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プッチンプリンの神様

「お箸、スプン、おいくつ入れる?」
「あ…2つ」
手をピースの形にする。
バイトのゴードンさんは、大きな手で割り箸とスプーンを鷲掴み、3セットずつ袋に入れた。
やたら厳しく年齢確認するくせに、こういうところは大雑把である。
「アリャッターマタコシマセ〜」
4円の袋には、酒とパスタとラーメン、ポテチ、スイーツ、そしてバカみたいにでかいプッチンプリンがギチギチに詰まっている。
ゴードンさんには一人で食べる量とは思えなかったらしいが、今日はこれらを全部ひとりでいかせていただく。
私は今日、記念すべき20通目のお祈りメールを受信した。

「そんなにニートが嫌いかっつーの!!!」
フォーナインのロング缶を飲みきって、檸檬堂のプルタブを引いた。
「何がお祈り申し上げますだよ!!!本気で祈る気あんのかよ!!!20回祈られてなんで内定が出ないんだよ!!!!」
書類選考で落ちた8社。一次面接で落ちた7社。二次面接で落ちた5社。
今日受け取ったメールには、文末に「◆◆様(送信日を記入)」という文字列が残っていた。
テンプレートに名前を打ち込むだけの祈りに、なんのご利益があろうか。
説明会でもらった粗品のクリアファイルを折り目に沿って破ってみる。
見るでもなく流していたYouTubeで、ひろゆきが「すぐ感情的になる人って頭が悪いんですよ」と宣う。
「うるせぇ!!!!」
反射的にズタズタのクリアファイルを投げつけてしまった。
ぱたんと倒れたiPadから、「それってあなたの感想ですよね?」と聞こえる。
あんまりだ。本気で悲しくなってしまった。
酔ってゆっくり回転する視界に、蛍光灯に照らされた食べ物がぎっしりと並んでいる。
その光景を見て、途端に気持ち悪くなってしまった。
胃の内容物を出しながら、「ごめんなさい、すぐ感情的になる私は世界で一番馬鹿です」と、神に祈るようにひろゆきに謝った。
くらくらしながら部屋に戻る。
何か、何か一つだけでも、人として正しいことをしてから眠らなければ。
私は「Happyプッチンプリン」を手に取った。
Happyプッチンプリンとは、従来のプッチンプリンの5.6倍の大きさのバカみたいにでかいプッチンプリンである。
今の私にできる唯一の善行は、プッチンプリンを正しい所作でお皿にプッチンして食べることだけだった。
フタをはがして、逆さにしたカップを皿に置く。
底の突起に指をかけ、目を閉じて唱える。
情けなくて涙が出てきた。
「神様、内定をください」
プッチン──────────。

「内定って、祈っても出ないんですよ」
プリンが喋った。
私は野生の勘で部屋の端まで逃げた。
プリンの上に小さな人間が座っている。
「神様、ですか…?」
黄色いパーカーを羽織った小さな人間は、手をひらひら動かしながら続ける。
「現実的に考えたら全然神様じゃなくて、酔って幻想見てるだけなんですよ。まぁヤケ酒して息抜きするっていうのは悪いことじゃないんじゃないですかね」
プッチンプリンの神様は、ひろゆきの形をしていた。

「第一志望だった会社にも落ちちゃって…」
私はいつの間にか正座で小さなひろゆきと話し込んでしまった。
「まぁやりたいことっていうのは何度も仰ってたんでよく分かったんですけど、じゃあそれってその会社に入ったら必ずできるのかって話じゃないですか」
「なるほど…」
小さなひろゆきは、興味があるのか無いのか分からないが、目をぱちぱちしながら私の言葉ひとつに100の量で返事をした。
「僕が採用担当だったら、そういう誰にでも言えるような答えをする人は採用しないですね」
返答がどれもあまりに鋭くて涙目になる。
「Happy」になるために買ったプッチンプリンなのに、なぜこんな思いをしなければならないのだろうか。
「あの、私そろそろ寝るので…」
帰ってもらっていいですか、のニュアンスを含ませて伝えてみた。
「かかと血が出てたんで、さすがに絆創膏貼った方が良いと思うんですよ」
彼は よいしょっと、と言いながらプリンを降りて、自分の身体と同じくらいある絆創膏の剥離紙を器用に剥がす。
「まぁ貼るのは自分でしてください。ハイ」
「…ありがとうございます」
連日の面接で靴擦れが治らなかった。
腱をのばして絆創膏を貼る。
「神様が居るか居ないか問題なんですけど」
もう一枚の剥離紙を剥がしながら、ひろゆきは言った。
「僕は基本的に信じてないです。でもね、これだけはお伝えしておきますけど」
ひろゆきは一瞬だけ目を合わせた。
「僕は本当にあなたの就活の成功をお祈りしてますよ」

メールの着信音で目が覚めた。
ひどく頭が痛い。
「やっぱり夢だったのか」
ベッドから足を下ろすと、かかとに絆創膏の感触があった。
ロック画面に「二次選考結果・最終選考のお知らせ」という通知がある。
息を飲んでメールを開く。
はじめて最終選考に漕ぎ着けた。
私はテーブルのぬるいプリンをすすり、いそいそとカレンダーアプリを開いた。

初任給が入ったら、ひろゆきにスパチャを投げようと思う。

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