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お酒の嗜好にも「家庭の味」がある。

ぼくはお酒が好きで、ぼくの中では、「豊かな人生を送ること」と「お酒を楽しむこと」の間には大きな相関関係があります。

利き酒師という日本酒関係の資格を持っていますが、何も日本酒だけが好きなわけではなく、ビールもワインもウイスキーも好きだし、焼酎も好き。

仕事でヨーロッパに駐在していた頃は、仕事終わりに近所のスーパーに寄って品揃え多彩なワインやビールを選ぶ行為そのものが楽しかったし、こだわりの酒屋さんでマスターのウンチクを聞きながら試飲させてもらったウイスキーの味わいは今でもはっきりと覚えてます。

そんなお酒好きのぼくなんですが、ここ数ヶ月は集中的に日本酒ばかりを飲んでいたところ、味覚の変化を感じるようになり、久々に白ワインを飲んだら酸味をきつく感じたり、久々にウイスキーを飲んだら甘く感じたりといった発見があった。

同時に、「自分の味覚の原点」ということを考えるようになり、大自然に囲まれた田舎で育った原風景と、精米したてのお米の味がぼくの日本酒好きの根本にあるといった内容を記事にしました。

今回は、そういった「味覚の原点」、「嗜好の原点」という話です。

1. 家庭の味

地域や家庭など、人が食生活を営む共同体の中で、独自の味付けが生まれ継承されます。小さい頃から食べ慣れた味わいに安心感を覚え、美味しさを感じる。逆に食べ慣れない食材や味付けには警戒心や違和感を覚える。

平たく言えば、いわゆる「家庭の味」が一番美味しいというやつですね。

友達のおうちでご飯を食べさせてもらったら、味付けが甘すぎたり、塩辛かったり、逆に味が薄いと感じたりする。そんな経験があると思います。ぼくらは料理や飲み物の大まかな味わいをこれまでの体験、経験から予想してるわけですね。

これは、逆に言えば、新たな味わいに触れたときにその驚きがプラス側に向かえばその原点からの距離分だけ新鮮な喜びになるわけだけど、その場合でもやっぱり基準は「原点の味覚」=「家庭の味」があるわけです。

地域や家庭といった共同体で長年継承されてきた味覚はそう簡単には変わらないわけで、意識的・無意識的によらず、こだわりにも根強いものがある。食=味覚というのは本来的に保守的なものなんですね。

ぼくが海外に長期間滞在して「日本に帰ってきた」と実感するのは、味噌汁を口にした時。韓国の知人は、「コチュジャンを口にした時、韓国に帰ってきたと感じる」と言ってましたし、イギリス人の仕事仲間は「こだわりのチップス=フライドポテトを口にした時の安心感で、帰国を実感する」と。(ちなみに、イギリスやアイルランドでは飲んだ後のシメが、揚げ物のフィッシュ&チップスだったりします。。最後まで馴染めませんでした。。ここにも家庭の味、が見て取れますね。)

で、こういった保守的な味覚=家庭の味というのは、お酒に対する味覚にもあると思っていて。そう思ったきっかけは、昨日飲んだビールの味わい。


2. お酒の嗜好の原点

昨日仕事から帰ってきて、雨に濡れた服から着替えてさっぱりしたところで真っ先に冷蔵庫に向かってビールを一杯。キリンビールの『一番絞り』。

久々に飲んだんですね、『一番絞り』。定番の『一番絞り』(全体的にゴールドよりのラベル)に比べると、飲み口の綺麗さを特徴とした造りでほんの少しコク(味の厚み)が抑え目ではあるのですが、味わいのバランスはまさに『一番絞り』そのもの。

何が美味しいかって、上記の通り「コクとキレと香りが丁度良い」んです。バランスが完璧。

最近はクラフトビールの流行もあり、元々ビールは濃い目の味わいが好きということもあって、YEBISUとクラフトビールの間を行き来していたんですが、昨日久々に飲んだ『一番絞り』が沁みるように美味しかった。

「家庭の味」なんですね、これが。この味わい、コクも香りもキレ感も、このバランス感がぼくにとっての「ビール」なんだと改めて認識しました。

で、思い出したんです。そういえば、ぼくがまだ子供の頃、父親が飲んでいたのはキリンビールで、銘柄は『一番絞り』だったなと。お酒を飲むようになって、初めて口にしたビールがこれだったなって。

「原点」を感じずにいれませんでした。

で、さらに思い出したんです。象徴的なあの日のこと。

3. 嗜好における文化的要素

ヨーロッパには仕事で延べ5年ほど滞在していたのですが、そこはビールの本場なわけで、お酒好きのぼくにとっては、まさにお花畑のような幸せな日々。

あちこちにバーやビアパブがあって、数え切れないくらいの種類の地ビールを日常的に楽しんだし、ミュンヘンのビール祭りもばっちり楽しみました。ワインなども含めて、お酒好きにとっては、本当に豊かな環境でした。

で、駐在を終えて完全帰国となった日。日本の家に着いて荷物を解き、ほっと一息最初に口にしたのがキリン『一番絞り』の缶ビール。これが、もう信じられないくらい美味しくて。びっくりしました。

えっ!?なに?ヨーロッパで造りたてのあれだけ美味しい生ビールを、あれだけ楽しんできた後なのに、このコンビニで買える何でもない缶ビールがこれだけ美味しいの!?って。

それぐらい美味しく感じたし、しばらくジーンとしてました。その時は、「日本人の造るお酒はやっぱ美味いんだ!」とか「日本のビールはほんとによく出来てる!」とか、「繊細な日本人が造った味わいなんだ!」とか、確かそんなこと思ってました。

それはそれで間違いではないと今でも思いますが、昨日やっと分かった気がします。

お酒の嗜好にも「家庭の味」があるんだってこと。人の味覚は原体験からの地続きなんだってこと。

お酒が好きで良かったと思いました。自分を形作る要素、文化的要素の本質をぼくの味覚が記憶してるんですね。

味覚という極めて主観的な感覚が、実はこれまでのぼくを形成してきた歴史と文化に直接繋がっている。そんな素敵な世界を見せてくれる。

お酒が好きで良かったなって、改めて思います。

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