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朗読テキストを考える

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朗読教室ウツクシキでは、教室で使用するテキストを月代わりで選んでいきます。 ・宮沢賢治コース:宮沢賢治の作品を、毎月ひとつづつご紹介します ・ブンガクコース:一人の作家の一作品を…
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記事一覧

『オツベルと象』(宮沢賢治)

『オツベルと象』(宮沢賢治)

「済まないが税金がまたあがる。今日は少うし森から、たきぎを運んでくれ」オツベルは房のついた赤い帽子をかぶり、両手をかくしにつっ込んで、次の日象にそう言った。
「ああ、ぼくたきぎを持って来よう。いい天気だねえ。ぼくはぜんたい森へ行くのは大すきなんだ」象はわらってこう言った。
 オツベルは少しぎょっとして、パイプを手からあぶなく落としそうにしたがもうあのときは、象がいかにも愉快なふうで、ゆっくりあるき

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『それから』(夏目漱石)

『それから』(夏目漱石)

6月から三ヶ月間、オンラインのブンガクコースでは夏目漱石を連続して取り上げます。6月は『三四郎』、7月は『それから』、8月は『門』、この3作品は前期三部作と言われています。それぞれ主人公の名前は異なりますが、まるで一人の人間の成長過程を描いたかのよう。今年の夏も暑そうですが、「時の流れを感じながら本を読んだ」という思い出をご一緒できたらと思います。

「なに大丈夫だ。彼奴も大分変ったからね」と云っ

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『三四郎』(夏目漱石)

『三四郎』(夏目漱石)

 三四郎もとうとうきたない草の上にすわった。美禰子と三四郎の間は四尺ばかり離れている。二人の足の下には小さな川が流れている。秋になって水が落ちたから浅い。角の出た石の上に鶺鴒が一羽とまったくらいである。三四郎は水の中をながめていた。水が次第に濁ってくる。見ると川上で百姓が大根を洗っていた。美禰子の視線は遠くの向こうにある。向こうは広い畑で、畑の先が森で森の上が空になる。空の色がだんだん変ってくる。

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『土神ときつね』(宮沢賢治)

『土神ときつね』(宮沢賢治)

夏のはじめのある晩でした。樺には新らしい柔らかな葉がいっぱいについていいかおりがそこら中いっぱい、空にはもう天の川がしらしらと渡り星はいちめんふるえたりゆれたり灯ったり消えたりしていました。
 その下を狐が詩集をもって遊びに行ったのでした。仕立おろしの紺の背広を着、赤革の靴もキッキッと鳴ったのです。
「実にしずかな晩ですねえ。」
「ええ。」樺の木はそっと返事をしました。
「蝎ぼしが向うを這っていま

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『風博士』(坂口安吾)

『風博士』(坂口安吾)

風博士の遺書
 諸君、彼は禿頭である。然り、彼は禿頭である。禿頭以外の何物でも、断じてこれある筈はずはない。彼は鬘を以て之の隠蔽をなしおるのである。ああこれ実に何たる滑稽!然り何たる滑稽である。ああ何たる滑稽である。かりに諸君、一撃を加えて彼の毛髪を強奪せりと想像し給え。突如諸君は気絶せんとするのである。而して諸君は気絶以外の何物にも遭遇することは不可能である。即ち諸君は、猥褻名状すべからざる無毛

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『若菜集』より「春の歌」(島崎藤村)

『若菜集』より「春の歌」(島崎藤村)

たれかおもはん鶯の
涙もこほる冬の日に
若き命は春の夜の
花にうつろふ夢の間と
あゝよしさらば美酒(うまざけ)に
うたひあかさん春の夜を

詩集『若菜集』は島崎藤村の最初の詩集です。明治29年頃、24歳だった東村は仙台へ行き、古い静かな都会で過ごしながら宿舎で書いた詩稿を毎月東京へ送り、雑誌に掲載していたものを一冊に集めて翌年に出版しました。東北の遅い春を迎えながら書かれたという状況を想像したり、

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『貝の火』(宮沢賢治)

『貝の火』(宮沢賢治)

南の空を、赤い星がしきりにななめに走りました。ホモイはうっとりそれを見とれました。すると不意に、空でブルルッとはねの音がして、二疋の小鳥が降りて参りました。
 大きい方は、まるい赤い光るものを大事そうに草におろして、うやうやしく手をついて申しました。
 「ホモイさま。あなたさまは私ども親子の大恩人でございます」
 ホモイは、その赤いものの光で、よくその顔を見て言いました。
 「あなた方は先頃のひば

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『化鳥(けちょう)』(泉鏡花)

『化鳥(けちょう)』(泉鏡花)

 

けれども木だの、草だのよりも、人間が立ち優った、立派なものであるということは、いかな、あなたにでも分りましょう、まずそれを基礎にして、お談話をしようからって、聞きました。
 分らない、私そうは思わなかった。
「あのウ母様(だって、先生、先生より花の方がうつくしゅうございます)ッてそう謂つたの。僕、ほんとうにそう思ったの、お庭にね、ちょうど菊の花の咲いてるのが見えたから。」(本文より)

子供

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『チュウリップの幻術』(宮沢賢治)

『チュウリップの幻術』(宮沢賢治)

「ええ、全く立派です。赤い花は風で動いている時よりもじっとしている時のほうがいいようですね。」
「そうです。そうです。そして一寸あいつをごらんなさい。ね。そら、その黄いろの隣りのあいつです。」
「あの小さな白いのですか。」
「そうです、あれは此処では一番大切なのです。まあしばらくじっと見詰めてごらんなさい。どうです、形のいいことは一等でしょう。」
 洋傘直しはしばらくその花に見入ります。そしてだま

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『春になる前夜』(小川未明)

『春になる前夜』(小川未明)

とあるお仕事で、「日本のアンデルセン」と呼ばれる小川未明の作品を1年ほど読み続けてきました。主に短編が多かったのですが、そこで感じたのは「小川未明のお話はハッピーエンドが多い」ということです。子供の微笑ましいエピソードや四季のうつろい、小さな出来事での喜びなど、いわゆる「古き良き日本」を描いたものが多く、読んでいて心が温かくなります。

朗読教室のテキストを探していても、普段読書をしていても、「傑

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『雁の童子』(宮沢賢治)

『雁の童子』(宮沢賢治)

その時童子はふと水の流れる音を聞かれました。そしてしばらく考えてから、
(お父さん、水は夜でも流れるのですか。)とお尋ねです。須利耶さまは沙漠の向うから昇って来た大きな青い星を眺めながらお答えなされます。
(水は夜でも流れるよ。水は夜でも昼でも、平らな所でさえなかったら、いつまでもいつまでも流れるのだ。) -本文より-

ちくま文庫の『宮沢賢治全集6』の解説では、「原稿用紙に赤いインクで”西域異聞

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『注文の多い料理店』(宮沢賢治)

『注文の多い料理店』(宮沢賢治)

その時ふとうしろを見ますと、立派な一軒の西洋造りの家がありました。
 そして玄関には

RESTAURANT 西洋料理店
WILDCAT HOUSE 山猫軒

という札がでていました。
「君、ちょうどいい。ここはこれでなかなか開けてるんだ。入ろうじゃないか」
「おや、こんなとこにおかしいね。しかしとにかく何か食事ができるんだろう」
「もちろんできるさ。看板にそう書いてあるじゃないか」
「はいろうじ

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『農民芸術概論綱要』

『農民芸術概論綱要』

農民芸術の興隆

……何故われらの芸術がいま起らねばならないか……

曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた
そこには芸術も宗教もあった
いまわれらにはただ労働が 生存があるばかりである(本文より)

賢治の生前には発表されず、その一部が人前で講演されたのみであり、原稿は昭和の戦災で消失して現存していません。童話に比べたら広く知られているわけではないけれども、宮沢賢治にアプローチ

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『細雪 四』(谷崎潤一郎)

『細雪 四』(谷崎潤一郎)

幸子は万事上方式に気が長い方なので、仮にも女の一生の大事をそう事務的に運ぼうと云うのは乱暴なと思いもしたけれども、井谷に臀を叩かれた形になって、行動の遅い彼女にしては珍しく、明くる日上本町へ出かけて行って姉にあらましの話をし、返事を急かされている事情などを打ち明けて云ってみたが、姉は又幸子に輪をかけた気の長さなので、そう云うことにはひとしお慎重で、悪くない話とは思うけれども一往夫にも相談してみて、

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