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【小説】未来から来た図書館 -10-

でも、そこには誰もいなかった。
辺りを見まわしてみたけど、歩いている人も座って本を読んでいる人さえいなかった。
通路には、となりのソファーにおいてあったボクのリュックが落ちていた。
ボクはリュックを拾い上げて、ひざの上においた。
たしかに誰かがぶつかったと思ったのだけど、また本の中とごちゃ混ぜになったのかもしれない。

ボクは本を読んでいると、本の中の時間とボクがいる時間が、時どき、ごちゃ混ぜになってしまう。
本で読んだことなのか、ボクが経験したことなのか、よくわからなくなることがある。
ボクは、ボクがいるのがボクの時間であることを確認するために、ぼんやりと窓の外をながめた。

相変わらず、細長い植物は少しだけ風に揺れていた。
少し離れた歩道では、自転車にのったおばさんと、長靴をはいて大きなクワをかついだおじいさんが、挨拶を交わしていた。
空は遠くて、透明な青をしていた。

ボクは読みかけの本をパタンと閉じた。
それから、リュックを背負うと、受付へとむかった。
最新刊の「なぞなぞ探偵団」と貸出カードを、受付に座っているサクラさんにわたした。
「あれ、今日はもうおわり?」
ボクは声を出さずにうなずいた。
「どうしたの、気分悪いの?」
ボクは左右に首をふった。
気分が悪いわけではない。
ただ、なんとなくぼんやりとして、続きを読める気がしなかった。
「気をつけてね。近道しちゃダメだよ」

ボクは本を受けとると、リュックにしまって図書館を出た。
帰り道も、ずっとぼんやりとしていた。
きっと、いつもとはちがうタイミングでボクの時間にもどってきたからだろう。
気がついたら、ボクはうちの前に立っていた。
どうやってうちまで帰ってきたのか、よく覚えていない。
足が勝手に、ボクをうちまで連れて帰ってきてくれた。
サクラさんに近道はダメだと言われたから、近道はしていないと思う。



*** 2022.03.24 表記の揺れを修正


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