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サンタ採用試験

「私の長所はコミュニケーション能力です。私は学生時代、サークルの部長をしていたのですが…」
膝の上の拳を握りなおす。この面接で落ちたら書類審査を通過した企業の手札が切れてしまうのだ。絶対に失敗は許されない。
「ふぅん…なるほど。逆に、短所はどんなところだと思いますか?」
面接官は丸眼鏡を押し上げながらさらに問う。
「はい。短所は負けず嫌いなところです。しかし、そのおかげで向上心を持ち続けて物事に挑戦することが…」
擦り切れるほど使い回したこの文言も、舌が反射で喋り出すほど言い慣れてしまった。
「…分かりました。では、これが一番大切な質問です。」
白い髭を二度擦り、青い目が僕を見据える。
「あなたはなぜサンタクロースになろうと思ったのですか?」

春、同級生が次々に内々定をかっさらう中、僕はお祈りメールをゴミ箱フォルダに移しかえるbotと化した。
夏には「内定 なし やばい」で検索するbotとして生き、そして最近は内定式後の飲み会のストーリーズを上げたアカウントをミュートにするbotとして生きている。
先週のことである。
僕は布団にくるまって企業の採用情報を一心不乱にスクロールしていた。
二次募集をかけた企業の謳い文句は、どれも少し奇妙でブラックな雰囲気が漂うが、追い詰められている僕は条件を付けて選んではいられなかった。
ろくに読まずにエントリーボタンをぽんぽこ押していく。
ある企業のページで指が止まった。
『【学歴不問!】【即面接!】あなたもサンタクロースになりませんか?☆★株式会社メリークリスマス』
おもちゃの製造だとか、物流関係だとか、そういう比喩だろうな。
手癖のようにエントリーボタンを押した。
それが、文字通りサンタクロースの採用情報だったとは…。

「…夢を、夢を与えたいと思っています。子供たちに…。」
履歴書に書いた文言を反芻する。
「私は、御社に入社したら、絶対に子供たちのサンタクロースの夢を壊さないような、サンタを信じ続けてもらえるような取り組みをしたいと思っています。」
「信じ続けてもらえるような…というと?」
面接官はふさふさした眉毛を寄せる。
「はい。子供たちにサンタクロースを長く信じてもらうことは、長期に渡っての利用者の獲得に繋がります。あえて子供たちの夜更かしを推奨し、サンタの姿を撮影した写真や動画をSNSで拡散してもらうのです。サンタが実在することを、ネットをあげてアピールすることが…」
「君、もういい」
やれやれ、という雰囲気のため息をつきながら、面接官は丸眼鏡を外した。
「君は説明会には居なかったね。それは審査に響かないが…あまりにも企業研究がなっていないな」
腕を組みながらフォッフォ と笑う。
僕は羞恥と絶望の中で「笑い声、本当にフォッフォなんだ…」と、小さな感動を覚えた。
「僕たちサンタがなんでこんなに身を隠すのか、なんで真昼間にプレゼントを配らないのか。これは毎年説明会で話すことだが、ここで君に教えてあげよう」
椅子の背もたれに体を預け、サンタは僕に訊ねる。
「君は何歳までサンタを信じていた?」

「ちゃんと信じていたのは…小学校の3年生までです」
「そうか、少し早熟だったんだな」
忘れもしない。
昼休みの教室で、僕は自由帳にサンタへの手紙を書いていた。
すると、前からにゅっと長い腕が伸び、自由帳がもぎ取られた。
前の席の三宅である。
「おい、返せよ」と抗う僕をすり抜けながら、三宅は手紙を大きな声で音読した。
「サンタさんへ!ことしは、トミカのデラックスセットがほしいです!……おい、こいつまだサンタ信じてんだってー!!」
教壇の上で自由帳に手を伸ばしながら、クラスの全員が一人残らず笑うのを見た。
嘘だろ、と思った。一人くらい、反論するやつが居るはずだ。
「サンタなんて居ないんだよ。親がトイザらスで買ってきてんの!」
三宅は、しわが寄った自由帳をニタニタ笑いながら返してきた。
そうか、サンタを信じていたら子どもっぽいんだ。ダサいんだ。
僕は自由帳に書いた手紙を破り、ゴミ箱に丸め込んだ。
「サンタさんにお手紙書いた?」と聞く母に、「今年はプレゼントいらない」と返した。
母は僕がサンタの存在を疑っているとは思っていないのだろう。しつこく何が欲しいのか訊ねてくるのを「いらない」の一点張りで済ませると、クリスマス当日に大きな地球儀が届いた。
なんだ、願ったら何でも欲しいものをくれるなんて嘘だったんだ。
本当のサンタが居るなら、手紙なんてなくてもトミカが届いたはずだ。
年賀状を書く母の前で、地球儀を回して大袈裟に喜んで見せた。
「これで社会のお勉強がはかどるね。サンタさんありがとうだね。」
母は筆ペンから視線を外すことなく答えた。
「うん」
僕はそれから一度も地球儀を使わなかったし、社会のテストで0点を取ったし、次の年からサンタは来なくなった。

「こうして実在して働いているのに『バレる』と言うのも変な話だけど…。サンタはね、いずれバレなくちゃいけないんだ。遅かれ早かれ、かならずね。」
もう不採用だろうと確信すると、自分の印象はどうでも良くなってしまった。
「どうしてですか。大人はあんなに夢を守るのに必死だったのに」
「君がなぜサンタの存在を疑うようになったのかは分からないけれど。サンタを疑う時、それは子供が初めて現実に向き合うタイミングなんだ。」
「現実に…向き合う…」
「そう。自分にとって都合の良い、いわゆる夢のある世界から飛び出すんだ。そして、物事を疑ったり分析したりして、現実の手触りを確かめていく。」
現実の手触り。地球儀のくすんだ青と重みがよみがえる。
「我々サンタとしては寂しいことだよ。できることなら退職するまで毎年変わらず全員にプレゼントを配りたいさ。でもね、僕たちのことを疑った時、少年たちは青年の顔つきに変わるんだ。」
椅子をゆっくり回しながら、サンタは腕を組む。
自由帳を破り捨てた時、地球儀を押し入れに仕舞った時、僕もその顔つきをしていたのだろうか。
「それが僕たちサンタクロースからの、最後のプレゼントなんだ」

「面接は以上だけど、何か君から質問はあるかい?」
「質問、ではないんですけど」
面接官は書類を揃えながら目線を向けた。
「今年のプレゼントは、ホワイト企業の内定通知がいいなと思っています」

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