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ラストクリスマス

西暦3045年12月24日。
灰色の雪がしきりに降っている。
深刻な環境汚染と少子高齢化の影響で、人類は地球での繁栄を諦め、この世代で滅亡する道を選んだ。
「行こうか」
背を撫でると、ルドルフは赤い鼻をブルルと鳴らして歩き始めた。
プレゼントは数えるほどしか入っていないので、20歩ほどで離陸した。
我々サンタクロースの仕事の存続は、良い子が居なければ成り立たない。
今では私ひとりで世界中に配達しても、一晩で3周できるほど子供が居なくなってしまった。
昔は人手が足りず、派遣やバイトを雇うほど配達が大変だったものだ。
口蹄疫でトナカイがやられた時には、藁にもすがる思いで奈良県庁に連絡したこともある。
多忙なクリスマスが懐かしい。

良い子リストの一軒目、日本を目指す。
私はサンタクロースという仕事を愛している。
一度として各国からの助成金を満足にもらえた年などなかったが、子供たちの笑顔と保護者からの感謝の声を受けるとトイザらスへの足取りも軽かった。
今いる世代の子供たちが大人になってしまえば、私も店じまいしなければならない。
「ラストクリスマスかぁ」
言うでもなくひとりごちると、ルドルフがこちらをちらりと振り向き、瞬きをした。
雪の混じった北風に、ほのかに甘栗の香りがする。
「よぉし、降りるぞ」
ルドルフはゆったりと、龍野西サービスエリアに降下した。

音を立てないようにドアを開ける。
プレゼントを確認し、リストの1番上に横線を引いた。
慎重に階段をのぼる。
なぜ日本の家庭の子供部屋は2階にあるのだろうか。
この家は鍵を開けておいてくれるだけありがたいが、煙突ひとつ付けるくらいの親切さはほしいところである。
最後の段に足を置いて、妙な感触に気がついた。
「フォ!?」
緑色のスライムが靴下にまとわりついている。
最悪だ。
スライムを避けて廊下に進む。
嫌な予感がしてつま先で床を探ると、その先にはレゴブロックが撒かれている。
踏んだらひとたまりもなかった。
サンタクロースを舐めるんじゃないぞ、と心の中で呟いて、子供部屋のドアノブを掴んだ、その時である。
「隙あり!」
背中に衝撃を受ける。
この家の良い子は、眠らずにサンタを捕獲するクソガキであった。

縄跳び用の縄で身体を縛られた。
透明な持ち手の中に、「4年1組 ささき ようへい」と書かれた紙が入っている。
少年は、珍獣でも見るような目で私を観察した。
「フォッフォ!とんだクソガキじゃな、プレゼントやらんぞ」
「すげぇ、ほんまにフォッフォって鳴くんや!本物のサンタや!ハロー!」
「鳴くとか言うもんじゃないぞ」
「サンタって日本語いけるんか!」
「フォッフォ!あたぼーじゃ。世界中を旅するからな。陽平くんは関西弁が上手じゃな」
「なんで僕の名前知ってるん!?エスパー!?」
「正しくプレゼントを運ばんとならんからリストがあるんじゃ。それにこの縄跳びの持ち手にも書いてあるじゃろ」
少年はきゃあきゃあと声を上げて笑った。
笑うと、前歯の抜けた歯茎が見える。
「もうだいぶ遊んだじゃろ。もうこれほどいてくれんか」
「学校に持って行きたいねん!本物のサンタ、佳奈ちゃんに見せてあげようと思って」
「ワシはバッタやダンゴムシみたいに虫かごに入れて行けるようなアレじゃないんじゃよ。次の配達にも行かんとならんし…」
「でも僕佳奈ちゃんと約束してもうて…お願い!冬休み明けにもっかいウチに来てくれへん?」
「トナカイで飛んでいいのはクリスマスだけって航空法で決まっとるんじゃよ」
「ケチ」とつぶやいて、彼はようやく縄をほどいてくれた。
「困るんじゃよ、寝ずにサンタを見た子の家には来年から来れんことになっとるんじゃ…。ただでさえ生き残っとる子供は少ないのに…」
「プレゼントもらわれへんの!?」
少年は血相を変えて尋ねた。
「余っても仕方がないから置いて行くけど…来年は覚悟しとくんじゃな」
私は男の子用の青いラッピングを施した大きな箱を彼に手渡した。
「あぁそれと、サンタを見てしまったらこの薬で夜の記憶を消させてもらうことになっとるんじゃ。ほら、口を開けて」
さっそくプレゼントの包装紙を剥がした彼は、さっきまでの威勢が嘘だったように黙りこくって中身をじっと見つめていた。
「ちょっと苦いけど我慢するんじゃよ」
「…違う」
「どうしたんじゃ?薬は苦手か?」
「プラレールなんて頼んでない」
ビリビリの包装紙とプレゼントの箱が、気まずそうに少年のベッドに鎮座していた。

「でも、君のお母さんからは確かに…」
リストにはしっかりと、プラレール いっぱいつなごう 923形ドクターイエローと書かれている。
少年はついに目に涙をいっぱい浮かべてしまった。
「どうしたんじゃ、本当は何が欲しかったんじゃ」
「…佳奈ちゃんは?佳奈ちゃんのプレゼントはどうなってる!?」
彼は私からの質問に答えずそう尋ねた。
先程から何度か出てくる「佳奈ちゃん」という子は、少年の2つ先の配達先だった。
「佳奈ちゃんはたまごっちスマートじゃよ」
「やっぱり…」
彼は枕に顔をうずめ、わんわん泣きはじめた。
私はこれまで子供のプレゼントをミスすることなど一度としてなかったエリートサンタである。
自分が持って来たプレゼントで子供が泣いてしまうとなると、クソガキといえどいたたまれない気持ちになった。
「申し訳なかった、来年からは来ないと言ったが取り消そう。何が欲しかったんじゃ、来年必ず持ってくるから教えてくれんか」
少年は「僕はロケット、佳奈ちゃんは惑星をお願いしたねん」と答えた。
あまりにも無謀なプレゼントをお願いされた時、保護者は当たり障りのないおもちゃでお茶を濁して申請する。
せめて宇宙関係のおもちゃにしておけばよかったものを、と思いながら、「そりゃちょっと規模感的に無理じゃよ」と説得した。
「お母さんもサンタも、大人なんてみんな信用できひんのや!!」
彼は悲痛なほど泣いた。
私は背中をさすることしかできなかった。
「どうしてそんなにロケットが欲しかったんじゃ」
少年はしゃくり上げながら、ゆっくりと話しはじめた。
「地球はもうアカンのやろ」
「…そうじゃな」
「僕がもらったロケットで、佳奈ちゃんがもらった星に引っ越すねん。」
「…ふむふむ」
「そしたら、佳奈ちゃんにプロポーズして、佳奈ちゃんの星にローンで家を立てて、ペットにウサギとインコとカメと、犬と猫を飼うねん」
「いっぱい飼うんじゃな」
「結婚したら、子供がうまれる」
少年のまだ少し丸い頬の輪郭が、月明かりで光った。
「そしたら、人類は滅亡せずにすむと思うてん」
窓の外に黒ずんだ雪が降る。

私はポケットの小さなネジを取り出した。
「本当ならクリスマスのプレゼントは一つと決まっておるんじゃが、これは特別じゃ」
少年は訝しげにそれを眺めた。
「そのネジは、ワシのソリの部品じゃ。トナカイの力で空を飛ぶなんて不思議じゃろう?そのネジにも、少しだけ魔法がかかっておるんじゃよ」
「…」
「いま、ネジなんて と思っとるじゃろう。さっき君が言ったように、この星には未来がない。でも、君や佳奈ちゃんには未来があるんじゃ。ロケットは、いつか君が作るといい。」
「ロケットを、作る…?」
「そうとも。佳奈ちゃんと、君のロケットで星を探して、そこに家を建てるといい。このネジは、そのロケットのどこかに使うためのものじゃ。何百回世界中を旅しても大丈夫なように作られた逸品じゃよ」
少年はネジを月明かりにかざした。
外からルドルフの声がした。そろそろ行かないと配達が間に合わない。
「陽平くん、もう薬を飲んで寝るんじゃよ。佳奈ちゃんもきっとプラレールで一緒に遊んでくれる」
「うん」
彼は大人しく頷いて、少し顔をしかめながら薬を飲んだ。
おやすみ、と声をかけて子供部屋を出た。
「サンタさん」
「なんじゃ」
「僕と佳奈ちゃんの子供がうまれたらさ、その子たちにもプレゼント持ってきてくれる?」
「もちろんじゃよ」
彼の寝息を聞きながらドアを閉じた。
2歩進んでレゴブロックを踏んだ。

「次の職場が決まったぞ」
ルドルフの口と自分の口に甘栗をひとつずつ放り込み、手網を握る。
眠る街に鈴を鳴らす。
大きなオゾンホールから、大きな満月が覗いていた。

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