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非凡にも平凡にも普通にもなれないマジョリティにもマイノリティにもな れないはみだした者たちへ贈られるラブレター

非凡になれなかった。特別になれなかった。何者にもなれなかった。記録と記憶に残る者になれなかった。誰もが知っている人になれなかった。知る人ぞ知る人にもなれなかった。幾人の人が知っている人にさえもなれなかった。わたし以外わたしのほんとうのことは誰も知らない。友達が知っているわたしはわたしのぬいぐるみ。わたしが知っている友達は友達のぬいぐるみ。わたしがいてもいなくてもわたしはわたしでさえない。本当のわたし、特別なわたし、非凡なわたし、唯一のわたし。わたしはわたしひとりしかいないので、わたしが消えるとわたしはいなくなる。この世界から。

特別なものを何ひとつ持っていないくせに平凡で陳腐で凡庸で阿呆で馬鹿で傲慢で無知で愚鈍で不細工なくせに特別に非凡になりたくてなりたくて誰もが羨む格別な存在になりたくてみんなにちやほやされたくてあがいてもがいてじたばたしてごろごろ転げまわって倒れてぼろぼろになってずたずたになってふてくされて泣いたふりして叫んで死んだふりした。でも非凡になれなかった。雨が降って土砂降りになって豪雨になって洪水が世界を飲み込んで雪が降って街が氷に閉ざされて風が吹いて雹が降って空がどんより曇って何もかもが腐敗して雲ひとつないかんかん照りの快晴になって熱風で世界中がからからに乾燥して砂漠になって道路が溶け出して寒暖計が破裂してばたばたと人が路上に倒れて史上最強の猛烈な台風が来て屋根が剥がされ電柱が引き抜かれて停電になって河が氾濫して流されて大地が恐ろしい唸り声を上げて激しく揺れても、それでも、わたしは非凡にはなれなかった。世界中の人たちが戦争して停戦してまた戦争して空を埋め尽くした爆撃機から爆弾が落下して街が炎に包まれて鉄とコンクリートと人間が焼ける匂いのする黒い煙の中を銃弾がびゅんびゅん空中を行き交って血を流して包帯を巻いて穴を掘って死体を埋めてお墓に花束をそえて泣いて笑って生きて死んでも、わたしは非凡になれなかった。傷つけて傷つけられて噛みついて噛みつかれて体中を泥と雑草と雨水と砂と石で血まみれにして野良犬みたいに口から泡といっしょに反吐をアスファルトの地面に汚く垂れ流しても、わたしは非凡になれなかった。

わたしはなにものにもなれなかった。わたしはどこまでもわたしにしかなれなかった。それはほんとうのことなの? わたしはわたしなの? わたしはなにものなの? わたしはほんとうにわたしなの? わたしはだれ? わたしはなんなの? なに? わたしはなにものにもなれないなにものでもないものなの? わたしはこのせかいのどこにそんざいしているのどこに?

そんなわたしが平凡の中に入ろうして平凡の世界に足を踏み入れたら、友達と思っていた人たちから、いきなり、蹴られた、どつかれた、殴られた、髪の毛を引っ張られた、怒られた、怒鳴られた、唾を吐かれた、罵声を浴びた、泣かされた。ここはおまえのようなやつが来るところじゃあない、と真顔で言われた。ここは普通の人がくらしている場所です、おまえは普通じゃないと言われた。冗談ではなく真剣な顔で。非凡になれなかったわたしは平凡ではないのですか? わたしは平凡です。だから、わたしは普通です。わたしはどこにでもいる平凡で陳腐な人間です。でも、わたしの居場所は友達と思っていた人たちが住んでいる普通の平凡の中にはなかった。非凡になれなかったわたしは普通にも平凡にさえもなれなかった。非凡になろうしたわたしは気が付いたらわたしは世界からはみだしていた。非凡の世界と平凡の世界の両方からはみだしていた。世界のこちらとあちらの両方からはみだしたわたし。こちらにもあちらにもどこにもわたしのいばしょはなかった。

平凡の中には入りません。平凡の人にはなりません。平凡の人には話しかけません。ずっとずっと歩き続けてずっとずっと走り続けてずっとずっと立ち続けています。だから、平凡の中で大人しくしているからわたしの場所を少しだけください。少しの時間だけ横になって休ませてもらえるわたしの場所はどこかにありませんか。贅沢は言いませんどこでもいいですから雨と強い日差しを遮る場所をください。おねがいします、おねがいしますおねがい。

わたしの場所はこの世界のどこにあるのですか?

宮崎夏次系の「と、ある日のすごくふしぎ」 (現代世界文学の傑作!)

わたしは何度も何度も何度も泣いて笑って泣いて笑ってお腹が捩れて脚がつって涙を流して転げまわって椅子から落ちて頭を打って怪我して鼻血出た。ここに書かれてあるのは全部が全部わたしのことだと身勝手に思ってしまう。わたしわたしだけじゃない。はみだしたのはわたしだけじゃない。わたしひとりぼっちじゃなかった。宮崎夏次系さん大好き。

「友だちからはじめよう」(はじかしい)
「ビッグになりてえ」(ういっす)
「師匠、お久しゅうございます お元気で何より」(やめちくれおいおい)

もうひとつ。世界からはみだした者たちの話。

映画「ぼくのエリ 200歳の少女」(監督:トーマス・アルフレッドソン、原作:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト「MORSE -モールス-」、2008年のスウェーデン映画)。現代のヴァンパイア映画。はみだした者たちの孤独の映画。全てが凍り付く世界の風景の中の息が止まるような美しい傑作

オスカーとエリはわたし。

映画『ぼくのエリ 200歳の少女』予告編



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