漬けマグロ

たまに短い小説を書きます

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No name

吾輩は猫である。 先日まで人間だと思っていた。 物心ついた頃には、2匹の人間のつがいと毎日共に同じ釜の飯を食らい、撫でられ、じゃらされ、チャオちゅ〜るをしゃぶって生きてきた。 この家の人間たちは、吾輩を「かわいい」と呼ぶ。 呼ばれたらニャオンと答える。 するとまた「かわいい」と呼ばれるのできりがない。 名前は、「かわいい」である。そう思っている。 ここ数日、吾輩はペットホテルというところに居る。 人間はあのつがい以外にも居たらしい。 数名、吾輩が押し込められているカゴにカリ

    • バクのおせち

      皆さんは、バクをご存知でしょうか。 そうです。白と黒で鼻がちょっと長くて、カピバラよりは大きそうだけどカバよりは小さそうなイメージの動物です。 けっこう珍しい動物なので、バクの多くは有名で大きな動物園に連れていかれます。 しかし、僕は寂れた動物園のバクです。 僕の故郷と、今居る街が姉妹都市だとかで、その街ではちょっと希少な大きめの鳥と交換でここに来ました。 ところで、皆さんが気になっていることがあると思います。 バクは本当に夢を食うのか。 夢で腹が膨れるのか、と。 結論から

      • 満月アレルギー

        「満月アレルギー?」 「満月アレルギーです」 その声は至って真剣だった。 「世界でも症例は数えるほどしかありませんが、ほぼ間違いないでしょう」 幼い頃から、僕は定期的に鼻炎になる鼻たれ小僧だった。 それでも熱が出るわけではなく、中学時代までは非常に元気な鼻たれ小僧としてやってきた。 それが、二十歳を過ぎた頃からだろうか。鼻だけではなく目もショボショボ、最近なんか頭もフワフワするし、船酔いみたいになる日さえある。 そんなだから、3ヶ月前、レビューの良い耳鼻科へ行った。すると医

        • 鮮魚コーナーで待ち合わせ

          仕事帰りに毎日寄るスーパーがある。 小ぢんまりした古い店なので品揃えもあまり良くないが、お惣菜が美味しくて、寿司や刺身がとても安い。 この店の鮮魚コーナーには生簀がある。近くの市場で仕入れているのか、鯛やヒラメが泳いでいたり、サザエが張り付いていたりもする。一度、見たこともないような大きなカニがチキチキ歩いていたこともある。生簀の中の大物を買ったことはないが、水族館のようでとても良い。僕はこの鮮魚コーナーを愛している。 いつものように割引シールの貼られた寿司を狙って、閉店間

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          サンタ採用試験

          「私の長所はコミュニケーション能力です。私は学生時代、サークルの部長をしていたのですが…」 膝の上の拳を握りなおす。この面接で落ちたら書類審査を通過した企業の手札が切れてしまうのだ。絶対に失敗は許されない。 「ふぅん…なるほど。逆に、短所はどんなところだと思いますか?」 面接官は丸眼鏡を押し上げながらさらに問う。 「はい。短所は負けず嫌いなところです。しかし、そのおかげで向上心を持ち続けて物事に挑戦することが…」 擦り切れるほど使い回したこの文言も、舌が反射で喋り出すほど言い

          サンタ採用試験

          プッチンプリンの神様

          「お箸、スプン、おいくつ入れる?」 「あ…2つ」 手をピースの形にする。 バイトのゴードンさんは、大きな手で割り箸とスプーンを鷲掴み、3セットずつ袋に入れた。 やたら厳しく年齢確認するくせに、こういうところは大雑把である。 「アリャッターマタコシマセ〜」 4円の袋には、酒とパスタとラーメン、ポテチ、スイーツ、そしてバカみたいにでかいプッチンプリンがギチギチに詰まっている。 ゴードンさんには一人で食べる量とは思えなかったらしいが、今日はこれらを全部ひとりでいかせていただく。 私

          プッチンプリンの神様

          あまいにおい

          甘ったるい匂いがする。 玄関の物音で目が覚めた。 「おかえり」 「心愛、もう起きてたの?ただいま」 母は華奢な靴を脱ぎながらため息をついた。 小さなカバンと分厚いコートを受け取る。 コートを抱くと、シャネルの5番がより強く香った。 母は「気持ち悪い〜」と言いながらまっすぐキッチンに向かった。 水道水をカランから直に飲んで、重たい動作で冷蔵庫から卵を取り出す。 「いいよ、無理して作らなくても」 「だって、コンビニ弁当じゃ健康に良くないわよ?成長期はちゃんとバランスよく食べないと

          あまいにおい

          ウェディングケーキを倒した

          私は今、街を全力疾走している。 涙なのか鼻水なのかも分からない液体で顔が濡れて、向かい風が痛いほど冷たい。 職場から走って、走って、遂に見覚えのない景色の場所までたどり着いた。 貸テナントの窓ガラスに映った自分を見る。 とても普通の会社員には見えない上等なシルバーのスーツ。しかし、右肩から袖にかけて生クリームでギトギトに汚れている。 胸元の名札を外し忘れていたことに気づく。 「終わった…」 自分の所業を思い出し、絶望に天を仰いだ。 結婚式場に勤めはじめて3年になる。 弊社が

          ウェディングケーキを倒した

          ラストクリスマス

          西暦3045年12月24日。 灰色の雪がしきりに降っている。 深刻な環境汚染と少子高齢化の影響で、人類は地球での繁栄を諦め、この世代で滅亡する道を選んだ。 「行こうか」 背を撫でると、ルドルフは赤い鼻をブルルと鳴らして歩き始めた。 プレゼントは数えるほどしか入っていないので、20歩ほどで離陸した。 我々サンタクロースの仕事の存続は、良い子が居なければ成り立たない。 今では私ひとりで世界中に配達しても、一晩で3周できるほど子供が居なくなってしまった。 昔は人手が足りず、派遣やバ

          ラストクリスマス

          酸性雨

          目に跡が残るほど彩度の高いブルーシートの青に、真っ白な石膏が一滴垂れた。 手のひらで乾いた粉をエプロンに擦りつける。 僕はしがない芸大生である。 親には「芸術なんか金にならない」と反対されたし、受験期の自習の時間にスケッチブックを開いていたら「座学をやれ」と教師に殴られた。 こんちくしょうと反対を押し切って入ってはみたが、芸術にはわけが分からないほど金がかかるし、売れるのは大変なことだった。 先輩たちはみんな普通に就職して普通のサラリーマンになっていく。 ただ作ったものを買っ

          猫の手

          「猫の手だよ、気をつけて」 「もう〜分かってるって!あっちでテレビでも見てて!」 僕はキッチンから追い出されて仕方なくテレビをつける。 彼女は普段料理なんか全然しないのに、何かの記念日がくると必ず張り切ってハンバーグをこねる。 僕の一番の好物はハンバーグじゃなくてさば味噌なのだが、かれこれ2年も言い出せていない。 バラエティ番組で「好きな食べ物ランキング」をやっていた時、1位のハンバーグを見て「やっぱハンバーグだよなぁ」と言ったからだと思う。 キッチンから声や物音がするたびに

          冬晴れのコーンスープ

          「あ、ある…!」 ようやく、ようやくこの季節が来たのだ。 1列増えた「あたたか〜い」コーナー。 そのすみっこに、私の待ちわびた缶が鎮座していた。 じっくりコトコトとろ〜りコーン。 いそいそと財布をあけて小銭を取り出す。 ガコンと音を立てて、小ぶりな缶が落ちてきた。 コーンが偏らないように、よく振ってからプルタブを引く。 なめらかなスープ、甘いコーン。 これが冬の出勤前の幸福というものである。 ゆっくりスープを飲み干して、缶を覗く。 あれだけ振ったのに、4粒も取り残してしまった

          冬晴れのコーンスープ

          自殺ラーメン

          「別れよう」 一年記念日を目前にして、私は彼氏にあっけなく振られた。 もう街灯もまばらになった帰り道、テナントのガラスに映る自分を見る。 綺麗に伸ばして巻いた髪も、炭水化物を摂らずに凹ませたお腹も、寒いのに無理して履いたスカートも、全部あなたのためのものだったのに。 白い光に寒々しく照らされた私は、悲しいくらい完璧な女の子だった。 愛されないなら死んでしまおう。コンビニでカッターでも買って帰ろう。 カッターナイフの包装を握りしめ、ふと「最後の晩餐食べなくちゃ」と思い至った。

          自殺ラーメン

          おもちが来た日

          「いいもの買ってきた」 おつまみでも紹介するように、彼女はビニールのかかった鳥かごを見せびらかした。 白い羽根に赤いくちばしの文鳥が、止まり木と金網とを三角形に行ったり来たりしている。 「可愛い」 彼女と一緒に暮らしはじめてまだ1ヶ月だが、付き合ってもうすぐ6年になる。 相談なく突飛な行動を取るのにはだいぶ慣れていた。 「私、白い文鳥に『おもち』っていう名前を付けて飼うのが夢だったの」 「へぇ、じゃあその文鳥おもちっていうの?」 「そう、おもちちゃん」 オスだけどね、とつぶや

          おもちが来た日

          座敷わらしはさとり世代

          「ただいまぁ」 切れかけの蛍光灯が、テン と音を立てながら点く。 一人暮らしなのにわざわざ帰宅の挨拶をするのは、泥棒やストーカーなんかに同棲を匂わせるという防犯テクニックである。 実家から出る時、「ためしてガッテンで言ってたから毎日絶対やりなさい!」と母に強要されて、いつの間にか習慣化してしまった。 彼氏なんてもう3年居ないのに。悲しいライフハックである。 仮に長年ひっそりストーキングしている紳士が居たとしたら、私のただいまに返答が無いことくらいバレバレなのではなかろうか。

          座敷わらしはさとり世代

          紙の本

          紙の本が好きだ。 これは箔押しの装丁が綺麗な本。これは流行る前に初版で買えた本。これは、古本屋で叩き売られていたサイン本。 1冊ずつ重みを確かめて、パンダの柄のダンボールにおさめていく。 たまに何ページかめくってしまうので作業の進みがとても悪い。 私は今月この街を越す。 部活にもサークルにも入らなかった私は、本を読んで長い長い人生の夏休みを潰した。 荷造りを手伝いに来た母に「少し売ったら?」と言われたが、1冊も手放したくなかった。 品名に「本」と書いた箱をじゃんじゃか積む。