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書籍年間ベストセラーランキングを読み解く ジャンル別 2021年~2023年

年末に発表される書籍の年間ベストセラーから何が見えて来るのか。分かりやすく読み解いてみたいと思います。
「書籍年間ベストセラーランキングを読み解く 総合 2023年」に続いて、ここではジャンル別ランキングを3年分あわせて振り返ってみたいと思います。
(記事は個人の見解であり勤務先の意見を代表しません)


単行本フィクション部門

2023年のジャンル1位となった『変な家』(雨穴/飛鳥新社)は2021年7月に刊行され、2021年6位、2022年5位と、着々と順位を上げて大きく育ってきたことが分かります。入れ替りの激しい単行本フィクション部門で、これは特異なことです。2021年7月刊行で、年の後半から追い上げた勢いが翌年に続き、『変な絵』とのコラボで息切れすることなく伸びていったのではと思われます。

今年4月に著作100冊、国内1億部と発表された(海外も7000万部だとか)東野圭吾さんの強さが印象的です。2021年には『白鳥とコウモリ』(幻冬舎)が3位、新シリーズとして登場した『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』(光文社)が4位、ガリレオシリーズ『透明な螺旋』(文藝春秋)が10位と3冊もランクイン。2022年にはマスカレードシリーズ『マスカレード・ゲーム』(集英社)が2位、2023年にはラプラスの魔女シリーズ『魔女と過ごした七日間』(KADOKAWA)が5位、加賀恭一郎シリーズ『あなたが誰かを殺した』(講談社)が6位と、著作が毎年ジャンルベスト10入りしている唯一の作家です。各出版社に人気シリーズが定着しているのが素晴らしいですね。

賞関係を振り返ってみましょう。
賞も色んなものがあるので、芥川賞、直木賞、本屋大賞に絞って見て行きます。
2021年の1位の『推し、燃ゆ』(宇佐見りん/河出書房新社)は芥川賞。2位の『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ/中央公論新社)は本屋大賞。
2022年1位の『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬/早川書房)は本屋大賞。8位『黒牢城』(米澤穂信/KADOKAWA)は直木賞。10位『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子/講談社)は芥川賞。
2023年4位の『汝、星のごとく』(凪良ゆう/講談社)は本屋大賞。8位『ハンチバック』(市川沙央/文藝春秋)は芥川賞。

2021年、2022年と順位を上げていた「転生したらスライムだった件」シリーズは2023年にはランクインしませんでした。

2022年9位『夢をかなえるゾウ 0』(水野敬也/文響社)のシリーズは2021年からシリーズ刊行が続いていますが、2007年に飛鳥新社から刊行されて大ヒットしたことが記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。
2023年7位の『続窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子/講談社)は、1981年に刊行されたベストセラー史に残る『窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子/講談社)の42年ぶりの続編ということで話題になりました。
総合ランキングではインド式掛け算が再浮上したように、潜在的な認知層への新しい提案手法という視点は、今後も新たなヒット作を生み出しそうな予感がします。

文庫部門

文芸作品は単行本の刊行から2~3年で文庫化とあわせて映画やテレビドラマが公開、放映されて話題が広がることが多いので、映像化作品にはマークを付けておきました。映像化されると小説の内容が分かりやすく伝えられるうえに、普段は本を読まない人達にも認知が広がり、本の売り上げにつながります。しかし、メリットは出版社だけではありません。映像化作品の話題が本の帯や表紙になって、書店(コンテンツにお金払う人達があつまる場所)で大きく訴求されるほか、新聞広告、書評、出版社のプロモーション連動で公開前から話題を大きくすることが出来るのです。

2022年は10作品のうち9作品が映像化作品です。
そのうち、2021年1位、2022年9位の『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ/文春文庫)は文庫発売が2020年9月、映画公開が2021年10月。映画公開の勢いが翌年まで延びています。本屋大賞受賞作ということもあって、書店店頭での応援も大きかったのだと思います。
29日公開、『沈黙のパレード』(東野圭吾/文春文庫)は文庫の刊行が2021年9月、映画公開は2022年9月。2021年のランキングにもマークをつけていますが、この年にはまだ映画と連動したプロモーションというより作品の人気で積み上がった売上、翌年に映画連動でさらに人気にという流れかと思います。
この2作品を除いても7作品と多いのは、コロナ禍で制作現場や劇場が大きな影響を受けるなか滞っていた色んな作品の制作が一気に動き出したからかも知れませんね。
2023年の文庫10作品のうち単行本発売時に単行本フィクション部門で10位位内に入っていたのは次の3作品のみ。単行本刊行時の部数が文庫化の際にそのまま反映される訳ではなく、映画の話題性や、映画のプロモーションに書籍がどれくらい連動出来るかといった出版社の仕掛け方によっても変わってくるのだと思います。

2023年1位の『クスノキの番人』(東野圭吾/実業之日本文庫)は、2020年単行本フィクション部門4位。
4位の『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ/中公文庫)は2021年総合6位、単行本フィクション部門2位。
『希望の糸』(東野圭吾/講談社文庫)は、2019年単行本フィクション部門7位。

一方で、最初から文庫として発売された作品も健闘しています。
7位は2021年11月の映画公開を前に8月刊行された『小説 すずめの戸締まり』(新海誠/角川文庫)。8位は「電子書籍化絶対不可能!?」と話題を呼んだ『世界でいちばん透きとおった物語』(杉井光/新潮文庫)。9位は宝島社主催の『このミステリーがすごい!』大賞を受賞して文庫化された『レモンと殺人鬼』(くわがきあゆ/宝島文庫)です。

新書ノンフィクション部門

新書といえば、以前には教養あふれるロングセラーの印象がありましたが(今もそういう本はあると思いますが)、コンパクトで絞り込んだテーマが訴求しやすいため、時代性を反映した入れ替りの大きな分野となっています。

こうして見渡すと、2つのキーワードが浮上してきます。
ひとつは、「シニア」。
2021年の4位が『在宅ひとり死のススメ』(上野千鶴子/文春新書)、7位が『老いる意味』(森村誠一/中公新書ラクレ)。
2022年1位が『80歳の壁』(和田秀樹/幻冬舎新書)、2位が『70歳が老化の分かれ道』(和田秀樹/詩想社新書)、5位『寂聴九十七歳の遺言』(瀬戸内寂聴/朝日新書)、9位が『今を生きるあなたへ』(瀬戸内寂聴、瀬尾まなほ/SB新書)。
3位の『ヒトの壁』(養老孟司/新潮新書)も、「コロナ禍、自身の心筋梗塞、愛猫まるの死を経て、84歳の知性が考え抜いた、究極の人間論!」という出版社の説明文からすると、シニアの生き方指南書とも言えるかと思います。
2023年は4位に『80歳の壁』(和田秀樹/幻冬舎新書)、6位に『死は存在しない』(田坂広志/光文社新書)が入っています。

もうひとつのキーワードは『脳』です。
2021年は1位『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン/新潮新書)、5位『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治/新潮新書)、6位『どうしても頑張れない人たち―ケーキの切れない非行少年たち2』(宮口幸治/新潮新書)。
2022年は4位『スマホ脳』、6位『発達障害「グレーゾーン」その正しい理解と克服法』(岡田尊司/SB新書)、10位『最強脳―『スマホ脳』ハンセン先生の特別授業』(アンデシュ・ハンセン/新潮新書)。
2023年は5位『脳の闇』(中野信子/新潮新書)、7位『発達障害「グレーゾーン」その正しい理解と克服法』
なぜ、新書部門でこうした本が良く売れるのか、驚きと戸惑いを感じます。新書の棚前にいる読者とはどういう人たちなのでしょうか。誰か詳しい人の解説を聞いてみたいものです。

『物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』(黒川祐次/中公新書)は、 2022年2月に起きたロシアのウクライナ侵攻から半年後の8月に刊行されてランクイン。
コンパクトな判型だからこその機動性、目の前の事象にとらわれすぎない教養の裏打ち、こういう書籍がしっかり支持されているところに、中公新書の良質な読者層を感じて嬉しいですね。

単行本ビジネス部門

思いのほか入れ替りの多かった新書のランキングに比べて、ビジネス書ではロングセラー書籍を中心に見て行きたいと思います。
実際のビジネスの世界は、年々歳々移り変わりの激しい競争社会だと思いますが、ビジネス書の世界では、ランキング上位以外にもロングセラー書籍が多いように思います。
毎年新たにビジネスパーソンが誕生したり、現場のトップから管理職になるときのようにステージごとに共通した悩みが生じるときに参考になる書籍がいくつもあるようです。また、評価が役に立ったかという実利であるため良書として信頼されると息の長い商品になるようです。自然とネット上での情報が蓄積されるため、WEBのSEO的な効果もあるかも知れません。
なお、ビジネス書部門では、純粋なビジネスだけでなく実用書的な本も含まれています。

『人は話し方が9割』(永松 茂久/すばる舎)は、2019年9月の刊行で、初年度のランクインはなかったものの、2020年には総合12位、単行本ビジネス部門1位と急浮上します。2021年には総合1位、単行本ビジネス部門1位、2022年は総合2位、単行本ビジネス部門1位、2023年は総合14位、単行本ビジネス部門2位。
ようやくピークを過ぎた感はあるとはいえ、堂々たるベストセラーです。
似たような本がたくさん出て、こんな皮肉な記事も出たくらいです。

それだけの人気商品だけに、ヒットの要因を解説した記事はたくさんあります。まずは、分かりやすさ。

「自分の親や友達をイメージしたときに、文字が詰まった本を読みそうにないので、“年に1冊しか本を読まない人も読める本にしよう”」という分かりやすさ。

著者も語っています。
「とにかく敷居を低くすることを心がけました。小学生からお年寄りまで、それこそビジネス書をあまり読まない自分の母親でも読めるような本にしようと思って。難しい言葉はできるだけ使わないようにしたり、不必要な言葉は削ったりしました。だから、この本は文字数が5万字前後と、とても少ないんです」

「今回の結果は、この本がビジネス書というジャンルを超えることができたからこそ。書店店頭でもビジネス書コーナーだけでなく、就活や語学などさまざまな場所で展開するたびに新たな読者と出会うことができた」

切り口の新しさ。
「こういうふうに話そうというスキルの本はたくさんあるから、あえてこの本は話すためのメンタル作りの本にしましょう」

また、コロナ禍という背景もありました。
「日販によると、新型コロナウイルスの影響で職場や友人、家族との対面の機会が限られる中、よりよいコミュニケーションのあり方への関心が高まったことが支持された要因」

なかでも注目したいのは、読者の女性比率についての解説です。
「購入者の男女比は、「KINOKUNIYA Publine」の客層分析データによれば4対6で、女性読者の多いビジネス書となっている。」
「女性層を取り込むための工夫として、リアル書店では女性のアイラインや手に取りやすい低い位置に同書を置き、平積みの多面展開を呼びかけた」

そうなんです。ビジネス書の読者というと以前はネクタイ締めたサラリーマンというイメージでしたが、働く女性が増えたことで、女性の支持率が高い書籍がビジネス書のランキングで上位に上がる傾向があるのです。

『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎、古賀史健/ダイヤモンド社)も、コワモテな書名とは裏腹に、女性読者比率が多い書籍です。具体的な割合を示した記事は見つけられなかったのですが、「日経WOMAN」でも自明のこととして紹介しています。
「どきっとするタイトルが目を引く、20~30代の女性たちにも大人気の書籍『嫌われる勇気』。心理学者のアルフレッド・アドラーが提唱する「アドラー心理学」を基に、私たちが日頃抱えている人間関係の悩みをシンプルに解決し、"嫌われる勇気"を持ちながら自分らしく生きるための方法を紹介した本だ」

女性を意識したコンテンツもWEB上で展開されています。
「僕の本の読者には女性が多いのですが、これは僕にとっては決して意外ではありません」

https://precious.jp/articles/-/587

女性の働く場所が増えて来た、女性が活躍出来るステージも広がってきた。それだけに担う役割も大きくなり、悩みも増えて来た。
そうした時に『人は話し方が9割』『嫌われる勇気』といった書籍がタイミング良く現われて、悩みに対応する役割を担ったと考えられるのではないでしょうか。
『嫌われる勇気』は2013年の刊行で刊行から間が空いていたのですが、2017年7月に日本テレビ系の「世界一受けたい授業」で紹介されて再び脚光を浴びたようです。番組スタッフも目の付け所が良かったですね。

以来、単行本ビジネス部門で2位、2018年6位、2019年5位、2020年4位、2021年8位、2022年10位と息長く売れてきました。

女性のコミュニケーションにおける不安という視点で考えれば、2021年単行本ビジネス部門5位の『「育ちがいい人」だけが知っていること』(諏内えみ/ダイヤモンド社)にも通じるものがあるかも知れませんし、さらにいえばその数年前、2017年に総合8位、単行本フィクション部門3位となった『コンビニ人間』(村田沙耶香/文藝春秋)が都内のとある大型書店で平日夕方に仕事帰りの女性たちが次々に買っていく姿が見られたというエピソードとも通じるものがあるように思います。

働く女性の需要という点で思い出されるのは、2017年の単行本フィクション部門1位となった『はじめての人のための3000円投資生活』(横山光昭/アスコム)も女性読者比率が多い書籍だったと思います。
働いてお金はある、世の中は貯金ではなく投資しろというけど難しいことは分からない、という潜在的需要をすくい取って市場を作った見事な企画だったと思います。
投資アドバイスの内容については私は評価する知見を持ち合わせていないのですが、今年4月に『はじめての人のための3000円投資生活 新NISA対応版』が刊行されて、ベストセラーの知名度は強いなと言う印象を持ちました。

単行本ビジネス部門では、お金に関する書籍も定番ネタです。
『本当の自由を手に入れる お金の大学』(両@リベ大学長/朝日新聞出版)は2020年6月に刊行されて、2020年単行本ビジネス部門8位、2021年総合5位、単行本ビジネス部門2位と躍進。2022年総合9位、単行本ビジネス部門3位。2023年単行本フィクション部門5位とロングセラー化しています。
『ジェイソン流お金の増やし方 コレだけやれば貯まる』は2021年11月刊行で2022年総合3位、単行本ビジネス部門2位、2023年単行本ビジネス部門8位。
面倒なお金の話を分かりやすく解説した本はたくさん出ていると思うのですが、どうしてこの2冊が突出して注目を集めているのか、興味深いところです。

児童書

書店の児童書コーナーに行くと昔から慣れ親しんだロングセラー書籍をよく目にします。書籍は変わらなくとも、毎年新しくお母さんになる人はいて、新しく生まれて大きくなっていく子ども達にとっては、ロングセラーも直近の刊行物もみんな新刊書なのだ、という解説を児童書版元の方から伺ったこともあります。
ただ、児童書のTOP銘柄については、意外と入れ替りが激しいなということと、何かが売れれば釣られてシリーズ作が売れていく世界なんだな、という印象です。

『パンどろぼう』(柴田 ケイコ/KADOKAWA)は2020年4月刊。32ページの絵本です。21年の総合ランキング13位、児童書部門1位になると同時に、続巻で2021年1月刊の『パンどろぼうvsにせパンどろぼう』が児童書部門9位にランクイン。さらに2022年になると、『パンどろぼう』が総合16位、児童書部門2位になると同時に、シリーズ3冊目で2021年11月刊の『パンどろぼうとなぞのフランスパン』が総合18位、児童書部門3位。さらに『パンどろぼうvsにせパンどろぼう』が児童書部門6位、2022年9月に出たばかりの『パンどろぼう おにぎりぼうやのたびだち』まで児童書部門10位に入ります。
部門TOP10のうち4冊がパンどろぼうシリーズに占められてしまった訳ですから、他の児童書版元はどんな気持ちで見ていたことだろうと思います。

実は、もっとすごいシリーズがあります。
『だるまさんが』(かがくいひろし/ブロンズ新社)は2008年1月刊。20ページの本です。直近10年間の動きを見てみましょう。
2014年、児童書部門4位『だるまさんが』、6位『だるまさんと』、7位『だるまさんの』
2015年、総合18位『だるまさんが』。児童書部門1位『だるまさんが』、2位『だるまさんと』、3位『だるまさんの』
2016年、児童書部門2位『だるまさんが』、5位『だるまさんと』、6位『だるまさんの』
2017年、児童書部門4位『だるまさんが』、7位『だるまさんの』、8位『だるまさんと』
2018年、児童書部門6位『だるまさんが』、10位『だるまさんと』
2019年、総合20位『だるまさんが』。児童書部門6位『だるまさんが』
2020年、児童書部門3位『だるまさんが』、6位『だるまさんの』、7位『だるまさんと』
2021年、児童書部門4位『だるまさんが』
ここで人気が収束したかと思いきや、さにあらず。
2022年、総合20位に『だるまさんが』が返り咲き。児童書部門5位『だるまさんが』、7位『だるまさんの』、8位『だるまさんと』と、またも部門ランキングに複数冊。
2023年、児童書部門5位『だるまさんが』、10位『だるまさんの』
新刊が続々出ているならまだ分かりやすいのですが、驚くべき存在です。

その他、印象深いのはおしりたんていシリーズ(ポプラ社)です。
児童書部門TOP10だけ見て行きますが、2017年にシリーズから2冊、2018年に4冊、2019年に5冊、2020年に1冊、2021年1冊と圧倒的な存在感を見せつけていました。

こうした強力シリーズとゲームやアニメ関連本が上位を争っていて、書店の児童書売場が見せる優しい雰囲気とは違う、厳しい争うが行われているのかも知れません。

あなたの好きなジャンルに、読みたい本は見つかりましたか?
次は「書籍年間ベストセラーランキングを読み解く 10年分を一挙振り返り 2014年~2023年」で、10年間のベストセラーを振り返りながら、社会の変化を感じてみたいと思います。






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