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心が穏やかになる”魔法の言葉”

「なぜ、自分の意見を言わないのだろうか?」

最近、私はこんな疑問を抱いた。

突然こんなことを言われても困ると思うので、
私がどうしてこんな疑問を抱くようになったのかを書きたいと思う。

事の発端は、【LINE】だ。
LINEは、今や老若男女を問わず使われているコミュニケーションツール。
今さらくわしく説明する必要もないと思うので、
LINEについての詳細は割愛する。

さて、このLINE。大変便利だが非常に面倒くさい点がある。
『人の感情が読み取れない』
『相手が何を考えているのかわからない』
こういった点だ。

そして、この点が、私に冒頭の疑問を抱かせた。

とあるグループLINEで、その集まりの主催が皆に意見を求めた時のことだ。

そのグループLINEには、10名前後のメンバーがいるのだが、
この時自分の意見を書いた者は、私含めて3名。
なんと半数以下の人間がだんまりを決め込んでいたのだ。

「なぜ、自分の意見を言わないのだろうか?」
そこで、これだ。

意見を求められているのだから、
自分が思ったこと、考えたことを言えばいいじゃない。
こう思った。

どうして意見を言わないのだろうか?
私は、この疑問について考えてみることにした。

(他人の考えていることなんざ、わかりようもないのだが、
まあこれでも役者のはしくれ。人間の感情に興味を持ったのである)

まずひとつに、年齢的な要因があるのかなと思った。
このグループLINEのメンバーは、上は38歳下は21歳とかなり年齢差がある。

で、意見を言った3名は、年齢上側と中間あたりの年齢であった。
「最近の若い子は、自分の意見を持たないのかしらん」

昔に比べてずいぶんと自己表現が容易になった昨今だが、
それでもまだ自己表現が苦手な子たちもいるのかもしれない。
まあ、役者畑の話なので自己表現しないでどうすんじゃい君らと思うが。

しかし、年齢上側でも意見を書いていない人もいるので、
「年齢は関係ないのかねぇ……」
とも思った。

次に、男女による気質について考えた。

私独自の統計によれば、
男性は女性に比べて、意見を言ったり解決策を提案することが多い。
女性はどちらかというと、自分の発言で和が乱れないように考えたり、
遠くから様子を伺って、本当に身近な間柄だけで話す。
(独断と偏見にまみれた統計なので、どうかご容赦願いたい)

このグループLINEの男女比は、1:1でほぼ同数だ。
意見を言ったのは、男2人女(私)1人。
これでは、男女の気質云々の話は到底できない。

(ちなみに、私の気質はかなり男寄りであると最近気づいた。
この話は、また別の機会にしたい。)

そうなってくると、いったい彼ら・彼女らが自分の意見を言わない理由はいったい何なのだろうか。

・意見を言う時間がない
・面倒くさい
・特に自分の意見はない
……etc

はたまた、先輩の意見に従おうとしているのか
後輩を気遣っているのか。

他にもいろいろなことが考えられる。
そうなってくると、いよいよわからない。

面と向かって話しているのであれば、
「この件についてどう思う?」
と聞けば、すぐに返事が返ってくる。

黙っていたとしても相手の表情や言動で、ポジティブ意見なのかネガティブ意見なのかがなんとな~~~くわかる。

でも、LINEではそれができない。

スマホの向こう側で、彼ら・彼女らがいったい何を考え
(もしくは何も考えていない)、どう思っているのかはやっぱりどうしてもわからないのだ。

結局、この後女性一名も自分の意見を述べ、
主催が取りまとめて一連のできごとは終わった。

約10名のうち、4名以外の意見はわからないまま
終止符が打たれたのだ。

まぁ、主催が始めた議題なので何をどうするかは主催次第。
私がギャーギャー言うのは筋違いだ。

やれやれ……と思いつつ、ひとつ感じたことがあった。

「どうして自分の意見を言わないのだろうか」
この疑問が、突然とても自分本位に感じたのだ。

皆、それぞれの事情を抱えて生きている。
時間がなかったり、
人間関係が面倒だと感じていたり、
自分に自信がなくて意見を言い出せなかったり。

それらの事情をまったく考慮せず
「どうして自分の意見を言わないのだろうか」
と言うのは、他者を思いやる心に欠けているように思えたのだ。

自分が意見を言えるからと言って、
他の人間も同じように意見が言えるとは限らない。

自分の意見を言いたくても、
何らかの事情があって言い出せない人もいるのである。

私とはちがう人間。
私とはちがう環境に身を置き、ちがう事情を抱えている人間。
私とはちがう人生を歩んでいる人間。

いろんな人間がいるからこそ、世界はおもしろく、
得手不得手があるからこそ、経済の歯車は回るのである。

そう思うと、別に意見を言おうが言わまいが、
「どちらでもいいじゃないか」
と思えるようになってくる。

金子みすゞの
『みんなちがって、みんないい』
である。

他人に対して批判めいた気持ちを抱くより、
そのエネルギーを自分の行動に使った方がよほどいい。

そう考えると、自分の中でモヤモヤしていた気持ちが急に
晴れていくのを感じた。

「みんなちがって、みんないい」
これは他者を認め、受け入れる魔法の言葉だ。

ついつい自分と誰かを比較してしまう時にも使える。

とにかく、他者が関係して自分の軸がぶれそうになってしまったら
魔法の言葉を唱えてみるのがいい。

「みんなちがって、みんないい」
この言葉を唱えるだけで、すぅっと心が落ち着いて
穏やかな気持ちになるにちがいない。

「なぜ、自分の意見を言わないのだろうか?」
こんなちょっとした疑問から始まった今回の私のモヤモヤ騒動。

なんだか自分でも驚くくらい、
穏やかで平和的な感情に着地したのだった。

皆、心の根っこでは
「もっと他の人のことを理解したい」
「他の人に寄り添いたい」
という気持ちがあるのかも。

そんなことを、秋晴れの高い空を見上げて思った。





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