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満月アレルギー

「満月アレルギー?」
「満月アレルギーです」
その声は至って真剣だった。
「世界でも症例は数えるほどしかありませんが、ほぼ間違いないでしょう」

幼い頃から、僕は定期的に鼻炎になる鼻たれ小僧だった。
それでも熱が出るわけではなく、中学時代までは非常に元気な鼻たれ小僧としてやってきた。
それが、二十歳を過ぎた頃からだろうか。鼻だけではなく目もショボショボ、最近なんか頭もフワフワするし、船酔いみたいになる日さえある。
そんなだから、3ヶ月前、レビューの良い耳鼻科へ行った。すると医者がうーんと唸り、内科へ行けと紹介状を書かれ、散々たらい回しにされた挙句、この大学病院で2ヶ月も検査入院をした。
その結果が、満月アレルギー?

「こちらは秋本さんの2ヶ月分の血圧、体温、症状の悪化を示したグラフです。そして、こちらはこの2ヶ月の月の満ち欠けを示した表」
確かに半月の夜を過ぎて満ちていくにつれて私の症状は激しくなり、満月の日を境に軽減していた。
「お分かりいただけましたか。今後は満月の夜はできるだけ外出しないようにしてください」
「でも先生、僕は仕事柄夜勤ばっかりなので満月を避けるなんてとても…何か薬とか無いんですか?」
「ありますよ。特効薬が」
待ってました という顔で、看護師が持ってきたそれが、ひんやりとてのひらに載った。

「雪見だいふくです」
二つの白いまん丸がこちらを向いている。丸い!丸すぎて、目と鼻がどんどんショボショボしてきた。
「長いこと見てはいけない!すばやく食べるんです!さあ早く!」
急かされるがままにピンクの棒を餅に突っ込み、まだ硬い雪見だいふくをガツガツ食った。
するとどうだろう。頭がキーンと痛んだ後に、みるみるうちに鼻が通り、身体中のだるさが吹っ飛んでいったのだ。
「…すごい、25年も悩んでたのに」
「うん、よく効いているようですね。では、今月は10日分処方しておきましょう。1個で大丈夫な日は減らしても構いません。スーパームーンなどの特殊な月には期間限定の味のものが効きます。そちらは適宜処方しますので」
医師は素早く電子カルテに「ブルームーン:バニラ」と記入していた。
「では、お大事になさってください」
「ありがとうございました」
僕は深々と頭を下げ、診察室を出た。

支払いを済ませて病院を出ると、大きな月がぬらぬらと光りながらこちらを見ていた。
僕はビニールをまさぐり、これ見よがしに保険適用の雪見だいふくに食らいついた。
月は欠けはじめている。

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