が書かれていた。 ボクは、それがとても嬉しかった。 大人の仲間入りをしたような気分だった。 ボクは誇らしい貸出カードを持って、図書館に通うようになった。 ボクの通っている小さな図書館は、うちから歩いて十五分くらいの場所にある。 でも、ボクは近道を知っているから、図書館まで十分もかけずに行くことができる。 見わたすかぎり広がる田園。 田園

【小説】未来から来た図書館 -4-

ボクは、学校が休みの日には、この図書館で一日中本を読んでいる。 もちろん、友達と遊ぶこともあるけど、本を読んでいることのほうが多いと思う。 夏休みの今日も、ボクは大好きな図書館で一日を過ごしていた。 一階の児童書コーナーには、物語や伝記、図鑑が並んでいる。 ボクがいつも選ぶのは、探偵や忍者や科学の本。 表紙に「謎」「不思議」「研究」と書かれた本が好きだ。 ボクは最近になって、やっとお気に入りの場所を見つけた。 児童書コーナーはカーペットが敷いてあって寝そべって読むことがで

【小説】未来から来た図書館 -5-

そんなふわふわとした優しい時間から、ボクをいつものボクの時間に呼びもどしてくれるのは、図書館の受付に座っているサクラさんだった。 「お~い、もう五時だよ」 ボクの目が、読んでいる本の文字を映した。 ボクはあわてて顔を上げた。 「入りこんでた?」 「はいりこんでた……」 今日もボクは、サクラさんの声でボクの時間にもどってきた。 「その本、借りてく?」 「えっと、明日、また来ます」 「そう。じゃ、もどしとくね」 ボクは本を閉じてサクラさんにわたした。 サクラさんは本を持ったまま

【小説】未来から来た図書館 -6-

次の日の朝――。 ボクはいつものように、お気に入りのスニーカーに足を入れると、つま先を地面に打ちつけながら、玄関らか言った。 「図書館に行ってくるから」 リビングから母さんの声が返ってきた。 「この前、借りた本、ちゃんと持った?」 「持った」 ボクは図書館専用に買ってもらった丈夫そうなリュックに目をやった。 「昨日持っていくの忘れたんだから、今日は返しなよ」 「うん」 ボクは「いってきます」を言って玄関を出た。 行きは近道を通る。うちを出ると、北にむかって曲がった坂道をのぼ

【小説】未来から来た図書館 -7-

サクラさんはボクが持ってきた本を見ながら、コンピューターにカタカタと何かを打ちこんでいた。 二冊目の本を見ながらキーボードを打ち終わると、サクラさんは顔を上げた。 「そのリュックいいね」 ボクが抱えているリュックを見ながら、サクラさんはそう言った。 「前まで使ってたのが壊れたから」 「そっか。この前、ひもが切れちゃったもんね」 一ヶ月くらい前に、本を借りて帰ろうとしたときだった。 自動ドアの前で突然リュックのひもが切れた。 あっと思う間もなく、ドサッという音をたててリュック

【小説】未来から来た図書館 -8-

少しだけふり返ってみると、サクラさんはボクの次に並んでいたおじさんの本を受けとっていた。 サクラさんは、いつも笑顔で誰にでも優しいけど、ボクには少し意地悪なときもある。 肩よりも長い髪は、黒と茶色の中間くらいの色で、いつもキラキラしていた。 あんなに細いのに、時どき、たくさんの本を抱えて二階からおりてくるから、ボクよりもずっと力持ちなんだと思う。 ためしに力こぶを作ってみたけど、自分の白くて細い腕がイヤになるだけだった。 サクラさんがかけている赤い色の眼鏡は、サクラさんにと

【小説】未来から来た図書館 -9-

ボクは最新刊を持って、お気に入りの場所に移動した。 ボクよりもずっと高い本棚の間を通っていると、高い木に囲まれた森の中を通っているように感じた。 その薄暗い通路を歩くたびに、ボクはいつも少しだけ不安になる。 どこからか「子どもは通ってはダメだ」と声が聞えてきそうな気がするから。 通路をぬけると、陽射しが入るあの場所にたどり着いた。 そこは、森が開けた場所で、ボクが来るまでは小鳥やリスたちが話をしていたんじゃないかと思う。 いつも通り、とても静かで、今日は誰もいなかった。 窓

【小説】未来から来た図書館 -10-

でも、そこには誰もいなかった。 辺りを見まわしてみたけど、歩いている人も座って本を読んでいる人さえいなかった。 通路には、となりのソファーにおいてあったボクのリュックが落ちていた。 ボクはリュックを拾い上げて、ひざの上においた。 たしかに誰かがぶつかったと思ったのだけど、また本の中とごちゃ混ぜになったのかもしれない。 ボクは本を読んでいると、本の中の時間とボクがいる時間が、時どき、ごちゃ混ぜになってしまう。 本で読んだことなのか、ボクが経験したことなのか、よくわからなくなる

【小説】未来から来た図書館 -11-

ボクは玄関で靴を脱ぎながら、小さく「ただいま」を言って、二階の自分の部屋に入った。 リュックを勉強机におくと、ベッドに横になった。 なんだか頭がふわふわする。 昼下がりの陽射しが、カーテンごしに温かさと眠気をボクのもとへと運んできた。 ボクはいつの間にか、うとうとと夢の中へ入っていった。 ボクが目を開けたとき、陽射しは夜の中に消えようとしていた。 ボクはゆっくりと身体を起こして、ベッドの脇にある目覚まし時計を見た。 七時二分。今日はなんだかぼんやりとした一日だった。 ボクが

【小説】未来から来た図書館 -12-

母さんが席につくと、一緒に「いただきます」と手を合わせた。 ボクは、一番に鰹のたたきに手をつけた。 ボクは肉よりも魚のほうが好きだ。 学校で友達に、魚のほうが好きだと言ったら、「お前、草食系だなぁ」と言われた。 納得できなかったけど、だからといって、肉食系でもないので否定もしなかった。 ボクは夕食を食べ終わると、母さんに訊いてみた。 「ねぇ、本の中の世界と、ボクがいる世界は、どうやってちがうってわかるの?」 「えっ? なに、どういうこと?」 母さんはお箸でたたきをはさんだま

【小説】未来から来た図書館 -13-

「なんでそんなこと思ったの?」 「えっと、本を読んでると、ボクもその中にいて、一緒に見てる気がするから。時どき、本当に見たことなのか、本で読んだことなのかわからなくなって……」 「そっか。でも、本を読んでるときは、そうなんだと思うよ」 「え?」 「物語の中にいて、一緒にワクワクしたりハラハラしたりしたいから、本を読むんじゃないの?」 「うん」 「全部がごちゃ混ぜになったら大変だけど、誰かが考えた見たことない物語の中に入れるのも、素敵なことだと思うわよ」 「素敵なこと、か」

【小説】未来から来た図書館 -14-

カードを裏返してみたけど、それだけしか書かれていなかった。 もう一度封筒の中を確かめてみると、そこには四つ葉のクローバーが入っていた。 クローバーは押し花のようにぺしゃんこになっていて、透明のカード入れの中に入れられていた。 綺麗なしおりのようだった。 明日、図書館でボクを待っている? 誰が待ってるんだろう? ボクは、しばらく首を傾げたままだった。 ボクのまわりには、たくさんの「?」が浮かんでいただろう。 その日の夜、ボクはなかなか寝つけなかった。 薄暗い天井を見つめたま