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Dark in the dark | #2000字のドラマ

陽が沈む。

その時を待ち望んだように、彼らは静かに集う。



皐月(さつき)は、身支度を整え、電車に乗り込む。

人込みに飲まれそうになりながら、英単語帳を僅かな隙間で見つめる。

『今とは、全く違った環境に行けば、私も変われるかもしれない』

大きくも淡い期待を寄せていた。


いつもの駅。いつもの電車。いつもの通学路。いつもの教室。いつもの人。

そんな当然の様な日常に、皐月は溜め息しかでなかった。

日常的な負の思考回路に陥りながら、教室に入りかけた時、


「おっはよ~!」


音と同時に、皐月の体に衝撃が走った。

深夜(みや)が飛びついてきたのだ。

「今日は、間に合った~!」

朝起きられない深夜が、こうして時間通りなのは珍しい。

「おはよう。今日は早いね。」

と皐月が言うと、深夜は、

「頑張って起きたんだよ~。大変だったんだよ~」

といつもの調子で、少し大げさな答えが返ってきた。


朝の講義が終わり、皐月と深夜は、ラボへ向かう。

遅めの足取りの二人を、

足早に陸人(りくと)が追い越し、二人の前を歩く。

彼を見るや、深夜は、

「あ、陸人、おっはよ~!」

それに対して、陸人は、

「ういっす」

といつもの軽い挨拶だけ。


三人は、ほぼ同時に、ラボに入り、静かに各々の机に散っていく。

そして、彼らは、今日も仮面を被る。

それが、彼らにとっての日常で、非日常だった。




深夜は、高校時代、天文部に所属していたこともあり、星空が大好きだった。

ある時、深夜が皐月を誘った時、

「そういえば、陸人も、天体観測が好きって聞いたことがあるから、一度、誘ってみない?」

という皐月の一言から、三人は、初めて集った。

そこで、ようやく、三人は、仮面を外して、語り合った。

そのことがきっかけで、三人は、

他の誰も知らないことまでお互いに知る程の仲になり、

不定期に、三人で集うようになった。



「今度の休み、○○へ星を見に行かない?」

いつもよりも、遠い場所を指定していたのが少し気になったが、

今回もいつものだと思っていた。



皐月と深夜は、事前に借りた車に乗り、

陸人は、大型二輪にまたがり、

日暮れと共に、現在から発つ。


晩夏の夜は、生ぬるさが留まっていたが、

風を切る彼らには、心地よい空間だった。


○○に着くと、三人を歓迎するかのような星空。

それを目にした深夜は、車を降りて、走り出し、

特等席を確保するかのように、大の字に寝転び、


「わぁ~きれいだぁ......きれいだ......」


皐月と陸人は、ゆっくりと声の主に近づいた。

だけど、近づくにつれて、声ではない音が聞こえた。


「...っく、ひっく...はぁ.......はぁ....」


皐月と陸人は、そっと深夜の隣に腰を下ろした。

しばらくの沈黙の後、


「わぁぁぁ...なんでよ、なんで...?私の気持ちを理解してくれないの?」

「私は、操り人形じゃないし、お金で動く機械じゃないよぉ...?」


深夜の両手が虚空へ突き出される。


小刻みに震える深夜の、左手を皐月が、右手を陸人が、掴み、

背中を支えながら、彼女の体をゆっくりと起こす。


「深夜...辛かったよね。こうして言い出すのも辛かったよね。深夜は、本当に優しいから、言い返せなかったんだよね...でも、深夜は何も悪くない...大丈夫...大丈夫。私はここにいるよ。」

皐月は、背中をそっとさすりながら、言葉を紡ぐ。


「深夜、そうだよな...俺たちは、人形じゃないよな。俺は、実の両親・親戚にたらい回しにされたことがあるからさ...なんでオトナは、自分の都合ばかり考えるんだろうな...」

陸人は、自分の影と重ね合わせながら、言葉を繋ぐ。


深夜の肩の揺れが、少しずつ収まりかけていた。

「こんなこと、ラボの人に言えなくて、本当は、皐月にも、陸人にも、迷惑かけると思ったから、言いたくなかったんだけど、もう堪えきれなくて...ごめん......ありがとう...」

「また、聞いてくれる...?私も二人の聞くから....」

深夜は、繋がれた手を少し強く握り返し、問う。

それに応えるかのように、皐月と陸人は、再び握り返す。


それから、少し冷たい風が吹く中で、心を寄せ合っていた。


時間と共に、落ち着いてきた深夜は、ふと目の端で光るものを捉えた。


「あ!流れ星!」

手を繋ぎながらも、深夜は、突然立ち上がり、叫ぶ。

そして、

「二人は、流れ星に何を願う?私は...」

と言いかけた時に、

「流れ星への願い事は、口に出さない方が叶うって言うから、それ以上は言わない方が良いかもよ。」

と陸人が待ったをかける。それに乗るように、

「そうだね。たぶん、私たちの願いって、似てると思うから、言わなくても分かるよ。きっと。」

皐月が、確信めいたように続ける。


その時、彼らの言葉を待っていたかのように、流れ星が再び瞬く。


深夜は、咄嗟に両手を合わせ、

皐月は、静かに、

陸人は、口元が少し開きながら、

過ぎゆく瞬間を眺めていた。




夏の大三角形が、明日を約束するかのように、頭上で輝きを強くした。

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