No name
吾輩は猫である。
先日まで人間だと思っていた。
物心ついた頃には、2匹の人間のつがいと毎日共に同じ釜の飯を食らい、撫でられ、じゃらされ、チャオちゅ〜るをしゃぶって生きてきた。
この家の人間たちは、吾輩を「かわいい」と呼ぶ。
呼ばれたらニャオンと答える。
するとまた「かわいい」と呼ばれるのできりがない。
名前は、「かわいい」である。そう思っている。
ここ数日、吾輩はペットホテルというところに居る。
人間はあのつがい以外にも居たらしい。
数名、吾輩が押し込められているカゴにカリカリを運ぶ者が居る。
皆そろって無愛想である。まったくつまらない。
人間にも色々な種類があるのだと分かった。
カリカリ運びに、「吾輩の主人はいつ帰るのか」と尋ねた。
カリカリ運びは、「かわいいね〜」とだけ返した。
いかにも、吾輩はかわいいである。
質問の答えになっていないぞ!
吾輩は立腹したが、大人しくカリカリをニャムニャム言って食べるほかなかった。
ある朝、旦那が吾輩を迎えに来た。
吾輩に弟ができたから紹介すると言う。
旦那の車に乗せられた。
横顔がどこか凛々しくなっており、時折「父親かぁ」とつぶやく。
なるほど、家には乳臭くて柔らかい人間が1匹増えていた。
小さい人間は目を開けたり閉じたり、「あぅぅ」と鳴いたりする。
「可愛いな。名前はなんと言うのか」と尋ねた。
小さい人間はこちらを向き、また目をぱちくりした。
人間のつがいは久しぶりに「かわいい〜」と吾輩の名を呼んだ。
吾輩の「ニャオン」と、小さい人間の「ぶぅ」が重なった。
人間の「かわいい〜」は数時間止まらなかった。
つがいは頭を突き合わせ、辞書を引いたり字画を数えたりしはじめた。
明日は吾輩のちゅ〜るを半分分けてやろう。
ようこそ、小さな人間。名前はまだない。
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