楊駿驍

二松学舎大学文学部講師。博士(文学)@早稲田大学。近刊『闇の中国語入門』(ちくま新書)…

楊駿驍

二松学舎大学文学部講師。博士(文学)@早稲田大学。近刊『闇の中国語入門』(ちくま新書)『日中韓のゲーム文化論』(新曜社)。『文藝春秋』、『エクリヲ』などに寄稿。連載「<三体>から見る現代中国の想像力」。中国生まれ、日本育ち。現代中国文学・文化の研究。

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絵本から見る現代中国ーー唐亜明講演@遇見書房イベントレポート

7月23日に、私と段書暁が顧問を務める早稲田の中国語図書室「遇見書房」にて、日本と中国を股にかける、著名な絵本の翻訳者、編集者である唐亜明先生をお迎えして、ご講演いただいた。司会と絵本の朗読は段書暁が担当した。 二冊の絵本(『一杯水』、『ぐるんぱのようちえん』)を中心に、絵本文化の歴史、日本と中国の絵本に対する意識の違いについて話していただいた。 それは親にとって、子どもにとって絵本とは何か、どのように子どもに絵本を読み聞かせるべきかという実践的で、きわめて身近な感心に沿

    • 極大な「天下」と極小の「付近」の間で揺れる中国現代思想

      ※この論考は2023年1月5日の「早稲田超域哲学研究会」で発表した内容を微修正したものになります。 序この論考では2000年以降と2020年前後という二つの時期において、それぞれ中国で影響力を持った互いに対照的な、そして日本の文脈から見ると極めて保守的な二つの思想を取り上げて紹介したいと思います。 2000年以降については中国の哲学者・趙汀陽の議論を取り上げ、2020年前後については人類学者の項颷の議論を取り上げます。前者はいわば人類世界全体を考えるための概念を提供してい

      • 「日常だって冒険だ」から外国に行かなくてもいいのか?

        たまに「外国なんか行かなくても、日常の中にも新しいものがあり、その中で生きることだって冒険であり旅である」といった主張を目にするが、それには部分的に同意しつつもやはり違うのではないかと思ってしまう。 ひとつには、程度の問題がある。例えば、東京にだって坂や大地の起伏があるわけだから、わざわざ「山登り」なんか行かなくても、それと同じような経験が東京でも体験できると主張したとして、同意できる者はあまりいないのではないかと思う。そもそも起伏の程度が異なるだけでなく、それによって気候

        • 刽子手(死刑執行人)/黒暗中国語⑥

          刽子手 guìzishǒu の意味①(刃物などをもって)死刑を執行する者 ②(比喩)人びとに害や悪をなす者 例文1. 刽子手需要精湛的技艺,保证能减少行刑者的痛苦。 
日本語訳:受刑者の苦しみを減らせるように、死刑執行人には優れた技術が要求される。 2. 每个人都是刽子手。 
日本語訳:誰もが死刑執行人(のような存在)である。 コラム  「刽子手」から考える中国における悪のイメージ「刽子手」とはもともと死刑の執行人のことであり、そこから転じて、「人びとに害や悪をなす悪人

        絵本から見る現代中国ーー唐亜明講演@遇見書房イベントレポート

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          『羅小黒戦記』からポストコロナの中国を考えてみた

          中国のアニメ映画『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』(以下『羅小黒』)を観なおした。 前に書いたエッセイで既に結論めいたことも書いたのだが、今回もう一度観たら新しい気づきがあったので、いろいろとまとまっていないながらも考えたことを書き留めてみたいと思う。 『羅小黒』はわりかしシンプルな作品であり、例えばジブリの作品などと比べてもそれほど批評的に読み解くべきところがないかもしれない(自然と人間の関係性というテーマでは『もののけ姫』や『ぽんぽこ』のほうがはるかに深い)。しかし、シン

          『羅小黒戦記』からポストコロナの中国を考えてみた

          「民度が低い」ってどういう意味なんだろう?

          ウクライナの情勢に乗じて中国の男性たちが「ウクライナの花嫁」を欲しがり、戦争で苦しむ彼女たちを自らの欲望の所有物にしようとしているという記事が話題になり、中国人の「民度の低さ」が色々と言われているようである。 でも、常々思っているのですが、「民度」ってどういう意味なんだろう。なぜ「度」なのか。 温度やメガネの度数なら客観的で単一な基準を持つわけだから、どんな対象に対しても同じように適用できる。計測することで人間をはかろうが、動物をはかろうが等しく正しい値が得られる。つまり

          「民度が低い」ってどういう意味なんだろう?

          中国における新しい普遍性の探求|現代中国の思想を読む③

           「言説の権利」をめぐる異議申し立て 中島隆博は『中国哲学史ーー諸子百家から朱子学、現代の新儒家まで』(中公新書、2022年)の中で現代中国の哲学界における「普遍性論争」について紹介している。簡単にいうと20世紀に入ってから、中国の総合的な国力の向上に伴って、西洋的な普遍概念を相対化し、そのオルタナティブとしての中国的な普遍性についての議論が活発化したということである。例えば「天下」や「王道」といった儒教的な概念の現代的な意義はどこにあるのか、(西洋)哲学における普遍性の概念

          中国における新しい普遍性の探求|現代中国の思想を読む③

          外国人、ホームレス、戦犯、そしてクソゲー

          入管で家畜のように扱われ、死ぬがままに放置された外国人の話があったり、ホームレス、生活保護受給者に価値がないという話があったり、戦争や戦犯の話があったりと、いろいろ気が滅入るようなことばかり目につく。 そして、いろいろとまとまりのないことを考えてしまう。 現在のチーム対戦ゲーム界隈では、「戦犯」という言葉がよく使われている。チームの対戦において、自身の属するチームに不利益をもたらし、勝利を妨げたことを意味している。ビデオゲームだけでなく、スポーツなどでもよく使われる言葉で

          外国人、ホームレス、戦犯、そしてクソゲー

          「中国SF」について書くことについて(*06/06追記)

           『エクリヲ』という批評雑誌で、「〈三体〉から見る現代中国の想像力」という連載をしています。  先日出た十三号で第三回が掲載されています。  〈三体〉は三部作となっているので、この連載の第一回で『三体』を、第二回『三体Ⅱ:黒暗森林』を、そして第三回で『三体Ⅲ:死神永生』を取り上げて分析しました。単なる紹介的な書評ではなく、その内部にある想像力の構造を析出しようと考えました。連載の企画自体も<三体>の邦訳刊行とは関係なしに立てられたものです。  しかしながら、「現代中国の

          「中国SF」について書くことについて(*06/06追記)

          「崩溃(崩壊=決壊する)」/黒暗中国語⑤

          「黒暗中国語」の第五回になります。 今回は中国の「崩溃 bēngkuì」を取り上げて、感情がカジュアルに決壊することの中にある希望について考えていきます。 「黒暗中国語とは何かについては以下の記事を参照。 「崩溃 bēngkuì」の意味:崩壊する、破綻する。 「崩 bēng」「くずれる」、「倒壊する」、「破裂する」などの意味がある。 「溃 kuì」「決壊する」、「敗走する」、「(包囲を)突破する」などの意味がある。  例文:1. 她的离去让我完全崩溃了。 Tā d

          「崩溃(崩壊=決壊する)」/黒暗中国語⑤

          抽象的なものを「失う」こと/黒暗中国語④

          「黒暗中国語」の第四回になります。 今回は中国の「失去 shīqù」を取り上げて、抽象的なものを「失う」とはどういうことかについて考えていきます。 「黒暗中国語とは何かについては以下の記事を参照。 「失去 shīqù」の意味(知覚・理知・信念・自由・効力・時効・機会・身内などを)失う;なくす。(白水社『中国語辞典』) 例文1. 人类失去了理智,也失去了未来。 Rénlèi shīqù le lǐzhì, yě shīqù le wèilái. 人類は理性を失い、未来も失

          抽象的なものを「失う」こと/黒暗中国語④

          黒暗中国語③「伤害 shānghài」

          「黒暗中国語」の第三回になります。 今回は「伤害 shānghài」を取り上げます。 黒暗中国語とは何かについては過去の記事を参照してください。 「伤害 shānghài」の意味害する、傷つける、壊す。 例文1. 他无意中伤害了我的自尊心。 Tā wúyì zhōng shānghài le wǒ de zìzūnxīn. 彼は意図せずに私の自尊心を傷つけた。 2. 我无法承受他的所作所为给我带来的伤害。 Wǒ wúfǎ chéngshòu tā de suǒzuòs

          黒暗中国語③「伤害 shānghài」

          黒暗中国語②「背叛 bèipàn」

          「黒暗中国語」の第二回になります。 今回は「背叛 bèipàn」を取り上げます。 「黒暗中国語」とは何かについては過去の記事を参照してください。 「背叛 bèipàn」の意味裏切る;(政治的に)反逆を起こす。 日本語の語彙でもある。「はいはん」と読む。 例文1. “你叛逃的原因? " ——“逃离是事实,但我没有背叛。” (『三体3』より) Nǐ pàntáo de yuányīn?—— "Táolí shì shìshí dàn wǒ méiyǒu bèipàn.

          黒暗中国語②「背叛 bèipàn」

          黒暗中国語①「渺小 miǎoxiǎo」

          「渺小 miǎoxiǎo」の意味小さい、ちっぽけである。 例文1. 有时觉得生命真珍贵,一切都重于泰山;有时觉得人是那么渺小,什么都不值得一提。(劉慈欣『三体』より) Yǒushí juéde shēngmìng zhēn zhēn guì yīqiè dōu zhòngyú tàishān;yǒushí juéde rén shì nàme miǎoxiǎo, shénme dōu bù zhíde yì tí. 訳:命は本当に貴重なもので、すべてが泰山ほどにも重く価

          黒暗中国語①「渺小 miǎoxiǎo」

          項飆『方法としての自分』/現代中国の思想を読む②

          はじめに今回は2020年に中国でたいへん話題になった、人類学者の項飆(シャンビョウ)のインタビュー集『把自己作为方法:与项飙谈话』(上海文艺出版社,2020 年)を読んだので、その内容を簡単にまとめてみたい。 項飆は1972年浙江省温州市生まれで、現在イギリスのオックスフォード大学の社会人類学の教授である。 著作一覧は記事の最後に載せてあるが、彼を一躍有名にしたのは北京郊外で温州出身の商売人たちのコミュニティ「浙江村」を参与調査した民族誌である。この仕事をしたのはまだ大学

          項飆『方法としての自分』/現代中国の思想を読む②

          陳嘉映「教育と洗脳」/現代中国の思想を読む①

          最近は中国でよく読まれている思想系の本を読んで、重要なものは読書ノートを作っていこうと思っている。 もちろん思想をまじめに議論するとか、アカデミック的にどのようなことが言えるかとかのためではなく、あくまで中国の人たちがどのような思想を導きに世界と自分を考えているかを知りたいためである。 そこで、「現代中国で一番哲学者と呼ばれるに相応しい」と言われている哲学研究者の陳嘉映の講演「教育と洗脳」(『走出唯一真理观』上海文艺出版社,2020年所収)を読んで、ウィトゲンシュタイン研究

          陳嘉映「教育と洗脳」/現代中国の思想を読む①