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お坊さんと戦争の関わり方。『ポーランドに殉じた禅僧 梅田良忠』梅原季哉


1943年11月28日から12月1日にかけて、イランで開かれたテヘラン会談。ここでいち早く「ドイツが降伏した後、ソ連が対日参戦する」という情報を入手したのは、曹洞宗の僧籍を持つ梅田良忠でした。

梅田良忠は、1922年、曹洞宗学林(後の駒沢大学)から奨学金をもらい、バイオリンを片手にドイツに留学……するはずが、船上でポーランド人のスタニスワ・ミホフスキと知り合い、留学先をポーランドに変更してしまった人です。思い切りの良さがすごいし、それが受け入れられた戦前の世の中もすごい。

その後は、ワルシャワ大学で日本語を教えたり、日本公使館の関係者として仕事をしたり、朝日新聞特派員として記事を日本に送る日々。ポーランドを愛したのですが、その後ドイツに占領されてしまうポーランド。梅田はブルガリアに写って、亡命ポーランド人を支援する活動を続けました。

梅田本人の著作はほとんど紛失してしまったとのこと。なので、この本の著者は家族へのインタビューをもとに、アメリカ、イギリス、日本などの公文書館で裏付け調査を行って、梅田の活動を調査したそうです。

戦前の僧籍を持つ人には、仏教系大学の財力によって教養を身につけることができた人が結構いて、彼らの多くは日本に帰って活躍したけれど、中には梅田さんのように海外で活躍した人たちもわりといます。でも、忘れられてしまった人がほとんど。著者の梅原さんは、この本を書くにあたって、ちゃんと公文書もチェックしつつ、いろんな資料を集めたところが信頼できます。

梅田良忠というお坊さんが、かなり個性的でおもしろい人なのは当たり前ですが、それに輪をかけて戦前の国際情勢や梅田さんを取り巻く人たちも重要で、いろんな意味でスリリングな本でした。

戦後に帰国して、関西学院大学の先生になった、と知り合いの関学OBに聞いて驚きましたが、一番びっくりしたのは高校時代に大好きだった『ワルシャワ猫物語』の作者さんが、梅田さんと結婚していたこと。世の中、本当に狭いです。




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