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【小説】未来から来た図書館 -1-

ボクの知らない間に、夏がきていた。
たしかに太陽は光線銃のように白い光をボクにむけているし、着ているシャツは汗ではりついて、ボクから離れようとしない。
空に入道雲が浮かんでいることも、蝉の声が聞えていることも、カレンダーが八月になっていることも、ボクは知っていた。
でも、誰もボクに「夏がきたよ」とは言ってくれなかった。

そして、いつの間にかボクの通う小学校も夏休みになっていた。
ボクは小学校に通いはじめて五年目になる。
つまり、小学五年生だ。飽きもせず、真面目に通っている。
ランドセルは端っこがケバケバしてきて、傷だらけになっているけど、ボクは身体が小さいほうだから、まだ窮屈ではない。

同じクラスの男子の中には、もうランドセルが合わなくなった子もいる。
そういう子は、ランドセルの変わりにリュックを背負ってくることを許可されている。
ボクは、中学生になったら劇的な成長を遂げる、と信じている。

一学期最後の日、五年生になってはじめての通知表をもらった。
もらった通知表は、五年目もほとんど同じ内容だった。
ボクの得意科目は、理科と社会。苦手科目は、算数と体育。
理科が得意であれば算数も得意だと勝手に思われているところが悩ましい。「わる数」と「わられる数」がなんなのか、ボクにはさっぱりわからない。「わられない数」や「わられそうになる数」なんかも、そのうち出てくるのだろうか……。

毎年多少の変動はあるけど、ボクの通知表はほとんどぶれない。
これは、成長していないのではなく、維持しているのだ、とボクは考えている。
一年生から五年生まで、担任の先生はみんなちがった先生だった。
女の先生もいたし、男の先生もいた。
なのに、通知表には必ず書いてある言葉がある。

「ぼんやりしていることが多いです」
心外な言葉だ。大人は本当にわかっていない。
ぼんやりしていて人にぶつかったり、溝にはまったりして怪我をしたことはない。
たまに先生の話を聞いていないことはあるかもしれないけど、いまのところ誰かに迷惑をかけたことはない、と思っている。
(母さんはそうは思っていないかもしれない)

ボクは、ただぼんやりしているわけではない。
考えごとをしているのだ。
空を見ながら、物語を考えているのだ。



*** 2022.03.23 表記の揺れを修正

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