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八月


 1
八月の夜空に煌めく星達は、朝を迎えると鳥になって森に果実を探しに来る。鳥達はそれぞれ色の付いた声で囀りながら、樹々の枝から枝へ飛び移り、自分の星の光と同じ色の果実を見つけては啄ばんでいる。例えば赤い果実を啄ばんでいるのは蠍座のアンタレスだった鳥というふうに。やがて鳥達は果実の成分の働きによって無数の光の矢に変わり、はるか遠くの草原を目指して、巡行ミサイルのように丘陵地の地形に沿って飛んで行く。             

 2
草原に飛んで来た光の矢は、着地するなり光の蛇に変わった。色とりどりに光る無数の蛇が、草むらのそこら中をぞわぞわと這い回っている。蛇達はまるで草原に点在する潅木を一つ一つ吟味しているかのようだ。やがて蛇達は一本の潅木に集まって行き、幹を這い上がり全ての枝を覆い尽くすと、潅木はさながら光の樹のように輝き出した。更にたくさんの蛇達がその灌木に集まり続けている。潅木はもはや原形を留めず、蝟集した無数の蛇達で膨れ上がり、終いには球形の光の繭になった。

 3
やがて光の繭は草原から浮かび上がると、青空に向かってゆっくりと上昇して行く。入道雲を飛び越えて、充分な高さまで昇ると、太陽熱に溶かされた繭の一部から、八月の赤ん坊がひょいと顔を出した。その途端に繭は眩い光を放って炸裂し、その飛沫が再び光の矢に分かれて、天球の内側面を四方八方に散らばって墜ちて行く。青空に残された赤ん坊は風船のようにふんわりと宙に浮かび、もくもくと湧き上がる入道雲に突っつかれて、上向きになったり下向きになったり、くるくる回ったりしながら、キャッキャと声を上げて大喜びしている。 

 4
赤ん坊の笑い声が、草原に、遥か遠くに横たわる山脈に、そして青空に響き渡っている。流星のように落下して来た無数の光の矢は、いつの間にか雷雨に変わってしばらく降り続くと、山脈と丘陵の一部を残して、辺りを広大な海に変えてしまった。この一部始終を見ていた私は、浜辺に行って舟を見つけると、海原へと漕ぎ出した。入道雲のクッションを海まで転がり降りて来た八月の赤ん坊が、水平線上をクロールで泳ぎながら往復している。

 5
舟の上から、周りの海中をカラフルな魚達が泳ぎ回り、海竜の黒い背びれが動いているのが透けて見える。彼らはあたかも私を祝福してくれているかのようだ。そう言えば、私の誕生日は八月でも一番暑い日だった。私はあの赤ん坊に会わなくてはならない。あの八月の赤ん坊が水平線上の蜃気楼でなければよいがと、一抹の不安を胸に抱きながら、私は舟を漕ぎ続けている。





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