可能性を失った大人は幼稚化する
職場内の人間関係や、コミュニティの見えないルールに苦しむ人は多い。幸いか私は少人数の環境にいるため感じることは少ないが、大人数オフィスや、教員であれば職員室、公務員なら課内でストレスが渦巻いている。
聞く話や私が観察する範囲では、その内容は非常に単純で幼稚なことが多い。お昼を一緒に食べないとハブられたとか、お局などの裏ボスに指名された見張り係が、気に障る人の行動を監視し尾行する(トイレ行くにも尾行してくる)、特に脈絡のないことでキレてくるなどだ。
まるで小学校の悪ガキグループがいじめで対象の子を付け回すのを想起させる。
そこに深い思考はなく、ただ単純にコミュニティに入らない人や浮いてる人を、なんとなく排除しようというものだ。
知能が成長途中な子供はさておき、なぜ知能が成熟し、いい歳こいた大人が、小学生レベルの陰湿なことをやりだすのか。私なりに紐解いていこうと思う。
1. 可能性ある10代後半~20代後半では幼稚化しにくい
青春真っ盛りの高校生や大学生は、まだ進路が決まっておらず、若さと体力があり、希望と可能性に満ち溢れている。
まさしく「一人ひとりが主人公」状態だ。先輩後輩を除き、一人ひとりが対等で、上司もいなければクライアントがいるわけでもない。
自分の人生を、ある程度独断でコントロールできる年代だ。
しかし就職し、年齢を重ねるにつれ、生きる環境や勤め先のジャンル、出世などの序列など、他人と話題が共有できなくなったり人生のレベルに差がついてくる。家庭内のストレスをためてたり、歳を取れば職場環境を変えることは現実的でなくなるので、若い頃のような軌道修正はできない。逃げ場も猶予時間もない。「希望と可能性がない→今いる環境を掻きまわすしかない」のだ。
そうなれば、今いる環境でマウントを取り、のし上がるか他を蹴落とすしかない。スキルがなければ今の環境で同じ様に過ごすしかない。そのようにして、小学生時代の「お山の大将」のような現象が出来上がる。環境に流動性がないと、自ら争いを起こし優位に立ちたがる傾向が見て取れる。
2. 可能性を残せなかった大人達
率直に言って、若い頃に未来像や自己キャリアについて考えなかった人、自由に身動きできるためのスキルを身に着けなかった人が陥りやすいと考えている。とは言っても、その人達が怠慢でさぼっていた、とは決して思わない。むしろ社会が無意識に誘導した故に生まれた被害者の側面を持っていると考える。
出来るだけ大きな組織に仲間入りし、リーダー出世していくことが美徳とされた時代だ。彼らはその正義、その定義を目標に、疑いなく向かっていっただけで、そこにむしろ善悪はない。
競争は、ルールがなければ優劣の比較ができない。そのルールがコミュニティの中で勝ち上がることだっただけだ。実際、競争がなければ進歩がないことも在る。薬にも毒にもなる。
しかしそのルールは脆弱性を持っていた。個人の意見を封殺し、ストレスを押し殺した主従関係は、上の人の顔色をうかがう必要や、外界の変化からの弱さという欠点を持っている。
外界の変化に組織として変化し対応するためには、組織内で有効な権力を用いる必要があるが、多くの人は権力を持たず行動が難しく、権力者・リーダーの能力頼みとなる。
さて、ここからが負のループの始まりである。
3. フレキシブルな時代は、幼稚な(ニセ)リーダーを炙り出す
まず、今起こされている外界の変化は、「個がスキルを身につけ生きていく」時代へ変化していることであるのを、押さえておく必要がある。
家族は多世代から核家族へ、分業が必要だった仕事はWebやツールの進化、ロボットへの転換で、一人で出来るようになってきた。民間の永年雇用は年々難しくなり、副業や転職が当たり前になる時代は近い。
もちろんリーダーの中には優秀な人がいて、時代の流れに合わせて組織の在り方を変化させられる。こうした本物のリーダーは、プライドやブランドではなく、機動性や実益、機能性を重視する。
自分自身が上に立つ理由、ビジョンを、「組織外の相手へ効率よく利を提供する」点に重きを置いている。また、「過去・現在・未来を一貫して考察し、後進の育成を考え変化を取り入れる」ことを念頭に置き、組織を運営する。
しかし、そういった柔軟性にで劣る、誤ったリーダーは、劣等をごまかすため、あるいは焦りからか、自らのプライドやメンツを保つことを優先して考える。無駄な会議も、自分が人をコントロールできることを誇示できる機会であり、リーダーが愉悦でストレス解消のために発生するのだろう。
当然コミュニティは生産性もなく、上の顔をうかがい、異端者はいじめで排除する、冒頭でお話ししたような幼稚な文化となるのである。
4. ニセリーダーは、人を支配する愉悦エンタメで自らをごまかす
負のループの原因は、個の能力を最大化する昨今の外界の変化が、「リーダー同士の柔軟性の優劣」を明確に分けてしまったこと、
そして今まで重視されてきた「主従関係の権威誇示を基にした組織維持力」を前提ルールとしてきたリーダー観が破壊されたためである(体育会系が就職で求められていたのはこの「組織維持力」のため)
「部下の個々人の能力を最大化する」というリーダー観が今の時代は正しいのであり、
「ナメられたら終わり」というリーダー観はとっくに滅びている。
しかしその古いリーダー観を引きずっていると、弱いものを虐げナメられないためだけの組織を生み出す。そして他では通用しない、悪評高いチームが完成する。
すると優秀なリーダーとアカン偽リーダーの実績は差がつき、より劣等感を抱く偽リーダーの「ナメられないためのマネジメント」が強化される、、というループが発生し、救いのない環境となるわけだ。
外部からはナメられていることに気づかないまま。
まとめ:誤ったリーダーにならないために行うこと
こうした環境の発生を防止し、負のループを起こさないためには、
リーダーの人は
・「組織維持」ではなく、スキルアップの「環境整備」を行うこと
つまりは
・ナメられないための権力誇示、組織維持をやめ、個々人の得意分野を伸ばすよう環境を整えること
を重視するべきだ。
個々人が活躍できる場をメンバに与えれば、見栄を張らずとも、少なからず部下に感謝されるはずだ。人としての、人情としての原点に返ろう。
リーダー以外の人は
・組織に入り込むことに魅力を感じるのでなく、スキルを身に着け自分自身の可能性を広げることを目標・美徳にすること
を努めて考えるべきだ。
学生時代に可能性が広がっているのは、勉強しているからだ。
社会人になってから勉強しない人が多いから、目の前にある可能性は逃げていく。若さは戻せないまでも、知識だけでも挽回しよう。アップデートしよう。
長々と書いたが、要するに、
「勉強と変化を忘れた者は幼稚で成長なく人に悪影響をふりまく」
ということだ。日々忘れず精進しようと思う。
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