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涙こそが最高の思い出に変わる/泣くことについて考える

わたしの好きなnoterさんのひとり、ほしまるさんのこんな記事を読み、“泣くこと”についていろんな思いが巡ったので記します。

不思議です。note でいろんな記事を読みますが、ただ通り過ぎていく文章と、何かを問いかけてくれたり、考えさせてくれる文章があると思いませんか?ほしまるさんの文には問いや染みる何かがよく潜んでいます。

ほしまるさんの魅力は今の固定記事を読めば、心と芯のある方ということがわかると思います。すてきなエピソードと共に紹介される音楽記事も大好きです。

最近のわたしは、いいことも悪いことも含めて最高の思い出のシーンをよみがえらせてくれるのも涙だと実感しているところです。

わたしがこの一年余流した涙の量は計り知れません。

結婚して母になるまでのわたしはとても弱虫で簡単に涙が出ました。愛情のある家庭で甘やかされて育つことができたからなのでしょう。精神が弱く少々打たれるだけですぐ泣きました。そんなわたしが精神メタクソ強くて、嘘ごまかしがないからこそ口が悪いオトコと結婚してしまいました。

新婚のころは夫婦喧嘩してはメソメソしていたので、そのうち夫にとってのわたしの涙など「また泣き落としか……」という程度のものになりました。わたしが泣くのは「痛いところをつかれる」からでした。どう考えても、わたしに、痴話喧嘩での勝ち目はありませんでした。

打たれているうちに鍛えられました。母親となってからはさらに強くなり小さなことでは泣かなくなりました。イタイところを突かれれば、突き返す術も身につけていきました。

でも、もとは弱かったので繊細さんが些細なことにでもこの世の終わりのように落ち込んでしまう気持ちはよくわかります。いっぽう、夫はずっと強かったのでしょう。「どうしてこんなことで泣くの?」と人の弱さをあまり理解しない人でしたから、ある意味で攻撃的な人でした。

そんな人なのに人一倍、人情にはもろくて、感動的な映画やドラマを見るとひと目をはばからずに涙を流していました。

その昔、映画館で『嵐が丘』を見たあと、終わって帰ろうと席を立つも夫は号泣していました。「どうしてこれ見てすぐに立ち上がれるのかわからん」と涙声でわたしを睨み返しました。わたしは感動で溢れる涙を見られるのが気恥ずかしくてめったにそんな涙を見せません。

一方、夫は昭和の男性なので「男だから強くあれ」「男だから我慢しろ」「男が弱さを見せるのは恥ずかしいこと」が刷り込まれていたのでしょう。弱さを見せる涙は見せなくとも、やさしさや感動の涙を見せることに躊躇はなかったようです。

一口に涙といっても涙がこぼれるシーンはいろいろです。2020年3月に夫が末期がん宣告をうけてから一年余の間に流した涙はそれこそ、わたしのそれまでの一生分以上でした。

悲しみの涙、悔しさの涙、感謝の涙、喜びの涙、笑いの涙、幸せの涙、心の痛みの涙、苦しみの涙、不安の涙、反省の涙、怒りの涙、せつない涙、懐かしさの涙、絶望の涙……その涙の種類は列挙しきれないほどでした。

ありとあふれる感情の波に流されて毎日、毎日、溢れ出る涙がどうして出てくるのかと不思議なほどでした。

トップの画像は、この旅の一シーンを息子が描いたものです。左横がタイの赤いトラックです。夫が癌とわかり手術を終え退院したあと、次男の家に行きました。そこにこの絵が掛けてありました。わたしたちは、絵を目にしたとたんに同時にとめどなく涙が溢れてきました。二人で絵をみつめてこぼれ出る涙を拭うことはありませんでした。

あーあのとき、確かに家族6人があのトラックに乗って旅をしたという美しい思い出がわたしたちの頭で同時にめぐった瞬間でした。でもその涙が何の涙だったのかは今もよくわかりません。たぶん、絵がすべての感情を一気に押し寄せるスイッチになったのだと思います。

わたしがいちばん印象に残っている夫の涙の場面が二度あります、

一度は、結婚したときに金屏風の前で天井をみつめて嗚咽を漏らしてわんわん泣いた男の涙。ケロッとしているわたしのほうが恥ずかしくなりました。

もう一度は、末息子が大学生だったとき、オリジナルアルバムをリリースした記念ライブのあとです。ライブ会場の出口で息子に「どうだったお父さん?」と言われたときに、夫は「良かった、良かったぞ」と言ったあと涙がポロポロと頬を伝りそれ以上の言葉が出てきませんでした。

聴きにきてくれた、たくさんのオーディエンスにとってはただのライブ・コンサートだったでしょう。でも、わたしたち夫婦にとってはただのライブ・ショーではありませんでした。どれほど息子たちが頑張ってきたかをずっと傍らで見てきたからこそ溢れ出た感動の涙でした。

ふだん威張っているばかりの父に、恐る恐る感想を尋ねたのに、涙がつたった父を見てそのとき息子がどう思ったのかは聞いたことがありません。でも、何かを感じたはずです。

このときに息子が作ったアルバムとあの日の夫の涙は、わたしにとってはセットです。今もそのアルバムを聴くたびに、夫の頬から伝った涙を思い出します。

今、わたしは涙は隠さなくていいことを確信しています。

涙は人の喜怒哀楽のすべてを伝える証で、そのずっと先には、涙がこぼれた日こそが思い出の一シーンに生まれ変わるからです。

泣くことを我慢なんかしなくていいです。
泣きたいときにはどんどん泣けばいいのです。



2020泣いたエピソード




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